第十二話 転生種
「ところで、カラムたちは魔力がほとんどないってことだけど、どうやって魔物と戦うの?」
転生種討伐へ向かう途中、俺はカラムに疑問を投げかけた。
「そういや話してなかったな。一緒に戦うあんたらには、見てもらっておいたほうがいいよな……。お、ちょうどいいところに『食料』がいるじゃねえか。あいつでいいな」
そういうとカラムが1歩前に出る。カラムの視線の先を見ると、一頭の狼がこちらを睨み、唸り声をあげていた。
「出でよ、炎の精霊! <精霊憑依>!」
カラムが唱えると同時に、彼が手足が燃え上がる。
「景気よく行くぜ! <アゴラブレイク>!」
炎をまとった拳で、カラムが狼を殴りつける。
拳が命中すると同時に爆炎が巻きが起こり、狼は跡形もなく消え去った。
「へっ、一丁上がりってな!」
食料って言ってなかったっけ? じゃなくて、普通に魔術を使ってるじゃん。
「これが魔界の勇者が使ったという〈精霊憑依〉か」
「噂に聞いたことはあったけど、見るのは初めてね」
例のごとく、エリスの解説が入る。
<精霊憑依>は、契約した精霊の力をその身に宿して戦う戦闘術だ。
憑依自体に魔力を必要としない他、憑依中は、精霊の魔力を自分の魔力として使うことが出来るらしい。
魔力をほとんど持たないカラムたちにぴったりな戦い方だといえる。
<精霊憑依>は、炎の他にも様々な属性の精霊を呼び出すことができるらしい。
もちろん得られる効果は精霊によって異なる。
契約できる精霊の数は個人の資質によって異なり、一族のほとんどは1体、多い者では2体の精霊と契約しているらしい。
ちなみにカラムはというと、「地」「火」「風」の3体の精霊と契約している。
契約精霊数=戦闘力となる一族において、カラムはかなりの実力者なのだそうだ。
なんか営業マンみたいだな。
しかし、同じく3体の精霊と契約していたカラムの父ですら、転生種の魔物には敵わなかったという。
つまりカラムは、無策で魔物を倒しに行った訳か。
いや、無理もないか。目の前で両親を殺されたのだ。冷静な判断をする方が難しいだろう。
谷の外への被害を防ぐために魔物を倒さなくてはならないのはもちろんだが、カラムのためにも、負けるわけにはいかないな。
道中、何度か変異種の魔物に襲われたが、問題なく対応できた。
変異種の魔物の最大の強みは、他の魔物との意識共有による集団戦術だ。
変異種の魔物単体など、今の俺たちの敵ではない。
それでも普通の魔物と比べればよほど強力なのだが、魔術隷剣や〈身体強化〉を身につけた俺にとっては、苦戦するような相手じゃない。
唯一の問題は、戦いのたびに上級魔力回復薬を飲まなければならないことか。
正直、戦いよりこっちの方がキツい。
「見つけたわ。あそこで間違いないわね」
エリスの〈索敵魔法〉が、強力な魔力反応を探知する。
谷の側面に彫られた大きな洞穴だ。
「突入する必要はない。遠距離から魔法で攻撃するぞ」
「やれやれ。物騒な人間どもだね」
エリトの言葉を遮るように、谷の暗闇から声が響く。
やや高めの、若い男性の声だ。
「あいつだ……!」
カラムは拳を強く握り、声の方を睨み付けている。
暗闇から現れた声の主は、細身で長身の男性。いや、猿の魔物だった。
白衣を着ており、研究者のような出で立ちだ。
この間の転生種同様、顔と肌を隠せば人間と見分けがつかないだろう。
もっとも、その身に纏う異常な程に禍々しい魔力がなければの話だが。
「転生種!? そんな、それじゃあ洞窟の中には一体何が……」
「なるほど、〈索敵魔法〉というやつか。魔力を感じ取る魔法だったかな?」
そう言うと、猿の魔物は白衣のポケットから、鈍く光る紫色の石ころを取り出した。
「まさか、魔石!? どうして魔物がそれを!?」
「空気中に漂う魔力を凝縮して作ったんだ。洞窟の中にはこれが大量に保管してある」
エリスが驚くのも無理は無かった。
魔石。魔力結晶とも呼ばれるそれは、文字通り高濃度の魔力が結晶化した石だという。
魔力を凝縮して作られること自体はわかっているのだが、技術的に、人口的に作ることが出来ず、自然界でしか見付からない。
元の世界で言うところの、ダイヤモンドのようなものなのだ。
「なるほど。大量の魔石を用意して、魔力反応を偽造することで、〈索敵魔法〉を欺いたというわけか」
「欺くだなんて人聞きが悪いな。君たちが勝手に勘違いしただけだろ? この魔石は僕の研究の――」
「どうでもいいんだよ、そんなことは……」
エリトと猿の魔物の会話を、カラムが遮る。先程までとは別人と思えるほど、低く冷たい声だ。
「よくも親父とお袋をやりやがったな!」
「キミの両親? すまない。人間の顔なんて、あまり見分けがつかないもんでね。でも、タイミング的に、この間の魔物部隊の試運転のことかな?」
「てめぇ!!」
激昂したカラムが、風のような速さで魔物に向かって突っ込んでいく。
身体強化なしに出せるスピードではない。おそらく何かしらの<精霊憑依>を発動しているのだろう。
転生種の魔物も、カラムの動きに合わせて後ろに飛び退く。
何度も殴りかかるカラムに対し、魔物は一切反撃せず、常に一定の距離を取り続けている。
