第十四話 新たな力
「暗黒の谷」を抜け、「ミルノースの塔」へ向かう道中。
野営前の時間を利用し、俺は魔術隷剣の能力検証を行っていた。
この辺りには町や村は無い。だだっ広い草原に、時折小さな林があり、申し訳程度に整備された街道が塔へと伸びているだけだ。
故に、谷を抜けてからというもの、誰一人として人間に会っていない。
あれだけの大技を試すのに、周囲に人がいたら危ないから、都合は良いけどな。
念のため周りを確認し、俺たち以外に人がいないのを確認してから、剣に思いっきり魔力を込める。
「おぉ! 出来た!」
カラムとの戦闘時と同様に、剣が光の粒子を纏い、一振りの大剣を象っていく。
大剣といっても、魔力の粒子で体積が増えているだけなので、重量は元の剣と変わらない。
肝心なのはその性能だが、この状態で、魔術隷剣の技を使えば良いのだろうか?
とりあえず、この前の戦いで使った<湧水剣>を発動してみると、刀身を包む様に水が溢れだす。
効果の内容は変わらないようだが、規模が段違いだ。
剣の体積が大きいからというレベルの話ではなく、直径2メートルくらいはありそうな水塊の中心に、俺の剣が刺さっているような状態だ。
例えるなら、葛餅に楊枝を刺したような感じになっている。
これを叩き付けるだけでも強力な攻撃になりそうだが、せっかくなので、<湧水剣・飛刃>も発動してみる。
すると、十数発もの高圧水流の刃が放たれる。近くにあった木はバラバラになり、遠くに見えた林もかなり小さくなってしまった。
自分でも引く位の攻撃力だ。下手をしたら、エリスの魔法にも匹敵するだろう。
これは……使いどころを考えないといけないな。
他の技も試してみよう。この規模の技を初見で実戦投入するのは危険すぎるしな。
<重力剣>を発動すると、俺の目の前の地面がガタガタと音を立てて砕け、剣に吸い寄せられていく。
今、俺の剣にはスイカ程の大きさの岩石が10個近く張り付いている。魔力で吸い寄せているので、重さは感じない。
この状態で、<重力剣・斥刃>を――とはならない。
ここまでの流れからいって、このサイズの岩石が、俺の重量無視のフルスイングで飛んでいくのは想像に難くないだろう。危ないどころの話ではない。
<重力剣>を解除し、岩石を静かに地面に下ろす。
さて、最後は<灼熱剣>だが、ここまで来れば予想はつくというもの。
見た目の変化は無いものの、地面においた岩石を、バターの様に焼き切った。それも、全く力を入れることなく、ただ触れただけでである。
近接戦闘では、間違いなく俺の最強の技と言えるだろう。
この白い光の大剣の能力は、今までの技の威力を底上げすること。そう考えて間違いなさそうだ。
さて、後はこの状態の剣の名前だ。
普通の状態は、魔術隷剣フェリアだから、それに因んだ名前が良いな。
それでいてカッコいい名前……。子供の頃にアニメで見た、カッコいい怪獣とかいたよな。確か……そうだ! 思い出した! それと合わせて。
「<インフェリアルソード>」
思い付いた名前を呟くと、一瞬、光の大剣が強く光った気がした。
気に入って貰えたのかな? なんとなく、そう感じたのだ。
技の検証も一通り済んだところで、本日何本目かの上級魔力回復薬を飲む。
このインフェリアルソードは、技の威力が段違いだが、その分消費魔力も段違いなのだ。
技の検証中は、好奇心もあってなんとか飲み進めたけど、こうして改めて飲むと本当にきつい。
なにせ、ほとんど液体じゃないんだぜ? 野菜をそのままミキサーにかけて、水も入れずにそのまま飲むような……よく知らないけど、こういう飲み物もあるのか?
