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第十五話 復讐の結末

 「ミルノースの塔」。かつて天界の神々を祀るために建てられた、広大な草原に佇むその搭は、赤紫の空を背景に、禍々しい雰囲気を放っていた。


 だが、俺たちの目を引いたのはそこではなかった。


 魔物の群れ。もはや軍隊と言ってもいいほどの、おびただしい数の魔物が草原を埋め尽くしていたのだ。


 そして、その1体1体が禍々しい魔力を持つ個体――変異種だった。


 村人や一般の冒険者からみれば、この世の終わりのような光景だろう。


 実際、これだけの数の変異種を相手にするのは、俺たちにとっても簡単なことではない。


 だが、邪悪な竜を倒そうという俺たちが、こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。


「こいつらぶっ倒さなきゃ、あの搭には入れねぇんだろ。さっさとやっちまおうぜ」


 拳に炎を纏ったカラムが、魔物の群れに突っ込んで行く。


 変異種の魔物の特性である<感覚共有>によって、周囲の魔物がカラムの死角から攻撃を仕掛けるが、そんなことは織り込み済みだ。

 俺とエリトで、カラムの左右からフォローに入る。


 こいつらは、必ず対象の死角から攻撃を仕掛けてくるのだ。

 それがわかっているのなら、対処は容易い。


 そして、俺たち3人が敵の気を引いている間に、詠唱を終えたエリスとアミラの魔法が発動する。


 戦術としては完璧だった。


 しかし、結果は俺たちの予想とは違っていた。


「嘘だろ……」


 魔物たちは、魔法による攻撃をものともしていなかったのだ。


 よく見ると、こいつらは全員似たような鎧を身にまとっている。


 前衛のゴブリン、中衛のトロール、上空の鳥女(ハーピー)でさえも、土と岩でできた鎧を身に着けているのだ。


「こいつらの鎧はまさか、ゴーレムか?」

「ご明察」


 エリトの呟きに、高めの男の声が答える。


 魔物の群れが割れ、1体の魔物が姿を現した。白衣を身にまとった細身の男。転生種の猿の魔物、アルルカだ。


「高い魔法耐性を持ったゴーレムの身体をベースにして作ったんだよ。凄いだろう?」

「てめぇ……!」


 両親の仇を前に、カラムは殺気を放つ。

 だが、ここで飛び掛かれば、周囲の魔物から、袋叩きにされることだろう。


 カラムもそれはわかってるらしく、感情を抑えているようだ。


「そんな怖い顔をしないでおくれよ。今日は君たちと話をしに来たんだ」

「話だと?」

「この赤紫の空について、知りたくはないかい?」


 そう言いながら、アルルカは口元を歪めてニタッと笑う。


「君たちの呼び名に合わせよう。僕たち魔物は、魔力を蓄えることで変異種となる。そして変異種は、人間の負の感情を蓄えて、転生種となる。そして転生種は――」


 そこまで言うと、アルルカは言葉を区切り、天を仰ぐ。

 そして、まるで崇拝するかのように、空に向かって両手を広げた。


「偉大なる邪竜ジクト様は、人間の絶望を集め、魔王となるのだ!」


 魔王。魔物が進化して生まれる存在であり、1体で国を滅ぼす程の力を持つという。

 魔王に関して、人間が知っているのは、たったこれだけだ。


 魔王が現れたとされる時代の記録が、人間史からすっぽりと抜け落ちているから。


「絶望を集めるといっても、ただ怖がらせればいいわけじゃない。この魔王化の儀式開始後、魔物によって命を落とした人間の、死に際の感情。すなわち、最高に熟成された絶望の感情が、ジクト様の元へ集められるのさ」

