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86話 ハイン、ある物を見つける

「……また行方不明だと?しかも、一気に四人って……」


 自分の言葉にトキヒがタバコに火をつけ、煙を吐き出しながら言う。


「あぁ。庭師が一人、掃除士が二人、調理師から一人だ。皆はまたバックレとか言っているが、大した騒ぎになっちゃいない。何せこの人数だからな。せいぜいいなくなった連中の穴埋めをする事になった奴らが愚痴っているくらいのもんさ」


 トキヒがもう一口タバコを吸ってから更に続ける。


「気付いてたか?俺達使用人クラスの連中はともかく、いなくなった連中の業種は随時補充されているのをさ。ま、最初にあれだけ多くの人数を一度に雇用してりゃ減ろうが増えようが、ただ働くだけの連中には大した事態じゃないって事さ」


 確かに、ここ最近で初めて見る様な顔の連中を何人か館で見かけた。面接時に自分が見なかっただけでなく、トキヒの言う通り新たに補充されたのだろう。文字通り『換えの効く』存在を。


「ということは、俺たちが館に入ってからこれで二回目って事か。……こりゃ、うかうかしていられねぇな」


 たったこれだけの期間でこれだけの行方不明者が出たのだ。悠長に構えている余裕は無いと考えた方がいい。


「……作戦会議だトキヒ。月末に向けて今のうちにやれる事は全てやっておくぞ」


 そう言ってトキヒに声をかけ、月末に向けて自分たちが動けるように二人で夜更けまで打ち合わせを始めた。



「それでは皆様、留守の間を頼みますよ。明日の夕刻までには戻りますからね」


 そう言ってイミア夫人が自分やトキヒを始めとした使用人たちに声をかける。


「はい。夫人もお嬢様たちもお気をつけて。それでは私どもはその間に館の業務を進めておきますので」


 そう言って使用人一同で館の出口に並び、一礼して夫人と姉妹、執事長のラジブ、護衛の連中を門の外まで見送る。夫人達を乗せた馬車が見えなくなるのを見届け、使用人一同で館に戻る際に小声でささやいてくる。


「……予定通りだな。そんじゃ、予定通りの時間に待ち合わせといこうぜ」


 トキヒの言葉に無言に頷き、まずは婦人たちに不在時に頼まれていた用事に各自取り掛かる。


「……よし、これで大半は片付いたな。トキヒも似た様なもんだろう」


 婦人たちが館に戻った際の希望の軽食用の食材の調達、湯浴みの際に入れる香油の準備、姉妹と婦人の共有スペースの清掃。頼まれていた家具や調度品の発注。どれも事前にトキヒと相談して内密に進めていたのでほぼほぼ確認作業に若干の時間をかける程度で済んだ。


「さてと、次はシーホ様の部屋の清掃か。こいつが片付けばほぼほぼメインの作業は完了だな」


 そう一人つぶやき、シーホの部屋へと入る。


「失礼しますよ……っと」


 誰もいないのは分かってはいても、やはり年頃の女性の部屋に入るのは思わず身構えてしまい、思わずいつもの様に声を出してしまう。


「さてと、シーホ様に言われた部屋の場所の掃除はこことここ、あとは不要品の廃棄だったな」


 女性の部屋という事もあり、余計な場所を不必要に触らないに気を使いながらも作業を進める。幸い、自分が掃除を担当するという事を分かっているシーホにより、事前に不要品が一ヶ所にまとめてくれていたのもあって作業は予想以上に順調に進んだ。


(……シーホ様の気遣いに感謝だな。これなら予定していた時間よりも更に早く作業を終える事が出来そうだ)


 そう思って不要品をいくつか抱えて台車に積み込もうとしたその時、腕に抱えていた不要品の一つを取り落としてしまった。運悪く丸みのある調度品だったため、シーホの机の奥へと転がってしまった。ひとまず抱えた他の不要品を台車に積んでから転がった物を取りに机の方に向かう。


「やれやれ。随分と奥まで転がっちまったな。……ん?これは……」


 転がった不用品を取ろうとシーホの机の下に手を伸ばすと、小さな本の様な物が手に触れた。


「何だこれ?何でわざわざ他の本と違って、隠すように置いてあるんだ?」


 そう思って悪いとは思いながらも興味本位で少しページをぱらぱらと捲る。


『○の月○日。新しい使用人の方たちが来た。私の担当はカノアさんに決まったらしい。あの方が淹れてくれた紅茶がとても美味しかったから、あの人になって良かった』


 そう女の子らしい可愛い文字で書かれていた。どうやらこれはシーホの日記のようだ。仮とはいえ勤め先の主人のプライベートを垣間見てしまったと思い、慌てて元の位置に戻そうとした時に、思わず日記を落としてしまった。


「おっと。つい落としちまった。すぐに戻さなきゃ……ん?」


 落とした際に偶然開かれたページが目に止まり、思わず視線を落とすとそこには先程のような可愛らしい字ではなく、無理矢理ペンを握って書いたような文字でたった一言が記されていた。


『くるしい』


 他の日とは明らかに違う異質な書き方だったため、思わず日記をぱらぱらと捲る。ほとんどが普通の日記だが、不定期に先程のような殴り書きの一言が記されていた。


『どうして』


『つらい』


『おかしい』


 ……殴り書きの前後の日に絞って日記を見るが、特にそれについて触れる記述はされていなかった。気にはなるが、この後の探索に支障をきたす訳にはいかないので自分の頭の中にだけ留めておく事にして日記を慎重に元の場所へ戻し、不用品を回収する。不用品を処理場まで運んで戻ってくると、同じく業務を終えたであろうトキヒが待っていた。


「お、予定通りだな。それじゃあ行こうぜハイン。いつもより余裕があるとはいえ、時間には限りがあるからな」


「……あぁ。それじゃ、さっそく行こうぜ」


 シーホの日記の事を頭から振り払い、トキヒと二人で例の部屋へと向かった。


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