83話 ハイン、リーゼ改めトキヒと会話する
「……賞金稼ぎ?」
唐突な告白にリーゼ、いやトキヒの顔を見つめながら言う。
賞金稼ぎ。賞金のかかった魔物や魔獣、盗賊や犯罪者といった賞金首を狙って生計を立てている連中だ。施設にいた頃は全く馴染みのない職業であったが、施設を旅立ってからはこの手の連中とは嫌という程対峙した。
というのも懸賞金が付いた連中の捕獲や始末を依頼される際、間違いなく横槍を入れてくるかこちらの妨害に回る奴らが多く、正直この手の連中に対して良い感情はとてもじゃないが抱けなかった。トキヒの告白に思わず警戒の色を隠さずに言う。
「……で?それを俺に話した理由はなんだ?ご丁寧に本名まで明かして何が狙いなんだ?」
無論、この名前が本当に本名かはこちらが知る由も無い。ましてや言われたままの言葉をはいそうですかと信じる気など微塵も無い。こちらの空気を察したのか、慌てて手を振りながらトキヒが言う。
「おいおい。そんなに警戒しないでくれよ。全部正直に話せって言ったのはお前だろ?だから話した。証明する手段はねぇが、誓って名前も本業も本当だ。でないとお前は俺の話をまともに聞いちゃくれねぇだろ?……それに、信じられねぇがお前の方が俺より場数を踏んでいそうだしな。勝ち目のない相手には逆らわねぇ。それが俺がここまで生き残ってきた秘訣だからな」
そう言ってタバコを一口吸うトキヒ。話した言葉に嘘があるか無いかは確かめるすべは無いが、少なくとも今この時点で自分に何か仕掛けてくる様子はないようだ。
「……玉の輿目当てっていうのは嘘じゃないって言っていたよな。それはどういう事だ?見たところ、お前さんも賞金稼ぎとしては中々の手練れだろ?」
そうトキヒに言うと、苦笑した様子で言う。
「おいおい、さっき俺をあそこまでやり込めておいて皮肉かい?ま、正直な話今の仕事に疲れちまったんだよ。生きるか死ぬかの瀬戸際のやり取りの日々にな」
確かに、賞金稼ぎを生業にしていた連中と対峙した身としてはその言い分も理解出来る。賞金が自身の生活に直結しているため、どの連中も皆必死だった。なりふり構わずこちらに襲い掛かる者、仕留めた手柄を掠め取ろうとする子悪党のような者と狙いは様々ではあったが。
「つまり、ヤクザな商売を止めて全うな世界に戻ろうとしたって事か?」
玉の輿が全うとは決して言えないが、賞金狙いの生活よりはまだまともだろう。少なくとも命を懸けた生活よりは。
「ま、そういう事になるな。今更普通の勤め人になるのもアレだし、かといって毎回同業者同士で命の危険に晒される生活を続けていくっていうのも厳しいもんがあるからな」
確かに、大なり小なり決して少なくない懸賞金を普段から日銭として手にしていたら真っ当な仕事をして暮らしていくのには抵抗があるだろう。ましてや一度大金を手にした者なら余計だ。
「随分と殊勝な考えだな。何か、そう思うきっかけでもあったのか?」
そうトキヒに尋ねると、大きくため息を吐いてからこちらに向かって服をたくし上げる。そこには脇腹から背中にかけて、痛々しい引き攣れの傷跡があった。
「……こいつは相当だな。よく無事に生き延びられたな」
当時の自分でもここまで深い傷を負った事はそうそうなかった。回復呪文の使い手が周りにいなければ自分でも危ういレベルの傷跡だ。
「……他の奴が仕留め損ねた魔獣の根城を突き止めてな。手負いの獣とはよく言ったもんさ。巣穴の奥に子供がいたみたいでそいつ、俺を咥えてそのまま谷底に飛び降りやがった。今こうして生きているのが本当奇跡ってもんだよ」
傷口に一度手を当ててから服を直してトキヒが言う。
「あぁ。俺もそう思うよ。よく助かったな。落ちた先に街が近かったとかかい?」
そう聞くとトキヒがふるふると首を振りながら答える。
「……いや、全くの運と偶然だよ。落ちた谷底の下が川になっていてな。幸い魔獣がクッションになる感じで川に落下してそのまま流されてさ。気付いたらどこかに打ち上げられていたみたいで、たまたまそれを見つけてくれた通りすがりの僧侶に回復呪文をかけてもらって九死に一生を得たって訳さ。あの時ばかりは神様って存在を信じたぜ」
トキヒの言う通り、まさに奇跡に近い確率だろう。肌に残る傷跡からしてこれだけの重傷で川に流され瀕死のトキヒを救える程の回復魔法を使える僧侶などそうそういないだろう。そう思っているとトキヒが言葉を続ける。
「でな、その時に言われたのさ。『私と出会った事で君は人生の運を半分使ってしまったね。残り半分の運、大切に使うんだよ』ってな。馬鹿みたいだがその言葉がやけに重く感じてな。それで引退を考えたのさ」
なるほど。生きるか死ぬかの事態にぶち当たって己を省みる事になったって訳か。そこまで聞いてから新しいタバコに火をつけ一口吸い、煙を吐き出した後につぶやく。
「……しかし、それで真っ当な人生を歩む、ってんじゃなく玉の輿って発想がなぁ……」
自分の呆れた口調が伝わったのか、少しバツの悪そうな表情でトキヒが言葉を返す。
「し、仕方ないだろ?これ以上賞金稼ぎの仕事を続ける気にはなれねぇし、かといって今更普通の勤め人になるには難しい。そこに今回みてぇな話がありゃ飛び付くのも無理はないだろ?」
聞いてみれば呆れた話だが、これでトキヒが今回の件とは無関係である事が分かっただけでも一つの収穫である。少なくともこいつは一連の事件から除外して動けるという訳だ。
「はぁ……分かったよ。ま、玉の輿でも何でも好きにやってくれ。だが俺の邪魔だけはすんなよ?そん時はさっき程度じゃ済まさねぇからな」
警告の意味も兼ねて少し声のトーンを抑えてトキヒに言う。だが、トキヒの返答は自分にとって意外なものであった。
「あー……それなんだがカノア。これは提案っていうか、お願いになるんだが……」
そう言って一旦言葉を止め、一口タバコを吸ってからこちらを真っ直ぐ見つめて真面目な顔で会話を続ける。
「……お前の目的が何かは分からねぇ。こちらが言える立場じゃない事は分かっている。だが言わせてくれ。……カノア、お前俺と組まねぇか?」
トキヒの突然の提案に、思わずタバコを吸う手が止まった。