カラムの拳が空を切るたびに爆炎が巻き起こるが、その範囲すらも読んでいるのか、転生種の魔物には攻撃が一切当たっていない。
「この野郎! ちょこまかと!」
「……そろそろかな」
魔物が呟くと、禍々しい魔力を纏った魔物が5体、カラムを取り囲むように現れた。
カラムの身長ほどある大きな棍棒を持った、4メートルはあろうかという人形の巨体。薄緑色の肌が特徴的な魔物、トロールだ。
見た目通りの強力な怪力を持つ反面、知能が低く、本来なら連携など取れるはずもない魔物だが、変異種となったことによる感覚共有で、カラムの回避先を予測した時間差攻撃を仕掛けてきた。
「まさか、召喚魔法か!?」
「違う……! あれは、魔法じゃない!」
俺の疑問を、アミラが否定する。
俺たちが助けに入る前に5体のトロールを全滅させたカラムだったが、一撃食らってしまったようだ。
左腕が力なく垂れ下がり、肩で息をしている。
アミラが遠距離から回復魔法を掛けるが、直ぐに治るような怪我では無いようだ。
「カラムの攻撃を避けながら、魔石をばらまいていたようだな」
「よく気づいたねぇ! これが僕の研究成果だ!」
転生種の魔物は、エリトの言葉を喜びながら肯定する。
まるで、努力を認められた子供のように。
「魔物とは、空気中の魔力が濃い場所で自然発生する。そして周囲の魔力を大量に取り込むことで強力な個体へと進化する。キミたちの呼び方に合わせるなら、変異種という個体だ。変異種の体内には、魔石と呼ばれる魔力の結晶が生成される。では、初めから魔力の結晶を核として魔力を集めればどうなるか――」
「〈サンダーレイ〉!」
詠唱を終え、隙を伺っていたエリスが魔法を放つ。
エリスの魔法の中でも高い攻撃力を誇る、雷属性の中級魔法だ。
しかし、エリスの攻撃が転生種に届くことはなかった。
岩石の体を持つ、3メートル程の大きな魔物。ゴーレムが突如として出現し、エリスの魔法を遮ったのだ。
先ほどの戦いの中で、あらかじめ魔石を撒いておいたのだろう。
「あとは魔法耐性か……。なるほど。君たちのおかげで、面白いデータが得られた。早速研究を再開しないといけない」
魔法で生じた砂煙の中、頭上から声が響く。
いつの間に移動したのか、変異種の鳥女に掴まった猿の転生種だ。
傍らには大きな風呂敷の四隅を持った4体の鳥女が飛んでいる。
恐らくあれが、奴が言っていた魔石だろう。
「君たちは、僕の実験体の相手にちょうどよさそうだ。僕の名前は『アルルカ』。ミルノースの塔で待っているよ」
そう言い残すと、アルルカと名乗った猿の魔物は、鳥女と共に飛び去っていった。
「待て――」
「ニシヤ! 油断するな!」
逃げていくアルルカに気を取られていた俺に、ゴーレムの拳が迫っていた。
しかし、その攻撃が俺に届くことはなく、エリトの攻撃によりゴーレムは崩れ去った。
「ちくしょう……。ちくしょう!」
カラムが膝から崩れ落ち、地面を殴りつける。
「自分の村も守れねぇ! 大事な人の仇も取れねぇ!!」
何度も何度も地面を殴る。拳から血が滴っても、カラムの拳は止まらない。
「……」
アミラが遠距離から回復魔法を掛けながら、カラムに歩み寄って行く。
「くそ! くそっ!」
カラムが地面を殴る度、アミラも回復魔法を発動させる。何度も。何度も。
そしてついに、アミラがカラムを手を取った。
「っ!?」
「もう……痛くない?」
瞠目するカラムに、アミラが優しく問いかける。
「お……おう。すまねぇ……」
困惑していたカラムだったが、徐々に落ち着きを取り戻す。
「みっともねぇところを見せたな……」
「みんなのことを、それだけ大切に思っていたってこと。カラムは……優しい」
カラムの瞳から、静かに涙が溢れ出す。
「勇者の末裔だとか、谷を守ることだとか、正直そんなことはどうだって良かったんだ。俺はただ、大好きだったんだ。父ちゃんと、母ちゃんと、村のみんなと過ごす日々が、何より大切だったんだ」
「家族は大事……。辛かったね。けど、カラムはひとりじゃないよ」
「そうだよな……。そうだよな! 俺にはまだ、残された家族がいるんだもんな」
拳を強く握り、カラムが立ち上がる。
その瞳にはもう、涙はなかった。
「なあ、ニシヤ。あんた、『勇者』なんだろ?」
「えっ!? ち、違います!」
なぜわかった!? いや、わかってないんだけどさ!
「隠さなくていいぜ。俺だって、これでも勇者の末裔だ。それくらいわかる」
いや、わかるなよ。お前の先祖の勇者に悪いぞ?
「だから、俺は『勇者』じゃなくて――」
「俺と勝負してくれ!」
『!』せいれいトレーナーのカラムがしょうぶをしかけてきた!
えっ? なんで!? 俺、なんかした!?
「俺は残された一族を。家族を守りてぇ。俺以外の奴にも、こんな思いはさせたくねぇ。けど、口先だけじゃ意味がねぇ。ニシヤ。お前を倒して力を示せたら、俺も連れて行ってくれ」
なるほどな。無力な自分と決別したいという、カラムなりの決意ってわけだ。
俺としては、カラム十分強いと思うし、普通に仲間になってくれていいと思う。
だが、覚悟を決めた男に対してそんなこと言う程、俺も野暮じゃない。
……当然、「俺は勇者じゃない」なんて言い出せる空気でもない。
「……わかった。俺でよければ受けて立つよ」




