75話 ハイン、リーゼと会話を試みる
「……どういう事だ?他に理由があるって言うって事は、お前は使用人として働くとは別の目的でここに来たって事か?」
あまりにも咄嗟の事だったため冷静を装いきれない中、警戒したまま言葉を返す。が、当のリーゼは至って飄々としたままこちらに話しかけてくる。
「おいおい。質問に質問で返してくるなよ。……ま、その様子だと俺の予想は当たらずとも遠からず……って感じってところかい?」
リーゼの言葉に、ここから先の会話は慎重に言葉を選ぶ必要があると思い、冷静になり少し間を置いてから口を開く。
「……悪いが、お前の質問の意図が読めねぇ。更に質問をする形になって悪いがまず、何が目的だ、お前?そして、それをあえて俺に聞く理由は何だ?」
リーゼは勿論、隊士ではない。仮に館の内部に施設の協力者がいたとするならば、ムシック教官がそれを素直に伝えない事はあったとしても、何一つ自分に伝える事のないまま自分をここへ寄越すと言うのは考えにくい。……あの人のことなのであり得ないと言い切れないのが悲しい現実ではあるが。
場合によっては最悪の事態になるかもしれないと思いつつも、言葉を発した後にリーゼを真っ直ぐ見据える。だが、こちらの表情と様子を見てやや困惑した感じでリーゼが改めてこちらに問いかけるような感じで再び声をかけてくる。
「ん?……もしかしてお前さん、本当にただの使用人目当てで来たのか?マジか?」
リーゼのその表情からして、嘘は付いていない。そして、こちらの返答や反応が向こうの望む答えでなかったという事だけは態度で伝わった。
「……おいおいマジか?てっきりお前も噂を耳にした側かと思ったから、悪い奴じゃなさそうだから先に釘を刺そうって感じで言ったんだが……俺の勘も鈍くなったのかねぇ……」
あちゃー、と言った感じでリーゼが頭に手をやりながら言う。少なくとも自分の目的とは別の理由でこの館に来た事は間違いないようだ。
「……聞いても良いか?お前がこの館に使用人として潜り込んだ本当の理由って奴を」
さっきからこちらの質問ばかりになっているな、と思いつつもリーゼに言う。こちらの問いかけに少しばかり考えた素振りを見せるものの、こちらの様子をもう一度確かめるように見てから口を開く。
「あー……まぁ良いか。お前のその反応からして、少なくとも俺の目的とは違うことは間違いねえからな。いいぜ、話してやるよ」
そう言ってリーゼは新たなタバコに火をつけて一口吸ってから話し始める。
「ま、お前なら言っても大丈夫だな。だが他言無用で頼むぜ?俺が狙っているのはこの館の女主人の双子の娘。ま、いわゆる逆玉の輿狙いだよ」
リーゼのその言葉に、事前に教官達から聞いていた情報を思い出す。確かに、この館の女主人には双子の娘がいるという記載があった。
「……確かに、この館には双子の姉妹がいるとは聞いているな」
リーゼの目的が真実だとするならば、自分の目的に支障は無い事を確認したため、若干安堵しつつ自分もタバコに火をつけながら言う。
「おいおい何だよ。……そこまで知っているくせにその対応って事は、本当にお前はそれが狙いでここに来た訳じゃねぇんだな」
やれやれと言った様子でリーゼが椅子に身体を預けながら言う。
「……目的が違うと分かったなら聞いても良いか?どうして今回の大量雇用が玉の輿に繋がる?……そもそも、普通なら使用人を娘と結婚させるなんて話がまずあり得ないと思うんだが」
そう自分が言うと、リーゼはにやりと笑う。
「まぁ、普通はそうだよな。だが、これには理由があるのさ。俺達の雇用主……ニステポ家は何年か前に館の主人であるオーマ卿が亡くなって、今は妻のイミア夫人がこの館を管理している。二人ともかなり高齢の状態で双子の姉妹を産んだものだから、この姉妹は産まれながらに姉妹とも病弱らしい。ま、これだけの館だから生活に困る事は無いのは不幸中の幸い、ってところだけどな」
そこまで話したところで新しいタバコに火をつけ、一口煙を吐き出してからリーゼが言葉を続ける。
「で、ここからが本題だ。姉妹は病弱なうえ、高齢の夫人にいつ何があってもおかしくねぇ。だから夫人がまだ元気なうちに、館を任せられるうえに姉妹の婚約者となる館の関係者を探す意味合いを兼ねたのが今回の大量雇用って訳だよ。おそらく、俺だけじゃなくて使用人組は勿論、下働き組や庭師を始めとした外仕事に回された連中の中にも同じ事を考えて館に潜り込んだ奴が何人かいると思うぜ」
会ったばかりの自分に情報の全てを晒す訳は無いとは思うものの、リーゼの話した内容に嘘はないと思う。
……だが、それが事実であると仮定するならば、支障は無いと思っていた先程までとは違い、自分の目的はかなり厄介な事になると思った。
リーゼの話が事実なら、リーゼも含めて今この館には素性の知れねぇ奴が大量に存在している事になる。……それこそ、『ある日突然いなくなっても分からない、あるいは気付かれない』素性の人間が。
……厄介な事になりそうだな、と未だ横で饒舌に話し続けるリーゼの会話を聞き流しながら胸中でつぶやいた。




