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96話 未来改変、トキヒ=ロクメーユ

「いやー……しかし、見事に燃えちまったなぁ」


 火事によって半壊した館を見上げてトキヒがつぶやく。


 あれから、館に向かいながらトキヒが気を失った後の出来事をかいつまんで説明した。シーホとの最後の会話だけは自分だけの胸に留めておいたが。


「ま、幸いにも火元から俺たちの使用人室が離れていたお陰で俺たちの荷物は何とか回収出来たし、あれだけの火災で他に死人が出なかったのは不幸中の幸いだったよな」


 トキヒの言う通り、あれからすぐに二人で手分けして館の住人に火事を大声で知らせ、速やかに皆を館の外へと避難させた。やがて火事を聞き付けた街の方から救助が入り、館から他に炎が燃え移る事はなく無事に鎮火された。


「……そうだな。火元部分はもはや手入れも不可能なくらいに崩れ落ちたけどな」


 出火元となった例の部屋の辺りは完全に炎上し崩落していた。……余程底から掘り下げる事でもない限り、彼女たちが見つかる事はない。館の主が不在の中起きた失火として扱われる流れになるだろう。


「……ま、後は国が後始末をしてくれるだろうし、ゴネてる一部の連中を除けば皆地元に戻るなり、次の働き口を探しに行くみてぇだから俺たちもこれでお役御免だな」


「……あぁ、そうだな」


 空返事で答える自分に、思うことがあったのかトキヒが声をかけてくる。


「……お前、まだ気にしてんのか?シーホお嬢様の事」


 トキヒの言葉に、シーホの最後の笑顔が再び頭に浮かぶ。


 自分がどう足掻こうともシーホたちを救う事が出来なかった事は変えられない事実である。だが、自分の中で彼女の事が未だ引っかかっている事は確かであった。


「……あぁ。どうしようもない事だっていうのは分かってはいるんだけど、な」


 そう自分が言うと、やれやれといった感じで自分の隣に腰を下ろしてトキヒが言う。


「……ま、無理もないけどよ。それでも、俺たちにはどうしようもなかっただろ?仮にあの娘たちをあそこから救い出したとしても、死ぬより辛い思いをさせちまうだけだ。違うか?……だから、これで良かったんだよ」


 自分と同じような思いをトキヒが口にしたことで、少しだけ気持ちが楽になる。そうだ。自分は前を向いていかなければならないのだ。シーホたちが眠っているであろう場所の方を向かいながら改めて心に誓う。


(……救えなくてすまねぇ。せめて、安らかに眠ってくれよ)


 そう思っていると、トキヒがタバコに火を点けてから自分に声を掛けてきた。


「……それでハイン、お前はこれからどうするんだ?」


 トキヒの問いに、自分も地面に座って懐からタバコを取り出して火を点け、一口煙を吐き出してから答える。


「そうだな。……詳しくは言えねぇが、ひとまず事の流れを報告しに戻る事にするよ。お前こそどうするんだ?」


 そう言って逆にトキヒに問いかける。煙を燻らせながら空を見上げてトキヒが言う。


「うーん……お前に付いていく事も一瞬考えたんだが、やっぱり止めておくよ。お前さん、どうやら大分複雑な事情があるみてぇだしな」


 トキヒの言葉に安堵半分、残念な気持ち半分といった感情が浮かんだ。


 短い時間ではあったが、トキヒの暗殺技術と人柄を目の当たりにし、もしもこいつが施設に入りその才を磨いて正しき方向に使えばきっと未来の自分にとって素晴らしいパーティーの一人になってくれるだろうと思う反面、一部始終を話してそれでも自分に協力してくれるかと思うとそれは難しいと思ったからであった。


(……賞金稼ぎで生きてきた奴が、今更隊士になれるかといったら厳しいだろうしな。そもそも集団行動や指示を与えられて動くのはこいつには向かないだろう。出来れば、施設を出てから出会いたかったぜ)


