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94話 シーホの独白、ラジブの激昂

「……シーホ?」


 夫人とナノハと共に奥の部屋へと向かったはずのシーホがこちらに向かって叫んでいた。その目からは涙が流れ続けている。


「もう……止めましょう……こんな事……」


 涙を流しながらシーホが言う。シーホの後ろから夫人とナノハも慌てて駆け付けてくる。


「何を言うのシーホ!そんな事出来る訳がないでしょう!血が無ければ、貴女達がどうなるかは貴女達が一番分かっているでしょう!?」


「……そうよシーホ。またあの苦しみを味わいたいの?それだけじゃないわ。私達はそうしないと生きていけないのよ」


 夫人とナノハの言葉にも耳を貸さず、なおもシーホが堰を切ったように叫ぶ。


「……分かっているわ!でも、もう耐えられない!人の血を口にするのも、誰かを犠牲にして生きているのも!何度もラジブに手を汚させて、今もこうしてカノアさん達を殺そうとして!その後、カノアさんの血を飲んで生き延びるの!?……そんなのはもう嫌!」


 そう言ってシーホが部屋に入り、手近な物を叩き終えて肩で息をしているラジブに駆け寄り声をかける。


「……ラジブ。今までごめんなさい。もう良いから……」


 シーホがそこまで言いかけたところで、ラジブがシーホを手で振り払う。


「きゃっ!」


 小さく悲鳴を上げて吹き飛ばされて地面に転がるシーホ。それを見て慌てて夫人とナノハがシーホの元へ駆け寄る。


「シーホ!大丈夫!?ラジブ!貴方一体何を……」


 夫人の言葉も効かず、再びラジブが暴れ出した。


「……ふざけるなっ!今更……今更後になど引けるかっ!長年この家に仕え、今までこの手を血に汚してきたというのに……!殺す!秘密を知る者は殺すっ!」


 薬と痛みの影響か、シーホや夫人の言葉も耳に入らないのか、ラジブが叫ぶ。


「……まずいな、ハイン。あいつ相当キレてるぞ。それに、そろそろあいつの視界も戻るだろうしな」


 トキヒが声をかけてくる。確かに、片目はトキヒによって潰されたものの、もう一方の目はやがて視力を取り戻すだろう。


「だな。……それに、この部屋も危ねぇ。床も相当油まみれだしな」


 ラジブが叩き割った油壺からは油が流れ落ち、部屋の床には油が広がり周囲には油の匂いが充満していた。


(……とはいえ、どうラジブを取り押さえるかだな。あの興奮状態じゃ迂闊に近付けねぇし、今の状態のラジブなら、三人を巻き込んででも俺たちを殺そうとするだろう。さて、どうするか……)


 間に夫人達を挟む形でラジブと対峙する。トキヒと自分の予想通り、視力が回復したようで残された片方の目でこちらを睨みつけている。


「殺す……殺す……そして、血をお嬢様に……」


 もはやシーホが望んでいなくても関係ないのだろう。火かき棒を握り締めてラジブがつぶやく。


(……まずいな。こっちが三人を気にして戦わないといけないのに対して向こうはこっちを殺すことを優先してもおかしくねぇ雰囲気だ。これはやり辛いな)


 剣を構えながらラジブを睨むように見つめる。同時にラジブがこちらに襲い掛かってきた。


(早いっ!……だが右目は潰されているから、死角の方へ回り込めば……!)


そう思いラジブの右側に回ろうとするが、何とラジブが自分の目前で方向転換し、標的をトキヒに変えて火かき棒を振りかざした。


「なっ……!」


 咄嗟にナイフを構えるものの、火かき棒での一撃はフェイントでトキヒの腹にラジブが蹴りを叩き込んだ。


「がはっ……!」


 ラジブの蹴りをまともにくらい、トキヒが吹き飛ばされて後ろの壁に叩き付けられる。


「トキヒっ!」


 慌ててトキヒの元へ駆け寄り、すかさずトキヒに追撃を放とうとするラジブの顔に向かって魔法を放つ。


「『風衝刃(ウインド・カッター)』!」


 詠唱を簡略し風の刃を放つ。もう片方の目まで潰されては不味いと思ったのか、それを回避するためラジブが斜めに跳躍し回避する。その隙にトキヒの様子を確認する。背中から壁に打ち付けられた衝撃で気絶してしまったようだ。


(……流石に今の一撃で死ぬまではいかねぇが、気を失ったのは不味いな。トキヒを庇いながらこいつの相手をするのはかなり厳しいぞ)


「……『回復(ヒール)』」


 気を失ったままのトキヒに回復魔法をかけつつ、ラジブの方に剣を構える。トキヒを庇いながらどう戦うか。頭の中で必死に考える。


(火かき棒での一撃はくらえば致命傷……かといって、それを受ければ蹴りを含めた近接攻撃が飛んでくる。自分にハキンス級の体術があればそれも回避出来るだろうが、今の俺には無理だ。なら……!)


 一つの手を思いつき、ラジブの次の攻撃に構えて備える。それとほぼ同時にラジブが自分たちに向かって襲い掛かってきた。


 自分が避ければ後ろで気を失ったままのトキヒを仕留め、避けなければ自分に火かき棒と近接の合わせ技を放つつもりなのだろう。だが、それを狙っているのは重々承知である。そのためラジブの一撃を剣で受ける瞬間、こちらが先に仕掛ける。


「……風の化身よ!螺旋を描け!『螺旋斬(へリックス・ブレード)』!」


 ラジブに向かってカウンター気味に螺旋状の風の刃を放つ。だが、あえて自分はラジブ自身ではなくラジブが振りかざす火かき棒を持つ手の方に向かって放った。


(……螺旋の風の威力なら、間違いなく弾き飛ばせる!まずはこいつの武器を無力化する!)


 火かき棒をラジブの手から放し、まずは凶器を無力化させようと思った。近接攻撃の威力は無視出来ないが、今はリーチを削ぐだけでも現状を打破出来ると思った。


「ぐっ……!」


 火かき棒を絡め取られたラジブの顔に一瞬動揺の表情が浮かぶ。


(……いけるっ!このまま押し切れるっ!)


 そう思い剣を振りかざしたものの、ラジブの抵抗は自分の想像を超えていた。


「ぐうぅぅっ……!」


 螺旋を描く風の刃に火かき棒を絡め取られながらもその手を離さないラジブ。だがその抵抗も虚しく、やがて火かき棒を持つ手が徐々に巻き込まれていく。


(……このまま離さなければ刃に手が巻き込まれる。流石にその前に獲物を手放すだろう)


 そう思った次の瞬間、遂にラジブの手が火かき棒から離れる。


「ぐっ……!」


 しかし、直前までラジブが抵抗していたため火かき棒が予想していたよりもはるかに勢い良く吹き飛んでしまった。火かき棒が吹き飛んだその方向には油が広がっている。


「まずいっ!……そっちは!」


 次の瞬間、火かき棒が地面に落ちると同時に火花が発生し、炎が勢い良く周りに広がった。


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