82話 ハイン、闖入者と対峙する
(……早いっ!それも、的確に急所を狙ってきやがった!)
何者かの不意打ちをすんでのところで回避し、暗闇の中で必死に距離を取る。幸い、階段を降りた先の空間は開けていたため体勢を立て直すことに成功する。
(こいつの今の一撃……確実にこちらを失神、もしくは無力化させるつもりでの一撃だったな。なら、こっちも遠慮する必要はねぇよな)
階段を手探りで降りてきたため、まだ視界は暗闇に慣れていない。それは向こうも同じだろう。気配を感じる方向に向かって構える。
(……思い出せ。冒険時代に一時的に視界を奪われた中で戦った事を。あの時も気配だけを頼りに相手を仕留めたんだ)
先程の一撃は不意を突かれたが、あくまで周りを散策しようとして動いていたのに加え、思わず自分が声を発してしまったからだ。面と向かって対峙した今、先程のようにはいかない。
(さっきは周囲を調べていたから先手を許したが、今度はそうはいかねぇぜ)
暗闇の中、相手の気配を探る。向こうが動くのが伝わる。
(……来るっ!)
そう思うと同時、相手が先に仕掛けてきた。
(早い!だが……甘いっ!)
単純な距離を詰めての一撃だったため、体を逸らしてその手を弾く。
「っ……!」
あまりにもあっさり攻撃を弾かれた事に動揺したのか相手が声を漏らす。間髪入れずに足払いを仕掛ける。狙い通り相手を転倒させる事に成功した。
「ぐっ!」
前のめりにしたたかに転倒したため、相手がうめき声をあげる。咄嗟に相手の腕を掴んで締め上げる。そのまま地面に押し付けながら声をかける。
「……どうして俺を狙った?答えろ。この先に何があるのか、何をしているのかもだ。悪いが、こっちが満足いく答えじゃなかったら解放する気は無いぜ」
言いながらも締め上げた腕に力を込める。
「ぐうっ……!」
「答えろ」
一言だけ言って更に少し力を込める。こういった状況の際は下手に言葉を語らない方が効果的である。呻き声を漏らすものの、まだ話す気が無いと見えてもう一言つぶやく。
「……これが最後の警告だ。拷問は苦手だが、出来ない訳じゃない。折ったところで死ぬこともないからな。もう一度だけ言うぞ?答えろ」
そう言って力を込めたところで、ようやく相手が言葉を発する。
「ま……待て!待ってくれカノア!俺だ!リーゼだよ!」
そう言ったところで相手の顔を確認する。暗闇に目が慣れてきたのと距離が近かったため、腕を押さえたまま確認すると、確かに声の主はリーゼであった。
「……悪いが、質問の答えじゃねぇな。解いて欲しけりゃ質問に答えてもらうぜ」
力を込めるのは止めつつも、引き続き締め上げた状態でそう言うと、リーゼが慌てて返答する。
「わ、分かった!話す!……お前の様子が気になって、後をつけたらこの部屋に入るのが見えたんだよ!で、何やら怪しいと思って盗みでも働く気かと思って、ひとまず気絶させて話を聞きだそうと思ったんだよ!」
鍵を閉めるのを失念していた自分の迂闊さを悔やむと共に、部屋に入ったあとは元より、あれだけ周囲を警戒していたにも関わらずつけられている事に自分が気付かなかった事に疑問が残る。
「……質問の続きだ、リーゼ。お前は、この館や使用人がいなくなる件については本当に何も知らないのか?……それと、お前ただの使用人じゃないだろ?答えろ」
少しだけ緩めた力を再び強めると、先程までとは違いすぐにリーゼが返事をする。
「痛てててっ!し、知らねぇ!本当に何も知らねぇよ!単純にお前の動向が気になっただけだ!他の質問は離してくれたら話す!絶対に話す!だから離してくれって!」
……どうやらこの様子を見るに、リーゼがこの部屋に関しては何も知らないと言う言葉には嘘が無いようだ。解放する前に念を押しておく事にする。
