8話 ハイン、イスタハとクエスト登録する
クエストの『登録』と『受注』。各クラスの上級に到達すると同時に、隊士に与えられる権限である。
権限、と言えば聞こえは良いが、要は国を守る兵士たちの手に余る魔物や魔獣の討伐や後始末である。
定期的に発生する魔物や魔獣の湧き潰しや、村や街の近くに出現した魔物の討伐や捕獲、新たに発見されたダンジョンの探索や攻略等々……。
それらの始末や調査を主に行うのが上級クラス以上の隊士の面々、と言う訳である。
勿論、教官や一部の特級クラスが内容や周囲を調査した上での物ではあるが、常時近くにいる訳では勿論ないため、受注したクエストによっては命の危険に晒される事もある。
事実、身の丈に合わないクエストを受注したために再起の叶わぬ身体になる者、最悪命を落とす者も当たり前のように現れる。
だが、それだけ危険な分、見返りやメリットも当然発生する。
凶悪な魔物や魔獣を仕留めればそれに見合った報奨金が発生するし、討伐や捕獲の際、その素材が一部提供される事になる。剣士であれば自身の武器に加工出来る素材や、魔術師であれば自身の魔術を強化出来る装飾品に加工出来る素材などが活躍に応じて支払われる。
それが国にとって希少なものであればあるほど、受け取る対価も大きくなる、という形になる。この功績が大きければ大きいほど討伐隊への保障も手厚くなる。
そのため、ここでの功績が高い一部の隊士が特級クラスへ選ばれ、卒業までの間の厚遇と施設内での地位が保証されることとなる。
上級に進んだ者全てが結果を出せる訳ではないため、ある意味ではこのクエストで使える者とそうでない者がここで選別される形となる。ある者は初めて対峙する魔物に怯え、自ら除隊の道を選び、ある者は命の危険に晒される事の無い、リスクの少ないクエストのみを卒業まで受注し続ける事を選ぶ者もいる。
そのため、色んな意味で各クラスの実力差が如実に表れるのがこの上級であった。
「ヤム。お前はとっくに上級だし、クエスト未経験って事はねぇだろ。何度かクエストを受注していると思うんだが、今までどんなクエストを受注した?」
そうヤムに聞くと、ヤムは少し俯きがちに答える。
「そうですね……恥ずかしながら私はソロでの受注しか受けた事がありません。それも、ゴブリンの群れの討伐や、剣の素材になりそうな魔獣の鎮圧くらいです」
なるほど。確かにヤムの性格上、見ず知らずの連中と手を組んでパーティーでのクエストは難しいだろう。
クエストには様々な内容のものがあるが、受注の種類は二種類に分けられている。それが一人で受ける『ソロ』と、二人以上で受ける『パーティー』である。
受けた内容のクエストにもよるが、達成した際の報酬が施設を介した上ではあるが、全て一人で受け取れるソロに対し、均等に分配されるのがパーティーだ。
複数人で行うため危険度は下がり、なおかつ生存度が上がるため、難関なクエストはほとんどパーティーでの受注が推奨されるのは勿論、パーティー限定での受注が条件になっているクエストも多数存在する。
だが、そのため当然トラブルも多発する。報酬の分配で目当ての素材を要求する者、貢献度の度合いで素材や金額の大小に意義を唱える者など。
大体は施設や教官が間に入り、聞き取りの上話し合いで解決するのだが、それでも納得のいかない連中の間で年に何度かは大きな揉め事が起こる。
当時の自分は幸い、身の丈を弁えていたのと素材や報酬にさほどこだわりがなかったため、過去に一度もそのようなトラブルに出くわす事は無かったが、大きな揉め事に発展した際は当事者に何らかのペナルティが課せられたとも噂で聞いていた。
「あー。確かになぁ。集会所で誘われたりとか、自分から声をかけて意気投合した面子とクエスト受注とか、一番苦手そうだもんなお前」
「うっ。その通りです……面目ないです師匠……」
小さくなるヤム。流石に可哀想なのですぐさまフォローを入れる。
「あぁ、そんなに気にする事ねぇよ。そういう奴等も結構いるからな。むしろ、ソロ専門でクエストを受け続けて結果を出して特級に進んだ奴だっているからな」
「……僕も多分、一人で上級になっていたらヤムみたいに、自分一人で受けられるクエストばかり受けていたんだろうな……でもハイン、そんな凄い人もいるの?」
改めて一人でない事に安堵しているらしいイスタハの言葉に答える。
「あぁ。『足手まといになる連中と手を組む必要などない』ってパーティーの誘いを一切断って、ソロでひたすらクエストを達成し続けてな。それも、パーティーでも達成困難なクエストや、失敗者続出のクエストとかを、な。最終的には特例で、本来ならパーティー限定の受注条件のクエストも、そいつにはソロでの受注が許可されたぐらいさ」
「凄い人もいるんだね……でも、何でそこまで詳しく知ってるのハイン?」
……イスタハの言葉に、しまった、と内心慌てる。
迂闊にもついつい過去の話を、普通にぺらぺらと話してしまった事に気付いた。
「い、いやさ。そんな話を風の噂に聞いたってだけさ。どこまで本当かは分からないけどな」
何とか話題をそらし、別の会話に話を持っていく。
「そうなんだ。でも本当、そんな人がいるなら凄いよね」
「えぇ。私もそのような武人がいるならば、是非手合わせ願いたいものです」
何とか二人をごまかせた様で胸を撫で下ろす。
「ま、変に背伸びしねぇで、俺たちは俺たちのペースで行こうぜ。さ、まずは登録だ。行こうぜイスタハ。ヤム、お前は壁に張り出されたクエストでも見ててくれ。もし面白そうなクエストや、お前の欲しそうな素材が取れそうなクエストがあったら探しといてくれや」
「はい。では私はお二人の登録が終わるまで、あちらのクエスト受注募集のところを一通り見ておりますね」
ヤムのその言葉に頷き、イスタハとクエスト受注を行うカウンターに向かった。いよいよだ。ここからが自分たちの新たなスタートラインである。
自分にとっては二度目ではあるが、二十五年前と同じように心の中でどこかワクワクしている自分がいた。