90話 黒幕、登場す
「あ、あんたが……?なんでだ?」
割れた仮面の先から現れたその顔は、執事長のラジブであった。
「…………」
トキヒの問いかけには答えず無言のまま、初老の皺がありながらも鋭い目つきでこちらを睨み付けるラジブ。眉間の近くからは先程のトキヒのナイフが仮面ごしに僅かに肌を貫いたのか、一筋の血がたらりと流れ落ちる。それを拭う事もせずこちらをじっと睨み続けている。
(……どういう事だ?夫人たちと館を出たはずのこいつが何故ここにいる?こいつが事件の張本人だとしたら、夫人と姉妹はどうなったんだ?)
頭の中で考えていると、動きを止めていたラジブが再びハンマーを握り無言のままこちらへ再び襲い掛かってきた。
「危ねぇっ!」
トキヒが叫びながら横に飛んで回避する。自分も咄嗟にトキヒと反対方向へ飛ぶ。次の瞬間先程まで自分がいた位置にハンマーが振り下ろされる。
「……おいおい!マジかよ!爺さんの腕力じゃねぇぞ!」
驚きつつも懐から新たなナイフを取り出しながらトキヒが言う。トキヒの言う通り、常人かつ初老の男性では考えられない速度でハンマーを扱うラジブ。単純な筋力では考えられないため、何か秘密があるのだろう。
(思い当たるのは魔法が使えて『筋力強化』や『速度強化』の類を扱えて自身にかけているか、その類の魔導具、あるいは薬を使っているパターンだ。もしくは俺も知らない外法の可能性もあるな)
トキヒの様子を見つつ、自分への攻撃を紙一重で回避しつつラジブの様子を観察する。
「くそっ!」
ラジブの攻撃を掻い潜りながらもナイフで攻撃を仕掛けるトキヒだが、先程の一撃を警戒しているのか決して顔を狙われないように警戒している。しかもトキヒを攻撃しながらも、こちらへの警戒は決して怠っていない。物静かな老執事の面影はそこには無かった。
(完全に騙されてたな。何度も顔を合わせて会話していたにも関わらず、こんな腕前を隠していたとは思わなかったぜ)
最初の一撃といい今の戦い方といい、相当な場数を踏んでいなければこんな戦い方は出来ない。大人しい老執事の風貌は仮の姿だったと思い知る。
(……とはいえ、対処出来ない相手じゃねぇ……よなっ!)
トキヒに攻撃を仕掛けたラジブの間に割って入り、剣を握り高らかに叫ぶ。
「炎よ!剣に宿れっ!」
叫んだ瞬間、剣に炎の魔力が宿る。魔力で強化された剣は先程よりラジブの攻撃を緩和し、ラジブの一撃を片手で弾き返す事に成功する。
(……重い!だが流石にハキンスやテート程じゃねぇ。これならいける!)
そう思った瞬間、ラジブが驚きの行動に出る。ハンマーを持つ手を即座に離したかと思った瞬間、自分に向かって掌底を繰り出してきた。
「なっ!?」
いきなりの事だったため、寸前でラジブの掌底を体を捻ってどうにか回避する。が、体勢を崩したところに間髪入れずにラジブから今度は蹴りが放たれた。
「しま……っ!」
体勢を崩していたため反撃も難しいうえ、回避も出来ない。ダメージを覚悟したその瞬間、トキヒの放ったナイフによってラジブの足が止まり、再度ギリギリのところで回避に成功する。
「……これで、最初の借りは返したぜ」
そう言って再びナイフを構えるトキヒ。先程の攻防で疲弊しているのか、体からは汗が流れている。
「助かったよ。……お前のナイフがなかったら今頃あの蹴りをまともにくらっていただろうな」
剣を構え直してトキヒに声をかけるとちらりと横目で自分を見て口を開く。
「お前さんに今何かあったら俺一人であいつの相手をしなきゃいけねぇ。そいつは勘弁してもらいたいからな。……しかし、お前さん魔法も使えるんだな。いったい何者なんだ?」
トキヒの問いに答えるより先にラジブの様子を見る。自分を仕留め損ねたにも関わらず、全く動じた様子もなく落ちたハンマーを拾い上げている。
「……懐に潜り込めれば、と思ったがあいつ、格闘が基本スタイルみてぇだな。こりゃ、思っていたより厄介な相手だな」
