69話 ハイン、施設へ戻り報告を済ませる
村を出て、特に何の問題も無く施設へと戻った。戻って早々、まっすぐ教官室へと向かいミス教官とザラ教官へと報告に向かう。ドアをノックして扉を開ける。
「失礼します。ハイン=ディアン。任務を達成しただいま戻りました」
受付に案内され、部屋へと通される。部屋の中にはミス教官とザラ教官が自分を待っていた。
「ご苦労様でした、ハイン君。達成の報告は既に使いの者から聞いております。今回はよくやってくれました」
そうミス教官から声をかけられる。続けてザラ教官も言葉を続ける。
「うむ。実に見事な手腕でクエストを成功させたと聞いている。しかも達成後自ら村に残り、復旧作業まで率先して行ってくれたとな。素晴らしい対応だ」
ザラ教官からもそう言われ、少し気恥ずかしくなるものの悪い気はしなかった。
「いえ……討伐の時点で達成というのは分かっていたんですが、乗り掛かった船なんで個人的にそこまで見届けようと思っただけなので」
もちろん、毎回そのようにするつもりはなかった。もし村の連中が『あ、終わったの?はいご苦労さん』みたいな態度であったならそこまでする事はしなかった。
最初の時点でターミスをはじめ、自分たちで出来ることは自分でやろうとする気概を感じたし、何よりも自分に対して終始本気の感謝の気持ちを示してくれたため、それに少しでも報いたいと思ったからである。
「いえいえ。誰にでも出来る事ではありません。特例で推薦クエスト期間の単位は免除になりますし、二日間の有休が送られます。報告は確認出来ましたので、ゆっくり休んでまた授業と施設内のクエストに励んでくださいね」
ミス教官にそう言われ、もう一度一礼して部屋を後にする。
その後、ハインが去った後の教官室で、二人が会話をしている。
「……どう思いますか?ザラ教官。彼の今後について。私としては、彼の実力及び所作についてはもはや特級隊士と比べても遜色ないどころか、特級内でも上位に相当するかと思いますが」
「異論はない。……が、どうにも不思議だ。彼の入隊からの履歴を一から確認したが、入隊時の彼の評価はほぼ平均的。良く見積もっても中の上といったレベルだった。ところが、ある時を境にいきなりの飛び級に始まり、今に至るまでクエスト達成率百パーセント。混合試合では初参戦にして準優勝。そして今回のクエストも見事に達成。馬鹿げた話だが、まるで中身が入れ替わったかのようだよ」
ザラの言葉にミスも腕組みし、少し間を置いて答える。
「確かに……普通ならありえない事ですが、現に彼がこうして過去に類を見ない程の速度で功績を成し遂げているのは事実です。評価に決して手心を加えず、かつ人を見る目は教官の中でも随一の貴方から見ても彼の人徳は間違いないでしょう?」
「……あぁ。お前の言う通りだ。査定には何一つ問題無い。例の件、前向きに進める事としよう」
そう言って二人はまた、目の前の書類を前に話し始めた。
「師匠っ!おかえりなさいませ!不肖ヤム、師匠の帰りを今か今かと待ち望んでおりました……!」
「い……一日千秋……待つのは伴侶の定め……えへへ……」
戻って早々、ヤムとプランがこちらの顔を見るなり飛びついてきた。そのまま押し倒されそうになるが、即座にイスタハが二人を取り押さえてこちらに話しかけてくる。
「どうどう。二人とも落ち着いて。ハインが怯えているからね?お疲れ様ハイン。また一つ凄い功績が出来たね。落ち着いたら今回のクエストの話を聞かせて欲しいな」
三人の掛け合いを見て、やっと帰ってきた実感が湧いてくる。
「あぁ。凄い自分にとっても懐か……いや、勉強になるクエストだったよ。改めて参加する事を決めて正解だったぜ」
そう言って軽食が並んだテーブルで今回のクエストについて色々話をする。三人とも興味深げに話を聞いてくる。
「なるほど……魔犬といっても様々な種類があるんだね。僕のような闘い方をするなら安全な距離を確保して戦わないと危険だね」
「そ、その身の回りをした御仁には妹や、師匠に近い年齢の家族は……む、息子が一人?そ、そうですか……ほっ……」
「えへへ……久々に間近で眺めるハインさまのお顔……うふふ……素敵……」
……三人の興味の対象は異なるようだが、気にせず話を続ける。話し終えた頃にはもうすぐ夕方になる時刻だった。
「っと、もうこんな時間だな。キリの良いとこだし今日はこんなもんか。んじゃまた明日な」
テーブルの食器とトレイを片付け、三人と別れて宿舎に戻っていたその時だった。
「……帰ってきたようだな。待っていたぞ、ハイン」
その声に振り返ると、視線の先にはハキンスが立っていた。
「あぁ……今日帰ってきたところですよ。何ですか?こんな時間に」
自分の言葉にハキンスが口元を少しだけ緩めて笑う。
「無理に敬語を使おうとするな。クエストを受けてくれた時の口調で話せ。あれが本来のお前だろう」
ハキンスの言葉に、思わずはっと口元を押さえる。……迂闊だった。事前にテートと話してからハキンスと会い、その流れでクエストの説明を聞いたものだから、思わず素の自分のままでハキンスと会話をしていた事を思い出す。
(……そうか。だからあの時もこいつは笑ったのか。知っていてあえて、そのまま俺に喋らせていたのか。……こいつ、思ったより役者だな)
そう思い動揺していると、また少しだけ笑いながらハキンスが言葉を続けた。
「なに。別に気にしていないから安心しろ。別にそれを咎めたい訳ではない。むしろ俺の前では普通に話せ」
ハキンスにそう言われ、分が悪いと素直に諦めてその言葉に応じることにする。
「……分かったよ。でも人の前では極力敬語で話すようにするようにしておくよ。生意気な後輩と思われちまうからな。それでいいよな?『先輩』」
精一杯の嫌味を込め、先輩の部分の語気を強めて言う。自分のその様子を見てハキンスが言葉を返してくる。
「あぁ。お前の好きにすればいい。……話が逸れたな。本来の内容に戻そう」
そう言ってハキンスがこちらを見て改めて口を開いた。
「お前と少し話がしたい。この後少し付き合えるか?」
そう言ったハキンスの表情は真剣で、思わず無言で頷くしかなかった。




