50話 ヤムの覚醒、そしてシトリマも才能を発揮する
話は、新人育成のクエストに出る少し前まで遡る。
「師匠……駄目です。私には魔法の才がありません。どうしても、師匠の様に剣撃に魔法を乗せ、それを放つ事が出来ません」
その日の特訓を終えようとしたその時、目に涙を浮かべ、震える声でヤムが言う。
「うーん……おかしいよなぁ……しっかり魔力を発動するための手順は見た感じ、きちんと出来ていると思うんだがなぁ……」
ヤムの一存で、数ある属性の中で『風』の魔力に絞って懸命に魔法の知識と技術を学ぶ事は割と早い内に決まっていた。
施設で入念に調べれば他にもヤムに適した属性はあったのかもしれないが、頑なにヤム自身が『風』の属性を学ぶ事に固執したからだ。
「世間知らずの私の鼻っ柱を叩き折り、正しき強さへの道へと導いてくださったあの時の師匠の技を、私は生涯忘れる事はありません。私も、師匠の様に魔力を使った剣技を身に付けたいです。……ですが、私は師匠の様に異なる属性を使い分ける事は出来ないと思います。なので、あの時の記憶を忘れないためにも属性を『風』に絞って学びたいと思うのです」
真剣な表情でそう話すヤム。確かにあれこれ下手に別の属性に手を出して器用貧乏になるよりは、ハキンスやテートの様に一つの属性に絞ってそれを極めた方がヤムには合っている様に思える。
先天性で向き不向きの属性があるにはあるのだが、自分がこれだと感じる属性を突き詰めるのは悪い事ではないと思ったため、ヤムの提案を受け入れ指導を行った。
「おかしいです……確かに師匠に言われた通りにしているのに、それを上手く放つ事が出来ません……」
そう言って俯いてしまうヤム。指導する自分から見ても、ヤムは真摯に自分にとって苦手な魔法の分野を真剣に学び、取り組んでいた。
純粋に剣の腕だけを極める者が大半を占める剣士クラスの中で、本来の講義やクエストの合間を縫って懸命に魔法の知識や応用技術を習得せんと励んでいた。それがどんなに大変な事であるかは一番近くで見ていた自分が誰よりも分かっている。
(……発動に至るまでの手順は間違ってねぇ。魔力を宿す過程も間違いなく正しい流れのはずだ。それなのにそれが出来ないっていうのは……って、これは……)
なおも自分の手を見つめているヤムを見て気付いた事があった。咄嗟にヤムの手を思わず両手でがしっと掴む。
「ひえっ!?ど、どうなされました師匠?さ、流石に初めてが野外では、私もいささか心の準備が……」
何やら意味の分からない事を言うヤムを無視して、ヤムの魔力が発動された手を見つめる。違う。魔力が発動していないのではない。
……普通ならば何もしなければ外に垂れ流れてゆくはずの魔力が、手から放たれたまま蓄積しているのだ。
「……ヤム、この状態を維持したまま剣を持ってみろ。ゆっくりでいいから。……お前、かなり化ける可能性があるぞ」
「えっ……?あっ、は、はいっ!」
慌ててヤムが両手に剣を掴む。その瞬間、ヤムの剣に風の魔力が宿る。傍目には気付きにくいが、それだけ高密度なのだ。しかも、通常ではあり得ないほどの量が。そこでようやくヤムも自身の状態に気付く。
「し、師匠……」
「……話は後だ。ヤム、そのままあの人形を切ってみろ。お前の普段の剣術で、な」
言われた通りに訓練用の人形に斬り掛かるヤム。ヤムの刃が人形に触れたその瞬間、爆風と同時に人形が吹き飛んだ。
「し……師匠、これは……」
信じられない、と言った表情でヤムが自分を見る。……どうやら、眠っていたヤムの才能がここで開花したようである。
(魔力を剣に宿し『放出』する才は無かったかもしれねぇ。その代わり、魔力を『維持』する才能はあったみてぇだな。……こりゃ、思ったより早く剣の腕ではヤムには追い抜かれちまうかもしれねぇな)
なおも訳が分からないといった状態でこちらを見て狼狽えるヤムを見て、嬉しさと驚きの気持ちが入り混じった感じでヤムを見つめた。
それからというものの、魔力の発動のタイミングや魔力を維持するためのコツをひたすらに練習させた。そして、今回の実戦でそれが見事に実を結んだという訳である。
「……師匠、やりました!私……私、上手くやれました!」
離れたオークに気付かれないように声のトーンを抑えているものの、実践で結果を出せた喜びを隠し切れない様子でヤムがこちらに戻ってくる。
「おぅ。思っていた以上に上手くいったな。その調子で魔力を剣に行き渡らせる感じを常に意識しろよ。多分、お前ならもっとスムーズに伝達出来るはずだからな」
そう自分が言うと、ヤムは顔を綻ばせる。
「はいっ!不肖ヤム=シャクシー、これからも精進いたしますっ!」
声を抑えつつも、力強くヤムがこちらに言う。
「そうだな。さて……よし、狙い通り群れの方には気付かれていねぇな。じゃあシトリマ。さっき言っていた様に、あっちへの先制攻撃はお前に任せて良いか?」
そうシトリマに言うと、頷きながらシトリマがこちらに近付きながら言葉を返す。
「はい。ではハインさん達は後ろで見ていてください。一撃で終わらせますので」
そう言ってシトリマが岩陰にいるオークの群れの方に向かって詠唱を唱え始める。
「……【風の精霊よ。汝の疾さを我に与えん】」
第一詠唱を唱えるシトリマ。どうやらシトリマの得意とする属性も『風』のようである。
「【我が魔力を糧として、風を放たん】」
第二詠唱を唱え、シトリマの両手に風の魔力が集まっていく。
「【汝の力をここに示せ、風よ、爆ぜよ】……『風爆破』!」
第三詠唱まで完璧に唱え終えた完全詠唱の風の魔法が、シトリマの手から放たれ球状となりオーク達へ向かって勢い良く放たれた。
「これは……私でも分かる程の魔力!……だが、狙いがずれている!あれではオークの群れにではなく、上の方へ向かってしまっている!」
シトリマの魔法に驚愕しつつも、放たれた球弾の向かう方向を見てヤムが言う。が、それを意に介さずといった感じでシトリマが言う。
「いえ。狙い通りです。これで終わりですので」
シトリマがそう言った直後、シトリマの放った球弾がオークの集まる岩場の頭上に炸裂する。その直後、轟音と共に岩肌が爆発四散し、爆風を巻き起こす。
「な……なんと……」
「す、凄いです……」
爆発と同時に巻き起こった土煙が収まった視界の先には、岩壁に炸裂した際に発生した風の刃と、それによって崩れ落ちた岩に飲み込まれ絶命したオーク達の姿があった。
その光景に驚いているヤムとルーツの横で、自分はまったく別の事を考えていた。
気付けば50話まで書けました。他の作家様に比べて遅筆な自分の作品にブクマ、評価を付けてくださる皆様に心から感謝しております。もう少し続くかと思いますがこれからもお読み頂けましたら幸いです。




