93話 戦闘、ハイン仕掛ける
「……来るぞっ!」
そう自分が叫ぶと同時にラジブがまず自分に向かってきた。先程の魔法の事もあり、まずは厄介な自分から始末しようという流れだろう。
「よっ……と!」
振り下ろされた火かき棒の一撃をすれすれで避ける。先程よりも早く、重い一撃だ。
(……先ほどの薬の影響か、さっき以上に躊躇いがないな。一撃くらっただけで命取りになるな)
先程口にしていた薬は即効性のある薬のようで、ラジブの筋力も速度も飛躍的に上がっている。薬の持続性がどれほどのものかは分からないが、長期戦は二対一とはいえ避けた方が良いと感じた。
「……方が付くまで離れた方が良いでしょう。行きますよ。ナノハ、シーホ」
そう言って夫人が姉妹を連れて奥の方へと消えていく。去り際にシーホがこちらをちらりと見たのが視界に映った。その顔はとても悲しげな表情であった。
「……ふんっ!」
その様子をそれ以上気にする余裕もなく、間髪入れずにラジブの攻撃が続く。どうにか懐に潜ろうとすれば足技で威嚇され、距離を取れば火かき棒を振り回される。魔法を放つ余裕もないほどの連撃を放ちながらも後ろにいるトキヒにも警戒を怠っていないのが分かる。
「……ちくしょう!何とかならねぇのかハイン!」
攻めあぐねているトキヒの声に何か手はないかと考える。
言われなくとも何とかしたいのは山々だが、この状況では魔法を放つどころか反撃すら難しい。何か有効打を放てないかと思ったその時、一つの手段を思い付いた。
(……これだ!これなら今の状況を打破出来るかもしれねぇ!だが、それが上手くいくかは……賭けだ!)
一瞬悩むものの、他に手はないと思いつつトキヒに向かって叫ぶ。
「……トキヒっ!今すぐ目をつむれっ!」
そう叫びながらトキヒの返事を待たず、間髪入れずにラジブに向かって手をかざして自分も目をぎゅっ、とつむりながら魔法を放つ。
「『光明』!」
自分が叫ぶと同時にラジブの眼前で閃光が放たれる。本来ならば洞窟や迷宮を探索する際、松明代わりに周りを魔法の灯りで照らし出す為の魔法なのだが、その持続時間を限界まで下げるその代わりに光量を最大限に上げ、一種の炸裂弾の様な目くらましとして使用することも可能である。戦闘用魔法ではないため、このような状況でも用意に発動が可能な魔法の一つであった。
「……ぐううっ!」
閃光をまともに目の前でくらい、流石にラジブも動揺してその場で闇雲に火かき棒を振り回す。それよりも早く目を開け後ろに飛び退き、その攻撃を回避する。
(……トキヒは……どうした?こっちの意図に気付いてくれたか?)
そう思いながらラジブの方を再び向いたと同時に、トキヒの冷酷な声が聞こえた。
「……悪いが、遠慮しねぇぜ。あんたは俺たちの『敵』だからな」
次の瞬間、トキヒのナイフがラジブの顔を切り裂いた。
「……があああぁっ!!」
顔から鮮血が流れると同時にラジブが顔を押さえて絶叫する。どうやらトキヒの今の一撃は確実にラジブを捉えたようだ。即座にこちらへ駆け寄ってきたトキヒがこちらに声をかけてくる。
「ナイスだぜ、ハイン。お前さんが何を考えているか咄嗟には分からなかったが、言われた通り目をつむっておいて良かったぜ。お陰できっちりあいつの目を狙わせて貰えたよ」
ナイフを構えながらトキヒが言う。
「……察してくれてありがとよトキヒ。この場を切り抜けるにはあれくらいしか浮かばなかったからな。お前があいつの目を潰してくれたっていうのは期待以上だったけどな」
そう自分が言うと、トキヒがラジブの方を見ながら言う。
「あぁ。……だが残念だが両目は一度に潰せなかったぜ。……あいつ、あの状態でも瞬間的に顔を即座に逸らしやがった。右目は確実に潰したが、左目は塞がれたみてぇだな」
トキヒの言葉に顔から流血しながら苦悶しているラジブを見ると、確かに右目はトキヒの一撃で潰されたようだが、左目はかろうじてナイフの刃を逃れたようだ。とはいえ、先程の閃光の影響でまだ視界は回復していないだろう。いくら痛覚が先程の薬の影響である程度麻痺しているとは言えど、流石に目を潰されては痛みの方が勝っているようで、片手で顔を抑えつつ、もう一方の手で火かき棒を無茶苦茶に振り回している。
「……がああぁああっ!」
こちらの気配を悟る余裕もないのか、ただただ火かき棒を振り回すラジブ。一種の興奮状態に陥っているのか闇雲に火かき棒を振り回しながら手当たり次第に周囲にある物を破壊していく。
「……やばいなあいつ。まだ目が見えていないとはいえ、あの状態じゃ迂闊に近寄れねぇぜ。ハイン、どうにかならねぇか?」
トキヒの言葉に気配を悟られまいと一定の距離を置きながらラジブの様子を見る。確かに今の興奮状態に入ったラジブの一撃を一発でもくらえば即致命傷になるだろう。
「……そうだな。やはりさっきみてぇに『風』の魔法で離れた所からあいつを壁に叩き付けるしかねぇだろうな。もしくは『氷』で足元を封じるか……」
そう思っていた矢先の事であった。ラジブが振り回した一撃が、壁の近くにあった壷の一つを勢い良く叩き割った。壷の中には液体が入っていたようで、たちまち床にその液体が広がっていく。同時にその液体から鼻をつくような匂いが広がる。
「……こいつは……油だっ!」
自分が叫ぶ間にも、ラジブは絶叫を繰り返しながら近くにあった油の入った壷を手当たり次第に叩き割っている。視界が塞がれた事と、痛みでもはや自分が何を破壊しているのかが分からないのだろう。そのラジブの様子を見たトキヒが慌てて言う。
「……おい!まずいぜハイン!こんな所でこれだけの油が撒かれちゃ……火が点けば一瞬で火の海になるぞ!」
……トキヒの言う通り、これでは床に火花の一つでも飛べばあっという間に部屋中が炎で埋め尽くされるだろう。どうラジブを止めるかを脳内で必死に考えているところに、部屋に叫び声が鳴り響いた。
「……お願い!皆……もう止めてっ!」
その声にトキヒと同時に声のする方へと振り返る。
そこには、大粒の涙を流しているシーホが立っていた。




