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95話 ハイン、決意を新たにする

 炎が広がったと思うと同時、足元の床が油まみれだったラジブが一瞬のうちに炎に包まれる。


「……があああっ!!」


 次の瞬間、ラジブの絶叫が部屋中に響き渡る。


(……まずい!この勢いで火が広まったら全員ここでお陀仏だぞ!)


 咄嗟に口元を抑え、煙を吸い込まないように口に布を巻きトキヒの方へ駆け寄る。幸い、自分とトキヒの位置には油が流れていなかった。未だ意識が戻っていないトキヒに声をかける。


「……おい!起きろトキヒ!このままだと死んじまうぞ!」


 そう言いながらトキヒの頰を叩くも、トキヒの意識はまだ戻らない。その間にも炎の勢いは増していく。


(駄目か。……こうなりゃこいつを抱えて無理矢理にでも戻るしかないな)


 そう思った次の瞬間、全身を炎に包まれ火だるま状態となったラジブが絶叫しながらのたうち回り、引火していなかった部分にも火が巻き起こる。炎の壁越しに夫人とナノハの叫び声が聞こえた。おそらく持っていた松明を取り落としたのだろう。夫人たちの方からも悲鳴が上がる。


「きゃあああ!熱い!痛いっ!!」


「嫌ぁあああ!熱い熱い熱い!助けて!誰か助けてよぉっ!」


 その声に慌てて駆け寄ろうとするものの、夫人たちと自分を阻む炎の勢いは止まるどころかますます激しくなっていく。今ここで自分が『水』や『氷』の魔法を放ったところで焼け石に水だろう。


(……俺がイスタハ級に魔法が使えれば話は別だが、これはどうしようもねぇ。どうにかここから逃げないと俺たちも火だるまになっちまう)


 煙を吸わないように注意しながら気を失ったままのトキヒを担ぎ、よろよろと立ち上がる。


「……とりあえず、ここから抜け出さねぇといけねぇ。何とか部屋に……くっ!」


 トキヒを担いで戻ろうとするも、既に自分たちが入ってきた扉の前まで火が回っていた。


(……まずい!このままじゃ炎に焼かれるか、煙を吸い込んで死ぬかの二択だ!)


 トキヒを放り出し、今すぐ自分だけがあちらに駆け出せば何とか間に合い向こうの部屋に戻ることは可能だろう。だがそんな事は絶対に出来ない。どうするか悩んでいたその時、シーホの声が聞こえた。


「……カノアさんっ!こっちです!」


 その声にトキヒを担いだまま駆け出す。声の先には煙を吸い込んで苦しげな表情のシーホが立っていた。トキヒを担いだままシーホの元へと向かう。二人から離れていたため難を逃れたのであろうシーホが壁際の通路を指差して言う。


「……ここから、階段を上がって行けば館の外に出られます。戻ったらすぐに館の中の皆様に逃げるようにお伝えください」


 そう言って自分たちを通路の奥に促すシーホ。だが、自分はその場から動こうとしない。


「……シーホ。君は……」


 声をかける自分に、俯きながら首を振るシーホ。


「……私は、ここに残ります。お母様とお姉様、ラジブと共にここで最後の時を迎えます。それで私たちがしてきた事の償いになるとは思いませんが、ここで全てを終える必要があります。お世話になりましたカノアさん。……今まで、本当にありがとう」


 そう言ってシーホが笑った。シーホの目から流れた涙が頬を伝う。


「そんな……」


 それ以上、何もいう事が出来なかった。……だが事実、ここを出たところで代償を支払わなければシーホは生きていけない。仮にここで生き延びたところで死よりも辛い現実が待ち受けているのは避けられないのだ。


(それは分かっている。分かっているんだ。だが……)


 トキヒを背中に担いだまま逡巡していると、シーホが無言で通路の扉を閉め始めた。


「シーホ!」


 自分の叫びも空しく、そのまま扉が閉まる。扉越しにシーホの声が聞こえる。


「……これで、少しは火の回りも遅くなるはずです。急いでください。すぐに館の方にも火が回ってしまうはずです。どうか、今のうちに他の皆様を避難させてください。……私からの最後のお願いです」


 シーホの悲痛な、だが力強い声を扉越しに聞く。


「……あぁ、分かったよ」


 もはや自分にはそう答えることしか出来なかった。自分の言葉に再びシーホが口を開く。


「ありがとうございます、カノアさん。……あぁ、最後にもう一言だけ良いですか?」


「……大丈夫だよ。……何だ?」


 そう自分が返すと、シーホが一言だけつぶやいた。


「……カノアさん。――貴方の淹れてくれる紅茶、本当に美味しかった」


 それから扉の向こうからシーホの声が続くことは無かった。扉に背を向け、トキヒを担ぎながら階段を登り始めた。階段を上りながらふと思う。


 ……結局、彼女を救うことは出来なかった。それどころか、本名を伝えることすらしていなかった事に今になって気付く。


(……転生前の彼女たちは、一体どうだったんだろうか。あのまま秘密裏に生贄を集めて生き延びたのだろうか。それとも、自分ではない誰かに凶行を見破られて人知れず始末されてしまったのだろうか)


 いくら考えても答えの出ない疑問がぐるぐると頭を巡る。自分が過去に戻されてから今に至るまで、こんな事態に遭遇した事が無かったため思考が上手くまとまらない。


 過去に戻された事により、これから変えられる未来もあれば、本来出会うことのなかった悲劇に遭遇する事も容易にあり得るのだ。情けない事に、今の今までそこに深く考えが至らなかった自分が情けなかった。脳内にシーホの最後の笑顔が浮かぶ。


(……だけど、きっと前の世界でもシーホは苦悩していたはずだ。少なくとも、シーホがもう人の命を奪って生き延びる事で苦しむ事はなくなったんだ)


 そう自分に言い聞かせ、階段を上り続ける。上りながらも改めて心に誓う。


 ……きっと、これからも自分は魔王を再び倒すまでに様々な人に出会うだろう。その中には自分が救える人もいれば救えない人もいるだろう。


(……でも、救いたい。一人でも多く。今の自分が救える人は絶対に救いたい。この気持ちを絶対に忘れちゃいけない)


 そう心に誓い、階段を上る足に力を込めた。気付けば外の明かりが見えていた。



「……ん?ここは?……ってハイン!一体どうなった!?あいつらは?ここは何処だ!?」


 館から抜け出すとほぼ同時、トキヒが意識を取り戻し開口一番に叫ぶ。


「起きたかトキヒ!いいから急いで館に戻るぞ!走れっ!事情は向かいながら説明するっ!」


 そう言ってトキヒと二人、煙が立ち上り始めた館へと駆け出した。


諸事情で更新が遅くなり、申し訳ありません。

今後は少しずつですが更新頻度を上げていきたいと思います。

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