87話 ハイン、館の真相に触れる
トキヒと二人で例の部屋の前へと辿り着き、もはや消化作業と言わんばかりに例の部屋の鍵を開ける作業に取り掛かる。問題なく鍵を開けて部屋に入りドアを閉め、周りに人の気配がない事を確認したと同時にトキヒが口を開く。
「……しかし、本当にお前さん優秀だな。本当に盗賊じゃないのか?その手付き、並の連中には真似出来ねぇと思うんだがな」
作業する自分の手付きをしげしげと眺めながらまたトキヒが言う。よほど自分の作業が手馴れているように見えるのだろう。
「生きるためには何でも出来るに越した事はないだろ?身に付けた技術がどこで役に立つかなんて分からねぇもんさ。それが今だったって事さ。さ、行くぞ」
本棚の仕掛けを動かし階段を降り、トキヒと二人で例の部屋の前に到着する。
「着たな。トキヒ、悪いが手元を照らしてくれ」
トキヒが無言で頷きこちらの手元を火で照らす。鍵穴に金属を差し込み慎重に鍵穴を回す。額に汗がにじみ始めた頃、かちりと音を立ててドアノブが回った。
「……よし、開いたぜ。それじゃ行こうか」
扉が開いたのを確認し、声を殺してトキヒに声をかける。
「……よし。この先には何があるか分からねぇ。注意して進むぞ」
自分の言葉にトキヒが無言で頷く。少しそのまま歩いていくと、嫌な匂いが鼻をついた。
(この匂いは……いや、間違いない。すると、この先には……)
この先にあると思われるものを想定して警戒を強める。自分の気配を感じ取ったのかトキヒが小声で声をかけてくる。
「……おいハイン、この匂いって……」
トキヒも勘付いたのか、怪訝な表情を浮かべている。
「静かに。……ここからは慎重にいこう」
そう言って無言で奥へと進む。進むほどにその匂いは強くなり、やがて一つの部屋の扉に辿り着いた。祈るようにドアノブに手をかけると、鍵は付いておらずすんなりとドアノブが回る。
「……開けるぞ」
隣のトキヒが無言で頷くのを確認し、慎重に扉を回す。扉が開き始めると同時に、その匂いはますます強くなっていく。
(……間違いない。この部屋が発生源だ)
扉を開けて中へと入る。広い部屋の中央には大きな手術台のようなテーブルがあった。そして、その下には金属製のバケツがいくつか置かれている。……中に何が入っているかは予想が付いていたが、トキヒと『それ』に近付き中を覗き込む。
「うぇっ……」
トキヒが思わず声を漏らす。……そう、この匂いは血の匂いだ。
何個も置かれているバケツの中には、かつて『人』だったものがバラバラに詰め込まれていた。
「う……うえっ……」
口元を手で抑え、思わずえずくトキヒ。血の匂いから想像はしていたものの、この光景にさすがに動揺したのだろう。
「吐くなよ。……気持ちは分かるが後始末が面倒だ」
そう自分が言うとトキヒが慌てて口元を抑えたまま視線を逸らして宙を見上げる。どうにか堪えたようだ。その様子を確認してから改めて再びバケツの中を見る。
(……ただ単純に殺してバラバラにした、って感じじゃねぇな。綺麗に部位ごとに分けられている。……それにこの表情。おそらくこいつは生きたまま……)
周りを見渡すと、その際に使用したと思われる器具の横に手袋を見つけた。流石に素手で触るのは自分も抵抗があったため、それを拝借してバケツの中を調べる。
「お、お前よくそんな物触れるな……」
吐き気がおさまったのか、口元をハンカチで抑えつつトキヒが少し距離を置きながら声をかけてくる。周囲やテーブルの確認作業の手を止めずに言葉を返す。
「……長く生きているとな、こんなのを目の当たりにする事も結構あるんだよ」
思わず本来の自分の言葉で本音を漏らしてしまい、しまったと思った。同時にある事に気付いたところでトキヒがやはり自分の言葉に疑問を持ったのか声を上げる。
