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71話 ハイン、再度呼び出しを受ける

「……ふっ!……はっ!」


 剣を必死に振るう。素振りの回数が三桁を超えたところで数えるのを止め、体力の続く限り剣を振るい続ける。


(まだだ……!まだ足りない!あと……もう少し!)


 そう思いながらも無心で剣を振り続ける。が、やがて体力の限界を迎えてその場に倒れこむ。


「はぁ……はぁっ……!」


 地面に寝転がったまま、全身で荒々しく呼吸をする。起き上がる体力も残っていないため、しばしそのまま地面に横たわる。


「……ハイン、大丈夫?最近、やけにオーバーワークでトレーニングしているみたいだけど……」


 自分の横に座り、水の入ったボトルをこちらに置きながらイスタハが言う。


「じ、自分もそう思います。常に高みを目指す師匠の姿は凛々しく素晴らしいと思いますが、ここ最近は異様な程かと……」


「わ、私も心配……ハインさまの様子、殺気すら感じます……」


 タオルや疲労に効く塗り薬を手にしたヤムとプランも口々に言う。


(……心配してくれる皆の気持ちはありがてぇ。でも、今の自分には少しでも強く、そして高みに登る必要がある)


 先日、ハキンスから告げられた衝撃の発言。施設からの卒業、すなわち冒険者としての旅立ち。いつかは訪れる事ではあったが、それが半年後に決まったのだ。


 二十五年前とは違い、ハキンスの背中どころか尻尾にも届かなかったあの時とは違う。ましてや、魔剣に囚われる未来を可能な限りで避けられただけでも上出来なのだが、ここまで来て自分の中で目標とも欲ともとれる感情が湧いてきた。


 ハキンスに追い付きたい。……いや、願わくば追い越したい。生まれ変わってもいまだ自分が超えるべき存在だと思う男に。


『先輩が旅立つ前、もう一度お相手よろしくお願いします。今度は最初から、全力で』


 混合試合の後、自分がハキンスに言った言葉を思い出す。ハキンスが施設を旅立つまで、あと半年。それまでに、もっと自分を高める必要があった。


「……あぁ。だけどまだまだだ。まだ、俺は今よりもっと強くならなきゃいけねぇ。肉体的にも、精神的にも」


 上半身だけ体を起こして水を飲み、そうつぶやく自分にイスタハ達は不安そうな視線を向けた。



「ハイン=ディアン。君に話がある。今日の講義と演習が終わったら教官室へ来るように」


 翌日、無茶をした代償とばかりに全身の筋肉痛に苦しむ自分の元へザラ教官が声をかけてきた。


「……分かりました。終わり次第お伺いします」


 自分がそう答えると、小さく頷きザラ教官は足早に立ち去る。その背中を見つめながら胸中で考える。


(……いったい何だ?こんな短期間でまさかまた推薦クエストがあるはずもねぇし、何があるっていうんだ?)


 疑問に思いながらも筋肉痛の痛みに耐え、その日の講義と演習をこなして教官室へと向かった。


「失礼します。勇者クラス上級、ハイン=ディアンです」


 教官室のドアをノックし、名乗ったところで向こうからドアが開かれる。


「あぁ。待っていましたよハイン君。さ、中に入ってください」


 自分を出迎えたのはミス教官で、テーブルの一つに案内される。そこにはミス教官と、見知った顔の教官が椅子に座っていた。黒髪のロングヘアーに眼鏡をかけた、利発そうな雰囲気の美人である。


「やぁ。急に呼び出してすまなかったね、ハイン君。授業を終えたばかりで申し訳ないが、君と少し話をしたくてね」


 そう話した教官の名は、ムシック=ホース。


 ……かつて、卒業まで何度も色んな意味でお世話になった勇者クラス特級担当の教官であった。



「さて、早速だが本題に入ろうハイン君。……君に、特級クラスへの早期編入の話がある」


 ミス教官とザラ教官を自分の両脇に座らせ、テーブル越しに真っ直ぐ自分を見つめムシック教官が言う。予期せぬ発言に自分が驚いた反応を見せると、当時と全く変わらぬ癖で顎に手をやり教官が続ける。


「ふふっ。驚かせてしまったかい?だが、ザラとミスから君の話は聞いている。勿論、上級クラスの教官からもね」


 そう言って目の前に置かれた書類を手に取り、それに目を通しながらまたこちらに喋りかけてくる。


「……うん、本当に今こうして改めて提出された資料を見ても君の功績は素晴らしい。百年に一人の逸材と言われている闘士クラスのハキンス君に匹敵するレベルだよ」


 ムシック教官にそう言われ、悪い気はしなかった。あのハキンスと肩を並べるとまではいかなくとも、同列に今の自分が評価されているのかと思うと少し誇らしくなった。そんな自分の気持ちをよそにムシック教官が言葉を続ける。


「他クラスの面々の我々教官側には伝わりにくい面倒ごとの解決、いきなりの飛び級、クエスト達成率の保持、混合試合から新人育成、あげくの果てには上級クラスなのに依頼クエストの達成ときたもんだ。本来なら有り得ない事だ。勇者クラスの隊士のデータに関しては初級から特級まで一通り把握していたつもりだったけど、君に関してはイレギュラーだったよ」


 ムシック教官の言葉に思わず無言になる。確かに、当時の自分は平々凡々と実績を重ねて特級クラスへと進んだ。華々しい活躍や成績で特級に上り詰める連中とは違い、着々と無難に成果を積み上げて昇級する側だった自分が、当時ムシック教官の目に止まる存在ではなかったと思う。無言のままの自分に教官が続けて言う。


「それでだね?君の華々しい功績に加えてミスとザラ、テートにハキンス君からも君を特級クラスに引き上げるべきではないかという声が上がり、こうして今君を呼び出したという訳さ」


 その言葉に思わず顔を上げる。……確かに自分でもそれを望んではいたが、思っていたよりも早くその機会が唐突に訪れたことに驚愕する。自分のその反応が期待通りだったのか、口元をにやりと歪めて笑いながらムシック教官が口を開いた。


「だから、君をテストしたい。このテストに見事合格できたら君を特級クラスに迎え入れるとしよう」


 そう言って、ムシック教官はまた綺麗な顔で意地悪く笑った。


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