「なんで、俺たちにそんな話を」

「君たちじゃ、僕の魔物。いや、魔王軍を突破できないからさ。自分たちの死が、魔王様の糧になることを知った上で死んでもらおうと思ってね」


 俺の問い掛けに、醜悪な笑みを浮かべて答えるアルルカ。


 こいつ、やけに情報を漏らすと思ったら、そういうことか。悪趣味なやつだ。

 いや、人語を解すというだけで、所詮は魔物だ。人間の感覚を当てはめること自体ずれているのかもしれないな。


 奴の演説はさておき、こいつらは厄介だ。


 魔物相手の集団戦は、広範囲の魔法で一掃するのがセオリーだ。

 それが出来ないとなると、接近戦で各個撃破するしかない。


 しかし、相手は<感覚共有>で完璧な連携を取る変異種たちだ。


 変異種であるがゆえに、個々の能力も、普通の魔物より遥かに高い。それがざっと数百体。


 少数精鋭の俺たちでは、単純に手数が足りないのだ。


 だが、ここまで来て退くわけにはいかない。倒す方法はわかってるんだ。消耗覚悟で強引に突破するしか無い。


 魔術隷剣まじゅつれいけんを構え、魔力を込めようとしたその時、背後から声を掛けられる。


「決戦を控えた『勇者』が、こんなやつら相手に力を使うでない」

「えっ!?」


 驚いて振り向くと、そこに立っていたのは意外な人物だった。


 赤い和服に身を包んだ、腰まで伸びた濡れ羽色の髪をした少女。かつて「陽光の丘」で俺を助けてくれた、転生者のイブだ。


 そしてもう一人。


「おいらが直々に手伝ってやるんだ! 感謝しろよな!」


 赤い短髪に茶色い目、八重歯が特徴的な少年。転生者のフェノだ。


「二人とも、どうしてここに!?」

「フィア殿じゃよ。かつての恩師の頼みじゃ。無下には出来まい」

「フィア先生が、『邪竜討伐に協力したら、暫く学校休んで良い』って言うからさ!」


 イブがあの学校の卒業生とは初耳だが、それより、フェノの参戦理由があまりにもしょうもない。


 学校に行きたくないから戦場に行くって、どんだけ学校行きたくないんだよ……。


 協力してくれるようなので、あえて口には出さないけどな。


「ちょっと待って。あなたたち、転移魔法は使えないわよね? どうやってここに?」


 エリスが疑問を投げ掛ける。


 確かに。転生者は一系統の能力しか使えないので、彼らは「光」と「召喚」の能力しか使えないはずだが。


「目に見える地点に自分を召喚する。<反転召喚はんてんしょうかん>ってんだぜ」

「光を操り遠方を見通す魔術。<千里眼せんりがん>じゃよ」

「つまり、覗き見しかできないこいつの魔術も、おいらの魔法のおかげでなんとかまともになるってわけ」

「歩くのを横着するだけのこやつの魔法も、わらわの魔術のおかげで幾分かマシになるというわけじゃ」

「なんだとこの野郎!」

「なんじゃ? 文句があるのかえ?」


 こいつら、能力の相性は良さそうなのに仲悪いな。

 ある意味、息はピッタリみたいだけど。


「お前たち、いつまで遊んでいるつもりだ? 戦闘中に気を抜くな」


 油断なく敵を見据えたまま、エリトが俺たちを窘める。


「別に構わないよ。人生最後の会話になるんだ。気の済むまで話していたらいい。それに、格下相手に不意打ちなんて必要ないしね」


 そう話したアルルカは、醜悪な笑みを浮かべたままこちらを眺めている。


「フェノよ。話の続きは"また今度"じゃな」

「たまには良いこと言うじゃん。足引っ張んなよ!」


 フェノの言葉を皮切りに、戦闘が再開される。


 フェノが正面に手をかざすと、1体の召喚獣が現れた。


 鉄製の甲冑に、小型の盾と片手剣を装備した、中世の騎士といった見た目だ。

 特徴的なのは、首から上と甲冑の中身がない点だ。


 デュラハンってやつかな。よくいろんなゲームに出てくるやつだ。


 召喚魔法によって呼び出された魔物は、普通の魔物と区別するために「召喚獣」と呼ばれている。


