61話 ハイン、魔犬の根城へと向かう
「……驚いたな。まさか、たった数日でこれだけの対抗策を立てられるとはな」
驚愕と感嘆の声を漏らすようにターミスが言う。
「いや、資材が揃っていたのとお前を中心に村の連中が早急に動いてくれたからだよ。本当助かったぜ」
あれからすぐ魔猿対策のために動き、村長や村の連中に働きかけて柵や罠を仕掛けた。魔犬と違い、魔猿は肉や魚よりも野菜や果実を狙うことが明確だったため、畑の箇所を中心に仕掛けることを提案した。幸いにも前回の襲撃からそこまで間が空いていなかったこともあり、魔猿と魔犬の襲来が来る前に最低限の防衛を準備できた。
「いや、こちらこそ本当に助かった。魔猿が登りやすい木の除去や隠れ場所を排除して見通しを良くしただけで大分変わるものだな。本当に感謝するぞハイン」
そう言ってこちらに深々と頭を下げるターミス。それがむず痒く感じたので慌てて言葉を返す。
「おいおい、止めてくれよ気持ち悪い。あくまで俺は対策を提案しただけで、実際にそれを実行したのはお前をはじめとした村の面々なんだからな」
そう言うと苦笑しながらもターミスが言う。
「……本当に不思議な男だな、お前は。だが本当に感謝しているぞ。これで魔猿に対しての対策が劇的に整ったのはまぎれもない事実だからな」
柵と仕掛けた罠を見渡して改めてターミスが言う。事実、次に魔猿が村を襲おうとしても今までのようにはいかないというのは間違いないだろう。
「まぁ、褒めるのは実際に連中を撃退した時にしてくれよ。……ま、これで俺が村を空けた際に魔猿が来てもある程度対処が出来るよな。じゃ、予定通り俺は魔犬の方に取り組ませて貰うことにするよ」
そう言った自分に、またも不安の表情を顔に浮かべてターミスが言う。
「……本当に一人で大丈夫かハイン?俺は勿論、村の勇士も一緒に行こうと思えばいつでも行けるのだが……」
「だーかーらー、大丈夫だって言っただろ?一人の方が上手く立ち回れるってよ。まぁ、数日経っても戻ってこなけりゃ様子を見に来るぐらいで良いからさ。ま、その辺りは難しいかもしれねぇけど俺を信用してくれよ。な?」
なおも自分を気にかけるターミスの肩をぽんぽんと叩いて言う。
「……まぁ、お前の判断に今更異議を唱える事もないがな。ただ、無茶はしないで貰いたい。それは約束して欲しい。万が一にもお前に何かあったらジレンも悲しむからな」
ターミスの言葉に頷き、簡易の旅用の道具一式が入った袋を担いで言葉を返す。
「あぁ、それは必ず守るよ。それに、この一件が片付いたらジレンに色んな魔法を見せるって約束もあるからな。きっちり魔犬の根城を叩いて戻ってくるよ」
自分の言葉に毒気を抜かれたターミスが少し笑い、すぐに真面目な表情に戻る。
「……うむ。お前を信じているぞハイン。くれぐれも深追いせず、一人では危険だと判断したらすぐに村に戻ってくれ」
「おう。もしヤバいと思ったらすぐに引き返すよ。そっちも俺がいない時に魔猿が来て、危ないと思ったら狼煙で知らせてくれよ」
ターミスが頷くのを確認し、村長と数人の村人にも声をかけて簡単な野営道具と剣を担いで村を出る。ターミスと村の連中から聞いた話によると、魔犬の拠点はそこまで離れていないと推測された。
(……ある程度対策をしたとはいえ、魔猿が次にいつまた村に来るかは分からねぇ。今のうちに確実に魔犬の方は俺が何とかしなきゃいけねぇよな)
そんな事を思いながら魔犬の根城があると思われる場所へと向けて歩き続ける。道中休みつつ進んだが、村を出て一日半ほどが経過していた。
「……さて、話に聞いていた感じだともうすぐ着きそうだな。鼻の効く連中のことだ。火を使った調理はここからは避けておいた方がよさそうだな」
火を使って少し炙りたい気持ちを抑えて渡された干し肉をかじり、水で流し込む。塩気が強く噛み締めるたびに肉の旨味が感じられるだけに、火を使えないのがますます残念に感じる。肉を飲み込みターミスと村の連中から渡された手書きの地図を広げて現在地を確認する。
(……この地図と照らし合わせると、もうすぐ辿り着くな。野営の準備も出来なくはないが、このまま進んだほうが良さそうだな)
より慎重に気配を殺し、歩みを進めていくと視界の先に小さな森が見えてきた。
「……ビンゴだな。明らかに獣の匂いが強くなってきた。小動物の骨も辺りに散らばっている。間違いなくあの森が連中の根城だな」
そう自分が思ったと同時に、森の入り口から魔犬が数匹辺りを警戒するように徘徊を始めた。風上のためまだ自分に気付いた気配はないものの、野性の勘で何かに気付いたのだろう。
(……まだ仕掛けるには早い。森に向かって炎の魔法を放つことも出来なくはねぇが、火が広がるよりも先に連中の反撃や暴動がおきちまう。こっちに来るならまだしも、村のほうに向かわれたら面倒だ。仕掛けるなら俺に標的が完全に集中してからだな)
そう思い少しずつ魔犬と距離を詰めていく。まずは森の中にいると思われる魔犬の群れに気付かれないように、この偵察部隊の魔犬を仕留めておく必要がある。
(……まだだ。まだ遠い。……そう、もう少しだ)
周囲を徘徊する他の魔犬との距離を測りつつ、その中の一体が群れから離れこちらに近付いてくるのを気配で感じる。殺気を抑え、剣を構えて距離を確認する。
(向こうが匂いでこちらに気付くよりも早く、まずこいつを仕留める。そろそろこっちの気配に向こうも気付くはずだ。その瞬間に……斬る!)
そう思ったと同時、何かを察した魔犬がこちらの方を見て顔を上げる。それと同時に駆け出した自分の剣が、悲鳴も咆哮も上げる間もなく魔犬の首を胴体から斬り飛ばした。




