52話 ハイン一同、緊急事態発生
「はぁ……しかし、やっちまったなぁ。ついつい上から目線で色々言い過ぎちまったな」
シトリマが駆け出したと思われる方向に、三人で歩き出しながらぼそりとつぶやく様に言葉をもらす。それを聞き逃さなかった横を歩くヤムが慌てたように言う。
「い、いえ!師匠のおっしゃった事は極めて正しいです!ただ、シトリマがそれを自分の中でまだ受け止めきれないだけです!」
自分とヤムの会話を聞いていたルーツが、おずおずと会話に加わる。
「わ、私は一部始終をただ見ていただけですが……私も、ハインさんがあの時にシトリマさんに伝えた内容は正しい事だったと思います。ただ……正しすぎて、返す言葉が出なくてあんな行動になったのだと思います」
「はぁ……やっぱりそうだよな。もう少し言葉を選ぶか、優しく言うべきだったよな」
人というのは、たとえ自分が間違っていたと分かっていても、その間違いを正される際にそれがあまりにも正論尽くしだとかえって反発したり、素直に反省出来なくなってしまうものだ。
(自分だってあいつぐらいの年齢の時はそうだったし、才能を自覚している分、素直に受け入れられないのは分かっていたんだから、もう少し上手くやらないとだったよな)
追いついて合流したら、まず何と言葉をかければ良いかを歩きながらぶつぶつ考えていると、ルーツが小さな声で言う。
「……でも、さっきのハインさん。大人の人が話しているようでした。まるで、教官が隊士を諭すような感じの言い方で、聞いていて驚きました」
「うむ。そうなのだルーツ。師匠は時に、妙に悟った様な発言をされる。この若さで既に何かを達観したかのようにな。同じ事を他の者が言うより、師匠の言葉には不思議な重みがある。そこがまた魅力的なのだが……」
後半は聞き流す事にするが、それは仕方ない。なんせこちらは見た目こそさほど変わらぬものの、中身は四十路のおっさん、しかも勇者として過ごした経験があるのだ。
冒険者としては駆け出しのルーキーはもちろん、シトリマ程度の反抗など可愛く思えるくらい厄介な連中とパーティーを組んだことも一度や二度ではない。その都度言葉で、時には実力行使で理解させていたものである。
(……ヤムのようにすぐに理解したり、すぐに素直にこっちの話を聞いてくれる面子ばかりだったからこの環境に甘えちまっていたな。もう少しこの手のタイプに伝わる物言いをすれば良かったぜ)
後悔先に立たず、とはよく言ったものである。今更ながらシトリマへの声掛けの言葉選びをもっと慎重にすべきだと思いながら歩いていたその矢先、少し離れた場所から爆音が鳴り響いた。
「今の音は……魔法だ!行くぞ!」
そう言って駆け出した自分を慌てて追いかけるヤムとルーツ。爆発音のした方に向かいながら頭の中で考える。
(……魔法を放ったという事は、魔物や魔獣と遭遇したという事だ。あいつの実力なら大丈夫だとは思うが、ムキになって冷静な判断が出来ていない今、何が起こるか分からねぇ。とりあえずは急いで合流しなきゃだな)
そう思っていた矢先に、二発目の魔法が放たれた音が今向かっている方向から再び聞こえた。
「……こっちか!」
先程よりも近くで聞こえたのを確認し、急いで音の方へと向かう。少し駆け出したところで、複数の魔獣の群れと戦うシトリマの姿が見えた。
「シトリマっ!大丈夫かっ!」
シトリマの姿を確認し、魔獣と戦っている遠くのシトリマへ向かって叫ぶ。
「……っ!構わないでください!俺一人で片付けますので!」
そう言いながら、魔獣の攻撃を回避しつつ魔法を放つシトリマ。そのシトリマを更に狙おうと構えている他の魔獣。
状況から察するに、魔獣同士の縄張り争いをしているところにシトリマが何やら仕掛け、共通の敵と認識した魔獣たちがシトリマに襲いかかっているのだろう。
(亜種も含めたオーガの群れに、ワーウルフ達の群れか。こっちも何体か亜種がいるし、ウインド・ウルフもいる。こりゃ、属性を使い分けて戦わないと厳しいだろうな)
加勢するタイミングを間違えれば連中の攻撃がシトリマに集中してしまうため、慎重にその場を観察する。
体術の心得があるのか、魔術師クラスという割にシトリマの動きは機敏で魔獣たちの攻撃を紙一重で巧みにかわしながら魔法を放っていく。
「……『風衝刃』!」
シトリマの放つ風の魔法で、何体かの魔獣が吹き飛ぶ。その威力を認識したのか、一旦魔獣たちが警戒してシトリマと少し距離を置く。
「……流石ですね。言うだけの事はあって、あの状況でも的確に動いていますね」
「あぁ。体術に関してはイスタハより上だ。咄嗟の判断や魔力の込め方も優秀だ。だが……どうにも属性が偏りがちだな」
隣で同じように様子を伺っているヤムにそう言葉を返す。
先程から見ていても、シトリマは『風』の魔法ばかりを多用している。得意というのもあるのだろうし、それだけ自分の魔力を自負しているのは分かるがあまりに一辺倒過ぎる。
(あのままじゃまずいな。ワーウルフの群れに混じってウインド・ウルフもいるから『炎』も混ぜて使っていかないと……って、まずいな。そのウインド・ウルフがシトリマに狙いをつけている)
「……いくぞヤム。シトリマが魔法を放ったら向こうに全力だ」
ヤムが頷くのを確認するのとほぼ同時に、ウインド・ウルフを含めたワーウルフの群れがシトリマに向かって一斉に飛び掛かった。シトリマも間髪入れずに魔法を放つ。
「……シトリマ!よせっ!それじゃダメだっ!」
駆け出しながら思わずそう叫ぶものの、シトリマがそのまま魔法を放つ。
「……『風衝刃』っ!」
自分の言葉は届かず、シトリマがそのまま魔法を放つ。おそらく先程の事を踏まえて素材を確保出来る魔法を放とうと算段した上での事だったのだろう。だが、今回シトリマに襲いかかった魔獣は『風』に耐性のあるウインド・ウルフがいるのだ。いかにシトリマの魔法が強力とはいえ、特定の属性を持つ魔獣にはその威力は大半は無効化されてしまう。
「なっ……!」
シトリマの魔法を直撃し、その場に崩れ落ちるワーウルフたち。だが、耐性を持つウインド・ウルフは多少のダメージを受けながらもそのままシトリマに襲いかかる。
「シトリマ!避けろっ!」
……そう叫ぶものの、既に遅かった。
次の瞬間には、シトリマの喉笛にウインド・ウルフの牙が喰らい付いていた。




