54話 ハイン、新人を一喝する
「よし。……行くぞっ!」
そう言って魔獣の群れに駆け出した。隣にはヤムが自分と同じタイミングで走り出している。
「ヤムっ!左側は任せたっ!俺は右側の群れを叩く!いいか!無理せずヤバいと思った時は退けっ!」
同時に駆け出すヤムに向かって叫ぶ。
「はいっ!了解です師匠!」
ヤムの声を聞くと同時に、魔獣の群れと対峙する。
(……目視出来る範囲で、炎に耐性のある魔獣はいねぇ。亜種もいるから確実じゃねぇが、怪しい奴に警戒しておけばまず大丈夫な筈だ)
こちらに襲い掛かろうとする魔獣たちに向かって剣を構える。
「おらぁっ!」
炎を纏わせた剣を振りかざす。一振りでまず一体。返す勢いでもう一体を仕留める。
「ふっ!」
すぐ近くではヤムが両手の剣で器用に魔獣を同時に仕留めている。まだ数は多いがあの調子なら今のところ大丈夫だろう。
(あの様子なら、ヤムの方はひとまず平気だな。ルーツも自分に身体強化の魔法をかけて、敵の攻撃を上手く躱して撹乱してくれている。仕留めるとまではいかなくても役割としては充分だ。肩の力が抜けたのか、初の実戦にしてはよく動けている。ただ……)
ルーツの様子を確認した後、少し離れたシトリマの方を見る。
「……くっ!『火炎球』!」
一見、相手の動きを見つつ動いているようだが、どこか様子がおかしい。先程までとは違い、動きに精彩が見られない。あくまでミスをしないように最低限の動きをしているような形だ。
(ルーツのお陰で傷は完全に癒えているのにあの動き。……こりゃ、完全にさっきの一件を引きずっているな)
眼前に迫った魔獣を切り伏せ、追撃を警戒しつつもシトリマの元へと駆け寄り声をかける。
「……どうしたシトリマ。動きが鈍いぞ。それに、集中出来ていないのか魔法の威力もさっきまでより落ちているぞ?」
そう声をかけると、シトリマがしぼり出すような感じの声で言う。
「……無理です。俺にはもう……実戦で戦うのが怖くて……」
やはりか。先程の自分の慢心から起きた出来事で自信を喪失し、急に戦闘に対して恐怖心が芽生えたのだろう。そのため、立ち回りも消極的になり動きも注意力も散漫になっているのだろう。
「そんな事を言っている場合かよ。いくらか数を減らしたとはいえ、これだけの数だ。お前もしっかり連中の殲滅に協力してもらうぞ」
そう自分が言うものの、なおも不安げな表情でシトリマが弱々しく言う。
「で……でも俺がまた迂闊に動いて、またミスをしてしまってまたさっきの様になってしまったら……」
……そこまでシトリマが話したところで、自分がキレた。
「……馬鹿野郎っ!たった一度の失敗でヘタれてるんじゃねぇ!甘えるなこの野郎!」
突然の自分の大声にシトリマは勿論、ヤムやルーツ、魔獣たちも思わず動きが止まる。そんな周りの様子を気にせずそのまま叫び続ける。
「いいか?実戦は勿論、冒険者として旅立てば不測の事態に遭遇する事なんて一度や二度じゃねぇ!一度の失敗をいつまでもくよくよ悩んだり引きずる暇があるなら、自分の手で失態を挽回するために今すぐ動けっ!」
自分の言葉に下を向き一瞬固まったシトリマだったが、すぐに顔を上げ、詠唱を唱え始める。
「……『風爆破』!」
少し離れた場所にいた魔獣がシトリマの魔法により吹き飛ぶ。そこには先程までとは違い、表情と眼の色に力が戻ったシトリマの姿があった。
「……そうだ。それでいい。俺たちは近接メインで残りの群れを片付ける。距離が離れた魔獣を狙って魔法を放て。ルーツの様子にも眼を配り、あいつの回避が難しそうならお前が横からサポートしろ。……出来るな?」
自分の問いに、シトリマが力強く頷きながら言う。
「……はい。大丈夫です。任せてください。先輩」
シトリマの言葉に自分も頷き、改めて剣を構えてから改めて叫ぶ。
「……よし!いくぞ皆!油断するなよっ!」
そう言うと魔獣の群れへと駆け出し、剣を振りかざした。
「……『炎激斬』っ!」
振りかざした剣から炎の刃が轟音と共に魔獣の群れを吹き飛ばす。だが、仕留め損ねた二体の魔獣がこちらに向かって飛び掛ってきた。
(仕留め損ねたか!だが、この距離からなら体勢を整えれば何とか……!)
そう思い再び剣を構え直しそうとしたその時、声が響いた。
「『風衝刃』!」
今まさに自分へ襲い掛かろうとしていた魔獣が目の前で風の刃により切り裂かれる。
「よく見ていたシトリマ!その調子で頼むぞっ!」
目の前の標的を殲滅したため、数が増えて苦戦しているヤムの元へ向かいながらシトリマへ声をかける。
「はい!俺はこのままルーツのサポートに回ります!」
叫ぶと同時にルーツの方へと駆け出すシトリマ。その表情には先程までの弱気な顔は微塵も感じられなかった。
(……どうやら、あいつも吹っ切れたみてぇだな。叱り飛ばした事が上手い形に働いたみたいで良かったぜ)
胸中でそう思いながらもヤムの元へと一気に駆け付ける。
「よく一人で食い止めたヤム!数も大分減った!一気に畳み掛けるぞ!」
「はい師匠!行きましょうっ!」
ヤムと同時に残りの群れへと駆け出す。その勢いのまま二人で的確に魔獣を片付けていく。
自分たちが仕留め損なった魔獣を後方から的確にシトリマが魔法で仕留めつつ、ルーツのサポートも加わり着実に残りの魔獣を殲滅していく。
そこから数分後、全ての魔獣を殲滅する事に無事成功した。




