99話 ハイン、コーガとの過去を回顧する
「よう!話には聞いてるぜ!お前が今日から特級クラスに進級する隊士だってな!俺はコーガ!コーガ=ソビレーコだ!よろしくな!」
当時、特級クラスに初めて足を踏み入れようとした瞬間、自分の肩を勢い良く叩いてきた年上の男。それがコーガという男であった。
「……俺はさ、かろうじて適性を認められてお情けで隊士に入れたんだ。だから、努力に努力を重ねて必死に実力をつけて特級にまでようやく這い上がったんだ」
初対面から意気投合し、割と行動を共にしていたある日の昼休み、コーガがそう話す。
事実、コーガはどれだけ難関なクエストや試練と遭遇しても何度も何度も挑戦を繰り返し、最終的にはその全てを努力で乗り越えていったのだ。
(……こいつの努力と執念は、常人のそれとは桁違いだな。見習わねぇといけないな)
ハキンスやテート、イスタハらを『才能型』に分類するなら自分やヤムは『努力型』に分類されるだろう。当然、コーガも努力型なのだがコーガの場合は頭に『超』がつくレベルの努力家であった。
「俺は人より才能がないからな。その分、人の何倍も努力しなきゃいけないんだよ」
そう言って勇者クラスの中でも半数以上が達成出来なかった試験を見事に達成させた後、満面の笑みでコーガが言った。
(……本当、コーガは才能って言葉を毛嫌いしているが、こいつのこの努力こそ本物の『才能』以外の何者でもないんだよな)
呆気にとられているクラスメイトを横目に、そんな思いでコーガを見つめた事を思い出す。そんなコーガだが、己が努力至上主義の人間であるため、特定の人間を毛嫌いする傾向にあった。
そう、いわゆる生まれ持った才能に甘んじて努力を怠る者、才能を認められてそれを過大に評価される手合いの連中である。そんな連中に対してコーガは敵意を隠す事なく噛み付いた。そして、その大半の連中に努力という形をもって最終的に結果でねじ伏せていったのだ。
「向こうがどれだけ才能って面で俺より先に立っていようが、その位置にいつまでもあぐらをかいてりゃそれまでだ。どれだけ最初のスタートラインが遅れていようが、俺が走り続けりゃいずれは追いつき追い抜けるんだからな」
そう言いながら寝食を忘れて修練に励むコーガを見て、自分も彼と共に修練に励んだ日々を思い出す。
実際、当時の自分が主席候補まで登り詰められたのはコーガのその努力する姿を間近で見て刺激を受け鍛錬に励んだ事も大きかった。もしもコーガがいなかったら自分はここまで成長出来ていなかっただろう。
(……そんなこいつのことだ。いきなり飛び級、挙句の果てには特別任務をこなして異例の早さで特級クラスに編入って立場の自分を最初から色眼鏡で見ちまうのは仕方ないよな)
そこに至るまでの過程の詳細を知らず、単純に結果だけ見てしまえば自分はコーガが最も嫌うタイプの才能特化側の立場だと受け取られてしまっても無理はない。結果、かつての友から『成り上がり』扱いされるという昔とは正反対の出会いを果たしてしまった訳である。
(……覚悟はしていたが、二十年ちょい前にはあれだけ親身になってくれていた奴からここまで敵意を剥き出しにされると辛いもんがあるな。まぁ、ここからどうにか改善するしかないんだけど、な)
睨むコーガの横を通り過ぎ、用意された自分の席に座る。間髪入れずに近くの席のテートが大声で自分に声をかけてくる。
「うむ!いよいよお前の特級隊士としての日々が始まるのだな!これからは級友として、かつライバルとしてよろしく頼むぞハイン!」
相変わらずのテートの様子に救われる。その様子を見てちっ、と舌打ちをして前を向くコーガ。
(……この世界では、もうあいつはテートの事はある程度認めているみてぇだな)
当時のコーガは最初、テートの事も『成り上がり』組と思っており毛嫌いしていた。それが変わったのは日々の中でテートの実力を目の当たりにしたのもあるが、誰に対しても態度を変えないテートの人柄に触れたのが大きかっただろう。ある日、修練を終えた時にぽつりとコーガがつぶやいた。
「……あいつ……テートは、他の奴等とは違うな。強さや才能だけじゃなく、勇者として相応しい器の持ち主だ。下手に才能とかにこだわって馬鹿みたいに反発していた自分が恥ずかしいぜ」
そう言って苦笑しながら自分に言うコーガを思い出す。そう、コーガはただの偏見の持ち主ではなく、正しいものは正しい目で見る事が出来る男なのだ。そして、自分が間違っていたと知ればその過ちを素直に認められるのだ。
(……ま、焦っても仕方ないな。少しずつ信頼を勝ち取るしかねぇだろうな)
そう気持ちを切り替え、ムシック教官の講義に耳を傾けた。いずれ誤解を解き、打ち解けられる時が来る。そう思いながら特級クラスでの数日の時を過ごした。
「ふぅ……。疲れたな。やっぱ、授業の内容は昔習っていたとはいえ上級より難しいな」
授業のほとんどは座学が主だったため肉体的な疲労はなかったものの、内容がより高度になったため気を抜く暇がなかった。それに加え、時折コーガから向けられる敵意むき出しの視線が気になったのもあったが。
「ゼカーノの馬鹿みてぇに不用意にこちらに絡んで喧嘩を仕掛けてくる訳でもねぇ。ただ、明らかに授業中や休憩の合間に向ける敵意は隠そうともしねぇ。……思ったよりやり辛いな」
座学や教室での授業では中々自分の評価や印象を変えるのが難しく、この状態でこちらから不用意に声をかけたところで今のコーガにはあっさり拒絶されてしまうだろう。実戦や模擬訓練の様な直接実力を見せて確認出来る機会を待つのが得策だと思っていた。
「……ま、今週が座学メインだったし、休み明けには体を動かす訓練もあるだろう。その時を狙って俺が成り上がりっていう誤解を解いていくしかないよな」
そう思って気持ちを切り替えて休日を過ごすことにした。そして、その機会は休み明けに突然起こることとなる。
「やぁ皆おはよう。休み明け早々すまないが、君たち全員に任務を与えたいと思う」
そう言ってムシック教官がいつもの様に美しい顔で意地悪く笑って言う。その笑みを見て確信する。
……どうやら、自分が思っていたよりも早くその機会が訪れたようである。