 だがこいつは……まぁ、「獣」ではないよな。


 デュラハンが魔物の群れに向かって走り出すのと同時に、今度はイブが手をかざす。

 すると、走るデュラハンの体がブレて、新たに4体のデュラハンが現れる。


 幻影を作り出す光魔術。腕だけを作り出す俺の<陽炎剣かげろうけん>の上位版といったところか。


「分身……いや、幻影か。確かに本物との区別はつかないが、それなら全て潰せば良い。行け! 僕の魔王軍!」


 勝利を確信しているのか、興奮した様子のアルルカが魔物たちに指示を出す。


 10体の魔物が、デュラハンたちに同時に襲いかかる。

 しかしその攻撃は、全てのデュラハンをすり抜けた。


「全て幻影……だと?」


 目を見開き、そう呟いたアルルカだったが、次の瞬間、更なる驚きに打たれることになる。


 なんと、襲いかかった魔物たちが、背中を斬られて一斉に絶命したのだ。


 状況が理解できないのか、驚きのあまり絶句するアルルカだったが、俺にはこの現象に見覚えがあった。


 対象の姿を隠す、イブの光魔術。<神隠かみかくし>だ。


 倒れた魔物の背後に、剣を振り抜いた格好のデュラハンが姿を現す。


 姿を隠す魔術が切れたのだと判断した魔物たちが、現れた標的に攻撃を仕掛けるが、それはイブの罠だった。


 魔物たちの攻撃は空を切り、体勢を崩したところ斬られて絶命する。


「魔王もおらんのに魔王軍とは、阿呆かお主は」

「おいらの召喚獣軍団の方が、100倍すげぇんだっての!」


 フェノたちの周りに、新たにデュラハンたちが現れ、魔物の群れへ向かっていく。


 50体ほどいるように見えるが、本当の数は彼らにしかわからない。


 戦況はイブたちが圧倒していた。


 目に見えるデュラハンに気を取られれば、攻撃が当たらず、不可視の反撃が飛んでくる。

 かといって、見えている者を無視すれば、それが実体を持っている場合もあった。


 更に、よく見なければわからないが、見た目と実際の攻撃に、わずかにタイムラグのある者までいるのだ。


 変異種の能力である<感覚共有>による視界の共有が、完全に仇となっていた。


 ならばとイブたちを直接狙う魔物もいたがそんな、作戦が成功するはずもない。


 実体のないイブたちに攻撃を仕掛け、体勢を崩したものから順に、不可視の攻撃によって確実に仕留められていく。


「そんな……僕の魔王軍が、人間相手にこんな……!」


 みるみる数を減らしていく魔物たちを見て、額に汗を浮かべながら狼狽えるアルルカ。

 彼の配下である魔物たちは、既にその数を半分以下にまで減らしている。


 そんな中、俺たちの背後から、ささやき声が聞こえる。


「雑魚は妾たちに任せい。おぬしらは敵将を討つのじゃ」


 イブの声だ。

 相変わらず姿は見えないが、ここにいるようだ。


「邪魔な魔物どもさえいなけりゃ、あんなやつ、オレ1人だって――」

「カラムは1人じゃない。私たちがいるよ」


 1人で戦おうとするカラムの腕を、アミラが掴んで窘める。


「そうそう。俺たちのことも忘れないでくれよ」

「お前ら……。ありがとよ」


 先程からかなり気負っていた様子のカラムだったが、アミラと俺の言葉で肩の力が抜けたようだ。


 一族や両親の仇は、自分が討たなければならないという重圧もあったのだろう。


 だが、1人で背負わなければならない事などないのだ。

 俺たちは仲間なんだからな。


「なぁ、ニシヤ。俺を倒した時のあの爆発、もう1回できるか?」


 カラムが真剣な眼差しを俺に向け、問いかけてくる。


 水蒸気爆発のことか。


 魔術や魔法が使えるこの世界でなら、確かに発生させること自体は難しくないだろう。


 だが、狙って当てるとなれば話は別だ。


 それに、前回はなんとか無事だったが、危険な技であることに変わりはない。


 それでもこの方法を選ぶのは、「例え仲間の力を借りてはいても、あくまで仇は自分の手で取る」という、カラムなりのけじめなのかもしれない。


