74話 ハイン、相部屋の主と出会う
「それでは、しばらくの間は休憩や就寝時はこちらの部屋をご使用ください。試用期間と研修が終わりましたら、改めて個室をご用意する手はずとなっておりますので」
そう館の者に言われ、案内されたのは二人用の相部屋であった。
(……相部屋か。まぁ、採用されたばかりの身分でいきなり個室待遇ってのは難しいか。変な奴と一緒じゃなきゃ良いんだがな)
見ず知らずの相手と生活空間を共にするのは苦手なため、せめて常識人に当たる事を祈る。
「……そもそも、冒険時代だって相部屋や大広間の宿は極力避けてきたからな。木賃宿で空きがそこしか無くて野宿を避けるためにやむなし、みたいな時ぐらいだったな」
長いこと冒険者として旅を続けていれば、治安が良い街もあれば当然悪い街に立ち寄ることもある。宿で事件や盗みが起こる事も珍しくはなかった。面倒ごとを極力避けるために、普段は多少割高になっても選べる時はしっかりした宿に泊まる事の方が多かった事を思い出す。
(……一回泊まった先の宿なんざ、宿の主人がスペアの鍵で部屋に盗みに入ってきたしな。ま、きっちり半殺しにしたし、その後役人に突き出したが)
何にせよ、テーブルやらの共同スペースはともかく、ベッドやらは好みの方向とかもあるので不在時に自分が勝手に選ぶのは気が引けたため、ひとまず二つある椅子の一つに座り、同室となる人物の登場を待つ。部屋には灰皿も用意されていたので一服して待とうとも思ったが、相手がタバコを吸わない事を考慮するとそれも躊躇われたため、しばし控えて待つことにした。
(……しかし遅いな。俺と相部屋ならおそらく、使用人で採用された側のはずだ。それなら、最後に使用人枠で採用された俺より早くこの部屋に案内されていてもおかしくないはずなんだがな)
そう思いながらも待ち続けること十分ほどの時間が経過しただろうか。流石に待ちきれず、窓を全開にしてタバコを吸おうかと思った矢先にノックもなく部屋のドアが開かれた。
「お、アンタが相部屋の人かい?ま、しばらくの間よろしくな」
その声に顔を上げ、思わず絶句する。
そこには、綺麗な短めの金髪を針のようにツンツンに逆立てた青年が立っていたからだ。
(……こいつはまた、えらく個性的な奴だな。髪型もだが、服装もえらく派手な格好だ)
面接が終わり私服に着替えたらしく、自分でわざとダメージを付けたと思われる細身のパンツや服を身に纏っていた。
「……はじめまして。同室の方でよろしいですね?カノア=ルーブと申します」
ひとまず冷静を装い、努めて普通に挨拶をする。
「あー。いいからそういうの。普通に話そうぜ?見たところ、歳もそんなに離れていねぇみたいだしさ。仕事外までそんな堅苦しい感じだと疲れちまうし。俺はリーゼ。リーゼ=ヤーミフだ。よろしくな、カノア」
そう言ってこちらに手を差し出してくるリーゼ。反射的にその手を握り返しながら、悪い奴ではないと判断し、向こうの言葉に甘えてこちらも普段の応対に切り替える事にした。
「……あぁ。じゃ、お言葉に甘えてそうさせて貰うわ。こちらこそよろしくな」
そう自分が言うと、リーゼがにこりと笑う。髪型や服装で分かりづらかったが、笑った顔はどこかあどけなさが残る笑顔だった。
「……しかし、本当に派手だなお前さん。普段からそんな格好してるのか?」
リーゼに習うように自分も整髪料で整えた髪をわしわしと崩しながら言う。流石にリーゼのように髪を立てるまではしないが、普段の髪型に戻りようやく落ち着いた。
「おう。男なら見た目にはこだわりたいだろ?仕事の時はともかく、プライベートの時ぐらいは好きな格好したいじゃねぇか。だからすぐに洗面所で髪を直して着替えてきたのさ」
……プライベートと言うが、今日はもう食事と入浴時間を考慮すると就寝時間までは大した時間は無いのではないかと思うが、あえて口にするのは止めておいた。本人の言う通り、リーゼにはリーゼのこだわりがあるのだろう。
「いやあ、しかし良かったぜ。相部屋がお前みたいな奴でさ。これで変にお堅い奴や、おっさんみたいな奴ならどうしようかと思ってたからよ」
……実際はそのおっさんの年齢なんだがな、とリーゼの言葉に内心で思いながら言葉を返す。
「……確かにな。ただでさえ相部屋ってだけで気を使うのに、それ以上に気を使う事が無さそうで俺も安心したよ」
自分の言葉にうんうんと頷きながら、懐からタバコを取り出すリーゼ。そのままタバコを口に咥えたところではっ、と気付いたようにこちらに向き直った。
「……っと、悪いがカノア、お前ってタバコは吸うか?俺はこの通り喫煙者なんだが……」
リーゼのその言葉に、無言でこちらも懐からタバコを取り出す。それを見てリーゼがにやりと笑ったからタバコに火を付け、一口吸ってから嬉しそうに口を開く。
「いやぁ!本当俺は運が良い!相部屋の相手が嫌煙家ならどうしたもんかと思ったぜ。毎回お伺いを立てるか、使用人スペースの喫煙所まで毎回足を運ぶ羽目になるかと不安だったんだよ」
リーゼが話している間に自分もタバコに火を付け、数時間ぶりに吸えたタバコの味を噛みしめながら言葉を返す。
「あぁ。全く同感さ。灰皿がそこにあるのに自由に吸えないなんて、拷問と同じ様なもんだからな」
用意される予定の夕食までにはまだ間があるため、しばし二人でタバコを吸いながら他愛のない話をする。どうやらこのリーゼという男、見た目はかなり奇抜なものの、悪い奴ではなさそうである。
(……どれくらいの期間、この相部屋生活が続くのかは分からねぇが、この感じだと少なくとも気疲れする事は無さそうだな)
そう安堵していると、それまで笑っていたはずのリーゼがいきなり真面目な表情になり、真っ直ぐ自分を見つめて声のトーンを落として話しかけてきた。
「……なぁカノア。お前、ここに来たのは単純に使用人で働くために来た訳じゃねぇだろ?……何か、他に理由がある。……違うか?」
突然そう言われ、咄嗟に反応する事が出来ずに思わずその場で固まった。