「長く?どう見たってお前俺より年下だろう?それは……」
トキヒの言葉を遮るようにバケツを持ってトキヒに振り返って言う。
「そんな事より今はこいつについてだ。……トキヒ、こいつの顔に見覚えはあるか?」
バケツの中の苦悶の表情を浮かべた首を指差しトキヒに聞く。先程のトキヒの反応を見て酷ではあると思ったが、一応確かめておかねばならない。心底嫌そうな顔をしながらも、おそるおそるトキヒがこちらに近付いてくる。
「おいおい、勘弁してくれよ……。死体の一つや二つ見た事ない訳じゃねぇが、流石にこいつはキツいって……」
そう言いながらもバケツの中の首を覗き込むトキヒ。少しそのままそれを眺めると、もういい、と言わんばかりに後ろに振り返ってから口を開く。
「……間違いねぇ。この前行方不明になった奴らの一人だよ。調理師の下っ端だ。俺と同じ色味の金髪だから、配膳の時に食事を受け取りに行った時に目についたのを覚えてる」
「……そうか。見たくないだろうに悪かったな。だが、これで確定だ。行方不明になった連中はここで殺されているって事がな」
トキヒの視界に極力入らないようにバケツをテーブルの奥へやり、手袋を元の場所に戻しながら言う。
「……間違いねぇだろうな。……だが、誰が何のために?」
トキヒの疑問へ自分に確かめる形で答える。
「まだ『誰』が『何のために』ってのは分からねぇ。だが、これだけの設備でこんな事をやっているんだ。館の連中、しかもある程度の権限を与えられている奴が関わっているのは間違いないだろう。それに、何を目的にこんな事をしているかは予想がついたよ」
自分の言葉にトキヒがますます怪訝な表情になり、口元を抑えるのも忘れてこちらを見ながら聞いてくる。
「どういうことだ?アレを見て何か分かったっていうのか?お前、本当何者だ?」
トキヒの質問には答えず、テーブルとバケツの方を指差して答える。
「見てみろ。テーブルの上には拘束具らしき物もある。ここで作業をしているのは間違いないが、それなら調理場の様に下を水で流さなきゃいけねぇ。床が血まみれになるからな。だがこの部屋にはそんな設備はねぇ。つまり、血が極力流れないように加工してあるって事さ。ほら、このテーブルを見てみろよ」
そう言ってトキヒの方を見てからテーブルを指差す。自分の言葉にテーブルを調べながらトキヒがぼそりと言う。
「これは……テーブルの端に縁みたいなもんが付いているな。ん?この場所だけ縁が付いてねぇな……」
そう言ったトキヒに補足する形で言葉を続ける。
「そうだ。あとテーブルの下を見てみろ。微妙に角度が付けられるようになっているだろ?つまり、血を床に流さないように工夫した作りになっているのさ。……いや、無駄にしないようにしていると言った方が良いか。これがただ床を汚さないためだけの工夫なら、そのバケツに血もたっぷり入っているはずだ。だが、そのバケツの中身はどうなっている?」
そう自分が言うと、トキヒがバケツの中を見る。自分の言葉に吐き気は完全に収まっているようだ。その中を見て言葉を漏らす。
「……血が少ねぇ。いや、ほとんど無いといってもいい。まるで血だけを取り除いたぐらいに見える」
トキヒの言葉に頷き、更に続ける。
「そうだ。連中の目的は分からないが、始末した連中の血は極力無駄にしないようにこんな工夫をしているんだろう。それと、もう一つ連中が欲している物がある」
自分がそう言うと、もう一つ?と口には出さなくともトキヒの視線がそれを物語っている。それを見てそのまま言葉を続ける。
「さっきの奴の死体の中で、血以外に無くなっている物があった。勿体ぶるつもりはねぇから簡潔に言うぜ。……死体の部位から、心臓だけが綺麗に抜き取られているんだよ」
「し……心臓!?」
静まり返った部屋の中、トキヒの絶叫が響いた。