「……約束しろよ?お前の言葉に嘘があったらこんなんじゃ済まねぇぞ。……ひとまず、この後俺の部屋で色々聞かせて貰うからな?」
自分の言葉に首だけで何度も頷くリーゼの様子を確認し、そこでようやくリーゼを解放する。よろよろと立ち上がり恨みがましい口調で言う。
「痛てて……お前、本気で締め上げるんだもんな。少しは手加減してくれよ」
締め上げられていた腕をさすりながら言うリーゼを無視して先に進む。これだけの立ち回りをしても誰も現れないという事は他に誰かいる可能性は低いと思い、火をつけ部屋を照らす。
「うるせぇ。先に本気で仕掛けてきたのはお前だろ。……っと、また扉かよ」
広くなった部屋の先にはまた扉があった。慎重にドアノブを回してみるが、こちらの扉にはしっかりと鍵がかかっていた。
(……こいつはまた鍵を開ける必要があるな。形状的には前のパーツを流用して開けれそうだが、今すぐは無理だな。リーゼのせいで時間を取られたし、今日はここまでだな)
鍵穴の形状をしっかり確認して、リーゼに声をかける。
「おい。そろそろ戻るぞ。……言っておくが、誰かに今の事を触れ回ったり部屋に来なかったらさっきよりも痛い目を見て貰うからな」
半ば脅しの様な感じでリーゼに言うものの、意外と素直にリーゼが言葉を返す。
「分かってるよ。さっきので充分思い知ったさ。お前さんの言葉に嘘はないってのがな。……それに、俺も色々消化不良だしな」
この様子ならひとまずは大丈夫だろう。無論、油断は禁物だが。ともあれ、今は部屋の外に出る事が最優先と思いリーゼを促して部屋へと戻る。
「……これで良し。リーゼ、外には人の気配はねぇな?」
リーゼが頷くのを確認し、侵入した痕跡を隠したのをチェックしてから部屋を出る。即座に鍵をかけてその場を離れる。
「随分と鮮やかな手付きだな。実は本業が盗賊とかか?」
保管庫であらかじめ用意してあった茶葉を手にしている後ろでリーゼが言う。
「……色んな場所を転々としてりゃ、その中で身に付けた技術ってもんがあるんだよ」
ひとまず予定していた時間内に戻れた事に安堵し、吐き捨てるように呟いた。
「へぇ。その若さでか?見たところ俺より年下なのに、随分と修羅場を潜っているみたいだな」
……やはりこいつは馬鹿ではない。逐一こちらの言葉尻を捉えてくる。油断は出来ない相手だという事を再認識しつつ再度無言で睨みを効かせておく。
「分かってるよ。ちゃんと夜にお前の部屋に行って話すって。……だからそんなに睨むなよ」
自分の気配を察したのか、素直にそう言うリーゼ。その後は無事に茶葉を用意し、本日の業務を終わらせた。私服に着替えて一服していると、ドアをノックする音が聞こえる。
「……来たな。開いてるぜ。入ってくれ」
そう返事をすると同時、リーゼが部屋に入ってくる。こちらがタバコを吸っているのを見ると自分もタバコに火を点けて一口煙を吐き出してから言う。
「待たせたな。……しかし、どんだけ強く締め上げたんだお前?未だに腕が痛ぇんだが」
腕をさすりながらリーゼが言う。無視して淡々と言葉を返す。
「悪いが、雑談に付き合う気はねぇ。まずさっきの続きだ。……お前、何者だ?玉の輿とか言っていたが本当か?全部正直に話してくれ」
そう言うとリーゼが少し間を置き、ため息を付いてから話し始める。
「はぁ……ま、お前の言う通り全部話さなきゃ信用されねぇし俺の身も危ねぇしな。分かったよ。まず、玉の輿目的ってのは本当だ。嘘じゃねぇ」
そこまで言ってからリーゼはもう一口タバコを吸って、勢い良く煙を吐き出してから言葉を続ける。
「……俺の本当の名はトキヒ=ロクメーユ。本業は賞金稼ぎだ」
そう言ってリーゼ改めトキヒは、真っ直ぐこちらの目を見て言った。