だが、こいつには風味もなにも無い。ただただ苦い、緑色のドロドロした何かだ。
これはもう、飲み物というより薬だよ。……ああ、そうか。薬だよな。
俺は何を言っているんだろう。魔力不足の目眩と回復薬の苦味で、少し変になっていたみたいだ。
薬が効き始め、思考が落ち着いていくのを確かめながら、俺はみんなの元へと歩いて行き、野営の準備を手伝うことにした。
――§――
野営の準備を終え、俺たちは焚き火を囲んで食事を取る。
<異次元収納>の魔法が付与されたエリスの鞄から、調理器具や食料が出てくるので、食事には困らない。
「あんたらは、邪竜討伐の旅に出る前は、どんな風に過ごしてたんだ?」
カラムが俺たちに問いかける。
今更だけど、確かにみんなの身の上話とか、ちゃんと聞いたことなかったな。
「邪竜討伐の任を負う前か。俺とエリスは軍人だからな。詳しい内容は言えないが、他の任務を受けていた」
「お兄ちゃん、そういうことじゃないわよ。そうね……。じゃあ、私たちが軍に入る前の話をするわね」
夕食のスープを味わいながら、エリスの話を聞く。
エリトとエリスは、とある小さな村に生まれた兄妹だ。
平和だけが取り柄のような田舎の村で、村人は皆、農業と酪農を生業として、ほとんど自給自足の生活を送っていた。
そんな環境もあってか、村人は心優しい者ばかりだった。
だが、そんな平和な日々は、ある日唐突に終わりを告げる。
二足歩行の狼の魔物たちが、村を襲ったのだ。おそらく食料目的だろうが、今となっては推測する他ない。
この世界では、魔物の襲撃自体は時折起こりうることだ。
当然この村でも、村人は剣の鍛練を怠らなかったので、ただの魔物の群れ相手なら十分に対応出来ただろう。
だがその日は違った。後で聞いた話だが、村を襲った魔物は、自然発生した変異種だった。
両親により、井戸に隠されたエリトたちは、外から聞こえてくる村人や家畜の悲鳴、魔物の遠吠えを聞きながら、井戸の中でじっと耐えた。
そして一夜明け、井戸から顔を出すと、そこには魔物に蹂躙され、廃墟と化した故郷の姿があった。
エリトが10歳。エリスが8歳の時の出来事だ。
エリトたちには、一人の幼馴染みがいた。幼馴染みと言っても、エリトより10歳も年上の青年だ。
たぐいまれな剣の才能と、大人顔負けの慧眼を持ち、事件の5年前に軍人となるべく村を出た青年。
――せめて彼が帰って来ていたら。いや、自分達が魔物と戦う力を持っていたら、結果は変わっていたはずだ――
その日から、エリトたちの戦いは始まった。
人々が、魔物に怯えることなく普通に暮すために、魔物から人々を守る戦いが。
「因みに、その幼馴染みは先代の騎士団長だ。騎士団を引退し、現在は冒険者をしているらしい」
「私の弟も……冒険者になった……と思う」
エリトの言葉に、アミラが反応する。
アミラは「幻界の勇者」の末裔として、「月光の森」で暮らしている一族の一人だ。
一族と言っても、今やアミラと弟の2人のみ。
両親はアミラたちが小さい頃に亡くなっており、育ての親であった祖母も、数年前に老衰で他界している。
その弟はというと、祖母が亡くなってすぐに、森を出て行ってしまったという。
理由は、「森での生活が退屈だから」。たったそれだけの理由で、弟は故郷を捨てて旅立ってしまったのだ。
弟が森を出てからは一度も会っていないため、推測でしかないが、一族の持ち物であった大量の本から冒険者という職業を知り、強く憧れていたようなので、おそらく今頃は冒険者になったことだろう。
冒険者っていう肩書き自体は、ほとんどの人が名乗れるものらしいからな。
犯罪歴さえなければ、各地の冒険者ギルドで申請するだけみたいだし。
アミラは弟を「薄情者」みたいに言うけど、十代半ばの若者が、一度も森から出ずに生活するなんて、退屈に決まっている。
一族の決まりやら価値観があるのかもしれないが、この場合はアミラの方が変わっていると言えるだろうな。
みんなの視線が俺に集中する。次は俺の番か。
「俺は、知っての通り別の世界から転移してきた人間で、職業は大学生だ。この際だからはっきり言っておくけど、俺は『勇者』じゃないんだ。人違いで連れてこられただけの、ただの大学生なんだよ」
ここまでうやむやで来てしまったけど、いい加減はっきりさせなくてはな。俺は「勇者」じゃない。
だが、皆の反応はある意味俺の予想通りだった。
何を言ってるのか理解できない様子のアミラとカラム。まだ言っているのかこいつはと言わんばかりのエリスとエリト。
「ニシヤさん。この期に及んで隠す必要はないと思うのだけど」
苦笑いしたエリスが言う。
この空気を例えるのなら、そう。学校や会社で、突然友人が「俺は人間じゃないんだ」と言い出したような感じだろうか。
転移者=「勇者」というのは、この世界の人達にとって絶対不変の常識なのだと改めて実感する。
「誰にでも言いたくねぇことはあるよな。すまねぇ」
話をはぐらかしたと勘違いされ、カラムにも気を使わせてしまう始末。
どうすりゃ信じてもらえるんだ?
「夜更かしは禁物だ。そろそろ休むとしよう」
俺への誤解が解けぬまま、エリトの言葉で夜会はお開きとなった。
手分けして後片付けを行い、俺たちは床に就くのだった。
――§――
「ニシヤさん! 起きて!」
翌朝。テントの中で眠っていた俺は、エリスに叩き起こされる。
ただ事ではない空気を察し、テントから飛び出すと、そこには、赤紫に染まった空が広がっていた。
「なんだよ……これ」
ゲームとかでしか見たことが無いような、まさにこの世の終わりとでも言うかのような禍々しい光景が、俺たちの目の前に広がっていたのだ。
「ついさっき、王都を防衛している団長から連絡があったわ。王都周辺の魔物たちが、『いなくなった』って」
「まさかな……」
エリスの話を聞いたエリトが、思案顔で呟く。
空が赤紫に染まる現象は、史実に残る限り一度だけ。魔王出現の数日前の出来事とされている。
それ以上の事はエリトたちにもわからないようだが、不吉な状況なのは間違いなさそうだ。
王都周辺の魔物がいなくなったのも、嵐の前の静けさというやつだろうか。
というか、魔王という単語は始めて聞いたな。「勇者」がいる以上、魔王がいても不思議ではないが、邪悪な竜とは違うのか?
わからない事を考えても仕方ない。今は一刻も早く、邪悪な竜を倒さなければ。
「ミルノースの塔」の方角に行くにつれ、空の赤紫色が強くなっていることからも、今回の騒動が邪悪な竜によるものなのは間違いなさそうだ。
こうして俺たちは、「ミルノースの塔」へ向け、早足に歩き出すのだった。