 そんな風に内心思いながら、トキヒに言葉を返す。


「……どこか、行く当てはあるのか?」


 そう自分が言うと、苦笑しながらトキヒがまた一口タバコを吸ってから答える。


「ははっ。根無し草の俺にそんなもんある訳ねぇだろ?ま、これまでも何とかやってきたし、これからも何とかなるさ。引退を考えちゃいるが、並の相手ならまだまだ負ける気はねぇからな。ひとまず色んな街や村を渡り歩いて、落ち着けそうなところを探すとするさ」


 トキヒの性分からして、中々そんな場所を見つけるのは難しいだろう。だが、不思議とこいつなら何があっても大丈夫だろうと思った。


「そうか。良い場所に巡り合えるといいな」


 そう言って自分もタバコを吸う。互いにタバコを吸い終えたところでトキヒがおもむろに立ち上がってこちらを見て言う。


「よっし、じゃあ俺はそろそろ行くとしようかね。ここにあまり留まっていても良くねぇだろうしな。賞金稼ぎなんてやってた手前、国の連中が集まる場所には極力近寄りたくねぇからな」


 トキヒの言葉に自分も頷く。確かにこれ以上ここにいて、根掘り葉掘り色々聞かれたら厄介な事になるのは自分も同じである。


「そうだな。ここを去るなら今のうちが良いな。俺も戻る事にするよ」


 自分の言葉にトキヒも頷き、混乱に生じて二人でその場を後にして街道へと向かった。道中で軽い会話を交わしながら歩いていると、施設に向かう分かれ道へと辿り着いた。


「……よし、じゃあここでお別れだな。トキヒ、今回は助かったよ。お前がいなけりゃ事の真相にはここまで早く辿り着けなかったかもしれねぇ。ありがとな」


 そうトキヒに声を掛けると、頭を掻きながら苦笑しつつトキヒが言葉を返す。


「おいおい。戦いの最中であっさり気を失ってお前に助けられた挙句、気付いたら全て終わっていましたっていう俺にそんな事言うか?」


 トキヒはそう言うが、ラジブと夫人たちに遭遇し、事の真相を辿り着いた時にもしも自分一人でいたなら上手く対処出来ていたかは分からない。少なくともトキヒの存在と先程の言葉で自分は救われた。そういった意味での素直な自分の感謝の言葉だった。


「いや、本当に……助かったよ」


 そう言った自分にトキヒが右手を差し出しながら言う。


「ま、俺もお前さんがいなけりゃ今もこうして生きてはいなかっただろうからな。あの場で死んでいたか、下手すりゃ遅かれ早かれ生贄にされていたかもしれねぇ。そういった意味じゃ俺こそお前に感謝だな」


 トキヒの何気ない言葉にはっとする。


 ……そうだ。自分がこうしてここに来た事で、少なくともトキヒの未来は変わったのだ。


 当時のトキヒがどうなったのかは知りようも無いが、少なくとも今のトキヒはこうして生きている。いや、トキヒだけでなく館にいた連中もだ。そう思った時、自分の中で少しだけ気持ちが晴れるような気がした。


「……いや。やっぱり俺こそお前に感謝しているよ」


 そう言いながらトキヒの差し出された右手を握り、硬く握手を交わす。自分の言葉に不思議そうな表情を浮かべながらもトキヒも手に力を込める。


「……やっぱ、お前さん不思議な奴だな。じゃあなハイン。お互い生きてたらまたどこかで会おうや。お前との飲み、楽しかったぜ」


 手を離し、分かれ道の前でトキヒが言う。自分もトキヒに言葉を返す。


「あぁ。またどこかでな。その時は乾杯しようぜ」


 そう言って互いに背を向け歩き出す。振り返る事なくそのまま施設に向けて歩みを進める。一人歩く中でイスタハたちの顔が浮かぶ。


(……あいつら、今頃どうしているんだろうな。戻ったらゆっくり飯でも食いながら話を聞くとするかね)


 そんな事を思いながら、施設へ続く道を早足で駆け出した。


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