「わかった。皆、聞いてくれ。作戦があるんだ」


 考えた作戦を、仲間たちに手短に伝える。


 さぁ、戦闘開始だ。



「<疾風閃(しっぷうせん)>!」


 風を纏った刃で、エリトがアルルカに斬りかかる。


「人間ごときが……調子に乗るな! ウキキーッ!!」


 人間相手に追い詰められているこの状況を、よほど腹に据えかねたのだろう。

 激昂したアルルカが白衣を脱ぎ捨て、二本の短刀にてエリトと切り結ぶ。


 転生種というだけあって、その身体能力は高く、両手に構えた二本の短刀でエリトの剣を捌ききっている。


 流石のエリトでも、転生種との一騎打ちは厳しいようで、少しずつ圧され始めていた。


 だがそのおかげで、俺たちの準備が整った。


「<フロストサークル>!」


エリスが放った氷魔法が、アルルカの両足を捉える。


 そして、凍った自らの両足に気を取られた一瞬の隙を突き、エリトが奴の二本の短刀を弾き飛ばした。


「俺らも行くぜ。遅れんなよ!」

「おう!」


 拳に大きな炎を纏ったカラムが走り出し、俺もそれに続く。


 更に、デンプンを食べ終わったアミラが、後方から魔法を放つ。


「思いっきり行くよ! ちゃんと受け止めてね!」

「あぁ!?」


 カラムが驚きのあまり声を上げ、思わず振り返りそうになっている。


 そういえばアミラがデンプンで豹変すること言い忘れてたな。


 ごめん。カラム。


「月光魔法! 〈賢者けんじゃうみ〉!!」


 俺たちの背後から、白銀に輝く津波が迫る。


 アミラの魔法によって生み出される津波は、液状に具現化された魔力であり、厳密には水ではない。


 だが、暗黒の谷でエリスがこれを凍らせていたことから、物理的には水と同様の挙動をすると考えられる。


 頼むぜ、フェリア。


 魔術隷剣まじゅつれいけんフェリアに魔力を込め、白い光の粒子にて、大剣をかたどっていく。


「<インフェリアルソード>!」


 そして続けて、


「<重力剣じゅうりょくけん>!」


 白銀の津波が、渦を巻きながら俺の剣に吸い寄せられ、圧縮されていく。


 アミラの月光魔法<賢者の海>は、かつて100体以上のフェノの召喚獣を一撃で葬った、高威力かつ広範囲の魔法だ。


 毎回デンプンを食べなければならないという制限はあれど、今の俺たちの中では最強の攻撃魔法といえる。


 俺は今、そんな魔法を1本の剣に収束させているのだ。


 <重力剣じゅうりょくけん>は、魔力を以て対象を引き寄せるという能力故に、質量を感じることはない。


 だが、俺の腕には、凝縮された魔力の重圧が確かにのしかかっていた。


「やめろ……! 来るなっ!」


 凄まじい魔力を纏って向かってくる俺たちを前に、凍った足を必死に動かそうとするアルルカ。

 その表情からは、人間を見下したような歪んだ笑みは消えていた。


「<重力剣じゅうりょくけん斥刃せきじん>!!」

「うおぉぉ!! <ヘイムヘルフレイム>!!」


 刀身から生じる斥力に、剣速の勢いを上乗せ、<賢者の海>をアルルカに叩き付ける。


 そして同時に、カラムの拳が纏う極大の炎が重なる。


 一瞬の静寂が訪れ、俺の視界が真っ白に染まった。


 膨大な魔力が内包された白銀の「水」が一瞬で気化することで起こる水蒸気爆発。


 本来の物理的爆発の威力に、魔力同士の干渉によるエネルギーが加わり、元の世界ではあり得ない規模の爆発が巻き起こる。


 しかし、俺たちが爆発に巻き込まれることはない。

 事前に準備していたエリトが、風の魔術で爆発に指向性を与えているのだ。


 その結果、全方位に拡散するはずの爆風が、アルルカただ一人を襲うこととなった。


 煙が晴れ、俺たちの目に映っていたのは、一直線に大きく抉れた地面だけだった。



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