97話 ハイン、施設に帰還し報告完了す
「……そうか。行方不明になった連中は、館の主たちによって生贄にされていたという事か……」
あれからすぐ施設に戻り、真っ直ぐ教官室へと向かいムシック教官たちの元を訪れ館の件を報告する。儀式の部屋で行われていた惨劇の詳細を語った際には流石にザラ教官とミス教官の顔が険しくなった。
そんな二人と対照的にムシック教官だけは眉一つ動かす事なく自分の報告を聞いている。構わずにそのまま報告を続ける。
「……以上が大まかな報告になります。肝心の呪術具ですが火に包まれたうえ、現場が崩れ落ちたため儀式に使われた呪術具の現物の確認及び回収は不可能でしたが、仮に回収したとしても再度利用出来ない程には破損していると思われます」
自分がそこまで話し終えると、ムシック以外の二人の教官がこちらを気遣うように話しかけてくる。
「……大丈夫かいハイン君?いくら君が優秀とはいえ、その……あまりに衝撃的な光景というか……体験ではなかったかい?」
ミス教官に続き、ザラ教官も自分に声をかけてくる。
「うむ。……必要とあらば書面でのレポート報告は少し間を置いてからでも良いし、先に施設の医療機関でカウンセリングを受けてからでも構わないと思うが」
二人の言葉に『それ以上の光景を過去に散々見慣れていますので』とは流石に言えず、平静を装い言葉を返す。
「……いえ、自分は大丈夫です。勇者となって旅立てばいずれ経験する事ですから」
自分の言葉に唖然とする二人を横目に、ムシック教官がにやり、と口元に笑みを浮かべて声をかけてくる。
「うん、心強い返答で何よりだ。では、予定通り詳細をレポートにまとめて後日提出しておくれ。一応の期限は一週間だが、時間を要するなら相談してくれれば対応するし、逆に早めに仕上げてくれれば残りの日程は休暇に充ててくれて構わないからね」
ムシック教官の言葉に頷き、改めて一礼して部屋を後にする。ドアを閉めて少しその場に留まっていると、ドア越しに三人の会話が聞こえてくる。
「……ムシック。少しくらいは彼に配慮したらどうだ?仮にも生死をかけた任務を乗り越えてきたのだ。せめて休暇とレポート提出期間は分けて彼の精神面のサポートに務めるべきかと思うが……」
ザラ教官の言葉にムシック教官が言葉を返す。
「なぁに、大丈夫だよ。彼の様子を見て確信した。彼はこの程度では動じるレベルじゃない。彼はまだまだここにいる間に伸びるよ。いやぁ、今後に期待だね」
そこまで会話を聞いたところで部屋を背にして宿舎に向かう。……ともあれ、今回も自分は任務を無事に達成出来たのだ。これで特級への道は開けた。そう思って宿舎へと足を進めた。
「ハイン!お帰り!無事だったんだね!」
「師匠……!お帰りなさいませ!師匠の帰りを今か今かとお待ちしておりました!」
「ハ……ハインさまお帰りなさい……ま、まずはお帰りのハグを……うふふ……」
自分の帰省を聞き付けたのか、イスタハたちが宿舎の前で待っていた。自分にしがみつこうとするヤムとプランを手で制し、イスタハの顔をまっすぐ見つめる。
「ど、どうしたのハイン?僕の顔に何か付いてる?」
二人を引き離した後、戸惑うイスタハの肩に手を置き、一言だけつぶやく。
「……ありがとな、イスタハ。お前のお陰で助かったよ。色んな意味で、な」
きょとんとした表情を浮かべるイスタハを前に、今回の潜入捜査の内容を掻い摘んで三人にも話し始めた。使用人のくだりの辺りまでは普通に聞き入っていたが、館の真相になると教官たちのように顔をしかめ、最後の結末を話す時には皆無言になっていた。
「……そっか。僕が何か言える事はないけど、それでも僕が教えた事がハインの助けになったのなら良かったよ」
三人に今回の任務を教官たちと同じように話し終え、しばし無言の時間が流れた後にイスタハが小さくそう言った。
「あぁ。本当にお前から教わった事が活かされたよ。……そうでなけりゃ今頃どうなっていたか分からねぇよ」
結果がどうであれ、時間をかければいずれ館の真相に辿り着くことは出来たかもしれないが、シーホたちと触れ合うことは叶わなかっただろう。それが必ずしも良いことかと自分に問うたところで正解は出ないが、少なくともシーホたちの事をここまで思う結果にはならなかったはずだ。
「……私は、少し母親の気持ちが分かります。無論、人の道に反した事だとは理解しておりますが」
「わ、私は半分同意、半分反対です。も、もしそれが自分自身だけなら迷わず命を絶ちますが、その立場がハインさまや自分の家族を守るための事ならもしかしたら己の手を血に染める選択を選んでしまうかもしれないです……」
ヤムとプランの言葉に、自分も今一度自問自答しながらも考える。そう、この経験は自分だけではなくイスタハたちにも伝えたい話となったからだ。施設を出て常にこのメンバーで冒険に出られる保障は無い。下手をすれば一人でこの様な事態に対峙した際、己がどう考え動くかを考えなければいけないのだ。
目的の達成の為に動くか。己の思いに従い貫くか。それによってその場に対峙した際に気持ちも立ち位置も大きく変わるのだ。そして、分かっていても自分にはどうしようもない出来事もあるという事も。
それがただの任務や依頼ではなく、冒険者として旅立った先で遭遇することだってあり得る。そういった思いを伝える際、過去の自分が二十五年の間に体験した出来事としてではなく、今の自身の体験談としてこの時点でイスタハたちに伝えることが出来たのは大きかった。
(……過去の話をたとえ話として話すには限界があるからな。旅に出た事がない今の環境で、俺がそんな事をさも自身の体験談として話せばどこかで矛盾が生じる。いつかこいつらが自分自身で対面する前に話せて良かったぜ)
事実、話を聞き終えた三人は神妙な顔つきでそれぞれ真剣に考えている。考えたところで答えは出ないだろう。だが、それでいい。重要なのは今のうちにそういう思いに至り、いつかそんな事態に出会った際に自分で考え動けるようになるきっかけになれば良いのだ。
「……さてと、もうこんな時間か。そろそろ部屋に戻ろうぜ。俺も今回の一件をレポートにまとめなくちゃいけねぇからな」
そう言って立ち上がると、三人も素直にそれに従う。あの話を聞いた後だったため、ヤムもプランもそれぞれ素直に自分の宿舎に戻っていった。
「ふう……長い一日だったな。レポート作業は明日起きてから始めればいいか」
入浴を手短に済ませ、寝床に潜り込み目を閉じる。即座に襲い掛かる睡魔の中でぼんやりと考える。
(……いよいよ特級だ。ハキンスとの事、これからの事。俺自身も色々考えて過ごさなきゃいけねぇな)
そんな事を考えながら眠りに就いた。
「ハイン=ディアン。君の特級への進級を認める。君の荷物をこちらが指定した部屋へ期日内に運んで準備を始めるように」
レポートを規定の期日より前倒しに提出し、部屋で休暇を過ごしていたある日のこと、一人の教官が部屋に訪れ開口一番にそう言った。
「……了解しました。直ちに準備を始めます」
教官から部屋の鍵と番号を記された紙を受け取り、さっそく荷物の整理を始める。手を動かしながら一人思う。
(……ここからだ。ここからがまた俺の新たなスタートだ)
そう一人つぶやき、荷物の整理を黙々と進めていった。