ハンマーを掻い潜り懐に潜り込むつもりだったが、奇しくも今の攻防でそれが間違いだったと気付く。不用意に相手の間合いに入れば手痛いカウンターをくらっていただろう。
(ここが屋外なら魔法も使えるんだが、下手に魔法をぶっ放したらこっちも危ねぇ。さて、どうしたもんか……)
ラジブから目を離さず、戦略を考える。部屋を見渡して一つの手段を考える。
(あいつの着ているローブは魔法や斬撃をある程度防ぐはずだ。なら……)
ナイフを構えるトキヒに声をかける。
「トキヒ、頼みがある。俺の合図でナイフをあいつに向かって投げて欲しい。出来れば連続で頼みたい。出来るか?」
自分の問いに、トキヒが笑いながら答える。
「なめんなよ。右手でも左手でも自由自在さ。だが、俺のナイフじゃ顔を直撃でもしない限り仕留めるのは難しいと思うぜ?」
そう答えるトキヒに返事を返す。
「あぁ、それで良い。お前のナイフの腕は向こうも承知だろうからな。あいつの左右を目掛けて二本、出来れば同時に放ってくれ。あとは俺が何とかするからよ」
そうトキヒに言って剣に宿った炎の魔力を解除し、ラジブに仕掛けるべく叫ぶ。
「風よ!剣に宿れっ!」
新たに風の魔力を剣に宿し、ラジブに向かって剣を振るう。
「『烈風斬』!」
剣から放たれた風の刃がラジブを襲う。回避の構えを取ろうとしたラジブよりも先に時に向かって即座に叫ぶ。
「今だっ!」
自分の言葉と同時に、トキヒが正確にナイフを自分の風の刃を挟む形で投げる。
「まだまだっ!」
間髪入れずにトキヒが素早く左右にもう一本ずつナイフを放つ。期待以上の狙いだ。これで左右どちらに動いても、ラジブの顔にナイフが向かうだろう。それを察したのかラジブが回避を止めてガードの姿勢を取る。ナイフが顔に突き刺さるリスクを避け、自分の攻撃を防御する事を選んだのだろう。
(……そうなるよな。だが、それが狙いだっ!)
ラジブが構えたと同時、続けざまに再び技を放つ。
「『烈風斬』!」
一撃目の風の刃をハンマーで受けきろうとしているラジブに再び風の刃が向かう。威力自体は防がれたものの、その場から大きく後ろに後退するラジブへ真っ直ぐ風の刃が再び襲い掛かる。
「ぐっ……!」
ようやくラジブが短く声を漏らす。流石に追撃がここまで早く来るのは予想外だったのだろう。だが、まだ終わらせない。
「……まだだっ!「『烈風斬』!」
二発目の風の刃が炸裂するのとほぼ同時に三発目の刃を放つ。最後の刃がラジブに炸裂する頃には、威力に圧されたラジブは壁際へと追い込まれていた。次の瞬間、ラジブが背中の石壁へと叩き付けられた。
「がっ……!」
背中から予期せぬ衝撃を受けて、一声だけ声を漏らしてその場に倒れこむラジブ。壁に叩き付けられた際に頭も強打したようで、立ち上がる事はなかった。
「……お前、最初からこれを計算してたのか?」
ラジブが起き上がってこないことを確認しながらトキヒが声をかけてくる。
「……あぁ。上手くいくかは半々だったけどな。お前のナイフの腕と部屋の石壁が良い仕事をしてくれたよ」
向かい合う中で壁との距離を計算しながら狙い通りの位置に追い込めたのも成功した要因だろう。それもこれも左右の逃げ場を塞いでくれたトキヒのナイフがあったからこそである。
「……で、どうするこいつ?死んじゃいねぇだろうが、とりあえず拘束しておくか?」
トキヒが何か縛れるものがないかと部屋を見渡しながら言う。
「そうだな。起きた時にまた暴れられたら厄介だしな。それに、夫人や姉妹の居所も問い詰めなきゃいけねぇ」
ラジブが事の張本人ならば、一緒に館を出たはずの夫人と姉妹の安否や居場所を確かめなければなららない。そう思った次の瞬間、くぐもった音で声が聞こえた。
「……その必要はありません」
その声にトキヒと顔を見合わせると、ラジブが叩き付けられた壁の近くから回転扉のように一部の壁が開く。
「私……いえ、私たちはここにこうして揃っておりますので」
そこには、松明を掲げたイミア夫人と、その後ろにナノハとシーホ姉妹の姿があった。




