59話 ハイン、ターミス家に滞在する
「……よし、こんなもんかな。あとは市販の傷薬や回復薬、自然治癒で何とかなるだろう。施設を通して、不足している物資が届く様にすぐ手配を進めておくよ」
あれからすぐに男の案内のもと、重症人が集められている建物へと向かい怪我人の手当てを行った。幸いにも命に関わる怪我人はおらず、今の自分のレベルの回復魔法で治療が可能だったのは幸いだった。
(……過去の反省を活かして、真剣に学んでおいて正解だったな。昔の俺なら原因は解決出来ても、ここの問題はどうにも出来なかっただろうな)
そんな風に過去を思い返していると、男が声をかけてきた。
「いや……本当に助かった。村長に代わって礼を述べさせて欲しい。ありがとう、ハイン殿」
そう言って男が深々と頭を下げる。そのあまりの姿勢の正しさに思わず苦笑しながら言う。
「おいおい。いきなりそんな風にされたらかえって反応に困っちまうよ。ハインで良いよ。その代わりに、こっちも年上に悪いがタメ口で話させて貰うからよ。そういや、バタバタしていて名前も聞けてなかったな。今更だけど名前を聞かせて貰えるかい?」
そう自分が言うと男が顔を上げ、同じように苦笑しながら言う。
「……あぁ。ではそうさせてもらうよ。改めてよろしくな、ハイン。俺はターミス。ターミス=ジオレンだ。改めてよろしくな、ハイン」
そう言ってターミスがこちらに右手を差し出してくる。
「あぁ。こちらこそよろしくな、ターミス。よろしく頼むぜ」
そう言ってターミスの手を力強く握り返す。ふと窓の外の景色を見れば、既に夕方になっていた。
「……っと、もうこんな時間か。たしか村長が滞在期間の間、宿を一部屋空けておいてくれているって言っていたな。ターミス、悪いが村の宿屋まで案内してくれねぇか?詳しい話は明日するって事にしようぜ」
自分の言葉にターミスが少し何かを考えたような表情をした後に言う。
「うむ。それは構わんが……ハイン。もしお前が良ければの話なのだが、今日は俺の家に来ないか?村長と宿の連中には俺が後から説明する。もちろん、無理にとは言わんが」
ターミスの突然の申し出に、反応が出来ずに一瞬固まる。こちらの反応を察したのか、ターミスが言葉を続ける。
「あぁ、いきなりそんな事を言われても確かに驚くだろうな。ただ、単純にお前ともう少し話してみたいと思っただけさ。それと、さっきお前が怪我を治してくれた俺の息子……ジレンとお前を会わせたいと思ってな」
なるほど。そういうことか。そういう事なら是非もない。
「あぁ。そういうことならお願いするよ。別に俺は屋根があって眠れれば何でも構わないからよ。んじゃ、ひとまず今日はお言葉に甘えさせてもらうことにするよ」
自分の言葉にターミスが口元を少し緩めて笑う。
「あぁ。きっと帰りが遅くなったことを怒るだろうが、お前の顔を見ればきっと機嫌も直るだろうしな。宿のような浴場や料理は保障できないが、是非来てくれ。では、早速向かうとしようか」
そう言ったターミスの後に続き、ターミスの家へと向かった。
「さぁ、着いたぞ。狭いところだがゆっくり休んでくれ」
そう言って玄関の扉を開けるターミス。それとほぼ同時にこちらに向かって駆け出してくる子供の足音が聞こえてくる。
「おかえりなさーい!もう!遅いよお父さん!僕、ちゃんとご飯やお風呂の準備済ませてたんだからね!……って、ゆうしゃのお兄ちゃん?何で?何でお兄ちゃんがお父さんと一緒にいるの?」
きょとんとした表情のジレン。そんなジレンの頭を優しく撫でながらターミスが言う。
「遅くなってすまないな、ジレン。勇者の兄ちゃんがさっきのお前みたいに怪我をしていた村の皆を治してくれていたんだよ。今日はそのお礼に、うちに泊まってもらう事になったんだよ」
それを聞いたジレンは途端に顔を明るくして、こっちに駆け寄ってきて興奮気味に話しかけてくる。
「えっ?本当に?お兄ちゃんお家に泊まるの?じゃ、後でいっぱいお話聞かせてくれる?貰った飴玉、ちゃんと皆で分けたよ!ゆうしゃさまが魔法で僕の怪我を治してくれたんだよって言ったら、皆凄いな!いいな!って言ってたんだよ!」
なおも興奮しながら話を続けようとするジレンをなだめながらターミスが言う。
「ほらほら、勇者様は疲れているんだ。まずはゆっくりご飯を食べて、休んで貰ってからちゃんとお話してもらえるかきちんとお願いするんだ。出来るよな?」
ターミスの言葉に、ジレンが素直に頷く。
「うん!僕、ちゃんと出来るよ!じゃあ、早くご飯にしよ!お兄ちゃん早く早く!こっちだよ!」
言われるがまま、ジレンに手を引かれ食卓へと案内される事となった。
「すぅ……すぅ……」
自分の横で、ソファで寝息を立てているジレン。その寝顔はとても可愛らしい。その寝顔を眺めているとターミスがワインとグラスが乗ったトレイを手に戻ってきた。
「お、もう少し時間がかかるかと思ったが早かったな。こいつ、お前の話す物語が余程楽しくて仕方なかったのだろうな」
あれから、食事をしながらジレンに自分の過去の話やこの村に来るまでの経緯を分かりやすく話したり、ちょっとした冒険譚のように面白おかしく話してやると、紙芝居を見る子供のように一喜一憂しながら聞き入ってくれた。あまりにもジレンが真剣に聞いてくれるものだから、こちらも思わず話に熱がこもってしまった。
「いや。楽しんでくれたなら幸いさ。ジレンが嬉しそうなんでついつい喋りすぎたよ」
そういう自分の横で、ターミスがジレンを優しく抱きかかえた。
「……それだけお前と、お前の話す物語が楽しかったのだろうな。こいつがこんなに楽しそうな笑顔を見せるのは久しぶりだ。さて、こいつをベッドに運んでくるから少し待っていてくれ」
そう言ってジレンを抱えて奥の部屋へと向かうターミス。数分もしないうちにターミスが戻ってきた。
「待たせたな。さて、まだ眠くはないか?見たところ、まだ若いようだが酒もタバコもいけるクチだと思うがどうだ?良ければ、少し飲みながら話さないかハイン?」
そう言ってタバコに火を付け、二つのグラスにワインを注ぎながらターミスが言う。
「あぁ。願ったり叶ったりだ。その前に、俺にもタバコを貰えるかい?」
かくして、二人での夜会が始まった。




