53話 ハイン、新人に激を飛ばす
「ぐっ……かはっ……!」
シトリマが苦しそうな声を漏らす。同時にシトリマの口と牙の突き立てられた首から血が溢れ出した。
「ヤムっ!」
「はいっ!」
ヤムに声をかけると同時にシトリマの方へと駆け出す。それに気付いた魔獣の群れがこちらに襲いかかるよりも早く、シトリマの元へと辿り着く。
「……炎よ!剣に宿れっ!」
剣を抜くと同時に魔力を剣に込める。今もシトリマに牙を突き立てているウインド・ウルフに狙いを定める。少しでも狙いがずれればシトリマへの負担がかかるため、慎重に刃を振るう。
「……ふっ!」
万が一にもシトリマへ届かないように最新の注意を払い、振り上げた炎の剣でウインド・ウルフの首を後ろから刎ね飛ばす。
「よっ……と!」
同時にその場で倒れ込みそうになるシトリマを片手で抱きとめ、他の魔獣を対処しているヤムに向かって叫ぶ。
「ヤムっ!少しその場をしのいでくれっ!任せて悪いが……頼むぞ!」
「はいっ!お任せください師匠っ!」
襲い掛かろうとするワーウルフたちを両手の剣で牽制しながらヤムがこちらに言葉を返す。その声を背中に受け、シトリマを抱えてルーツの元へと戻る。
「シトリマっ!大丈夫か!意識はあるな?しっかりしろっ!」
シトリマを地面に寝かせながらそう叫ぶ自分の声に、シマリトが息も絶え絶えになりながらも言葉を返す。咄嗟の反応で噛まれる直前に首をずらしたようで、それが幸いしたのか致命傷には変わりないが急所はかろうじて外したようだ。
「……ハ、ハインさん……す……すみません……俺、俺……」
息も絶え絶えにどうにか話そうとするシトリマの口からまた血が溢れ出す。
「……大丈夫だ。いいから今は喋るな。呼吸を整えて楽にしていろ。ルーツ。シトリマに回復魔法をかけてやってくれ」
そう言ってルーツに声をかけるが、ルーツは目の前で起こった出来事に対応出来ていないようで、ただその場でぶるぶると小さく震えながら涙目で言葉を返す。
「だ、駄目です……わ、私……とてもこんな状態では魔法を唱えられる自信がありません……」
「……そんな事を言っていられる状況か!早く傷を治さないとこいつは死ぬかもしれねぇんだぞ!」
そう自分が叫ぶも、ルーツはただその場で立ち尽くしながら震えるばかりである。
「む……無理です。私にはとても……」
そう言ったあと、思わず泣き出すルーツ。無理もない。初めての実戦でいきなり人の生死に関わる場面に対峙したのだ。
安全が保障されている訓練ならいざしらず、常に命の危険が伴うのがクエストであり冒険である。初のクエストでその局面に遭遇してしまったのは気の毒ではあるが、これは誰しも起こりうる事であり、いずれ体験することなのである。
「……あ!ハ、ハインさんは勇者クラスですし、回復魔法にも精通しているでしょうから、今はハインさんがひとまずシトリマさんの治療を……」
泣きながらルーツがそこまで言ったところで、その言葉を遮るように思わず叫ぶ。
「……いい加減にしろっ!ここでお前が回復魔法を唱えなくてどうする!?冒険者として旅立てば、こんな機会は当たり前のように対峙する場面だ!戦場では簡単に人の生き死にに直面するんだ!そこで仲間を救うも殺すも、お前の魔法一つにかかっているんだ!」
自分の言葉にびくり、と反応して固まるルーツ。だがそれには構わずそのまま言葉を続ける。
「いいか?今ここでお前が魔法を唱えるか唱えないかで一人の人間の生死が変わるんだ!びびっている暇があるなら、今すぐこいつを救うために魔法を唱えろっ!」
自分の言葉に、ルーツは意を決したようにこちらに近付き、涙を拭うとシトリマの前に座るときっ、と顔を上げて詠唱を唱え始める。
「……【癒しの精霊よ。汝の施しを我に与えん】」
躊躇いも淀みもなく、先程までの様子と違いスムーズに詠唱を唱えていくルーツ。ルーツに魔力が集中しているのが分かる。続けて次の詠唱を唱える。
「【施しは癒しの風となり、その傷と痛みを癒さん】……『回復』!」
ルーツが魔法を唱えると同時に、みるみるシトリマの傷口が塞がっていく。やはり優秀な使い手だ。自分が同じ様に『回復』を唱えても、ここまでスムーズにシトリマの傷を癒すのは難しかっただろう。
「くっ……ふぅ……」
傷が癒えていくと同時に、シトリマの呼吸も安定していく。苦悶の表情を浮かべていた顔も徐々に和らいできた。
「……これで、大丈夫だと思います。あとは自然に傷が塞がるかと思います」
そう言ってふぅ、と大きく息を吐くルーツ。その顔はどことなくさっきまでと違う。
「あぁ。期待以上の出来栄えだった。怒鳴って悪かったな。勘弁してくれよ、ルーツ」
自分の言葉にルーツは首を振る。
「いえ。ハインさんの言葉で目が覚めました。……あの言葉が無ければきっと私はただただ何も出来ずに狼狽えているばかりだったでしょう。今だけではなく、きっとこれからも。でも、これからはきっと少し変われると思います」
そうルーツがどことなく誇らしげに言う。どうやら、先程の一件で一皮剥けたようである。そう思った瞬間、ヤムがこちらに戻ってくる。
「師匠っ!シトリマは大丈夫ですかっ!」
なおも剣を構えたままヤムがこちらに尋ねてくる。様子を見るとこちらと魔獣たちの間に何体かのワーウルフがこと切れている。ヤムが上手くこちらへの攻撃を食い止めつつも始末してくれたのだろう。
「あぁ。もう大丈夫だ。一人でよく食い止めてくれたな。助かったぜ、ヤム」
「はい。ありがとうございます師匠。ですが、流石にあの数は私一人では厳しいです。ここからは師匠たちもご協力いただけると助かります」
ヤムの言葉に頷き、後ろの二人に声をかける。
「あぁ、勿論だ。シトリマ、もう傷は塞がったな?立て」
「……はい」
よろよろとその場に立ち上がるシトリマ。見た目にも傷口は完全に治っていた。
「よし。ヤムが数を減らしてくれたとはいえ、まだまだオーガもワーウルフも数が多い。ここからは手分けして片付けていくぞ。ルーツは後方からサポートを頼む」
「はいっ!」
ルーツが力強く返事をする。続けてヤムとシトリマに声をかける。
「ヤムと俺は基本前衛で戦う。シトリマは魔法で的確に相手と距離を置くことを念頭に置きながら戦え。無理だと思ったら迷わず引け。いいな?」
「了解です!」
「……はい」
二人の返事を聞き、再び魔獣の群れに向き直る。
「よし。行くぜ。反撃開始だ」
そう言って剣を抜き、魔獣に向かって構えた。




