49話 クエスト出発、最初の対象と遭遇する
「はい。以上でお二人への説明は終わりです。ハインさんとヤムさんもお待たせいたしました。皆さんの無事をお祈りしております」
クエストの説明を聞き終えたシトリマとルーツが戻ってきたところに、受付のお姉さんが待っていた自分達へ声をかけてくる。
「ありがとうございます。よし、じゃあ支度も済んでいるし、さっそく向かうぞ」
そう言うと素直に後ろを付いてくる三人。先程の威圧があったためか、ヤムもシトリマも互いに思うことはありつつも自分の言葉に大人しく従っている。
(……ま、前途多難なのは承知で引き受けた案件だ。ゆっくりやるとしますかね)
その後の道中も最低限の会話の中、最初の標的がいると思われる場所へと向かった。一時間半ほど歩いたところで、岩場が多くなった辺りで無事に対象を発見した。
「……どうやらビンゴ、だな。見てみろ。あの岩陰の後ろ、オークの亜種だ。通常種より大分筋肉が発達しているな。普段のオークだと思って舐めてかかると痛い目を見る典型的なパターンだな」
豚と猪の中間の様な見た目をし、二足歩行で歩いているオークの群れを視界に捉える。こちらが連中を上から見ているため、今のところ向こうがこちらに気付いた様子はない。
「……どうします、師匠?先手必勝でこちらから仕掛けますか?幸い、群れといっても大した数ではありませんし、不意をつけばさほど脅威ではないと思いますが」
「……でも、あの密集具合なら、魔法を放って一発で吹き飛ばせば良くないですか?殲滅までは行かなくとも、確実に戦力の大半を削ぐ事は可能かと思いますけど」
ヤムの発言に続き、シトリマが冷静に言う。確かに、シトリマの才能が前評判通りであるならばそれも可能だろう。だが、ただそれだけでは駄目なのだ。
今回のクエストはただ単純に達成させるだけでは意味がない。達成することは当然として、このクエストを通して二人に成長を促す必要があるのだ。そして、二人とは別にもう一人、自分が成長を確かめたかったヤムへと声をかける。
「あぁ、それもありだな。……ただ、一網打尽にするには少し群れから離れた奴がいるな。ヤム、あの少し離れた奴をお前に任せていいか?極力音を立てず、あっちの群れに気付かれないようにな」
自分の言葉にヤムが頷きながら言う。
「はい、お任せください師匠」
ヤムがそう言ったのを確認し、ルーツの方へ向き直って声をかける。
「よし、決まりだな。じゃあルーツ、ヤムに身体能力の強化魔法をかけてくれるか?慌てなくて良いからな」
「はっ、はい!それでは……失礼します」
突然声をかけられて一瞬驚いたものの、即詠唱を唱え始めるルーツ。
「【疾き精霊よ。汝の疾さを我が命にて貸し与えん】……『速度強化』」
一瞬ヤムの体が光り、ヤムに精霊の加護が宿る。加護をかけられたヤムも驚いたようで、こちらを見て言う。
「これは……凄いです師匠。ルーツのこの魔力、プランと遜色ないレベルの強化です。驚きました。噂通り、お前は優秀なのだなルーツ」
「い、いえいえ!私なんてそんな……!今のは、ゆっくり詠唱を唱えられる余裕があったから出来ただけなので!」
褒められる事に慣れていないのか、恐縮しつつルーツが手をぶんぶんと振りながら言う。
「いや、見ただけで分かるぜ。お前きっと、かなりの高位クラスの魔法も使いこなせるよ。これを咄嗟に唱えられる様になれば、周りが放っておかないレベルの僧侶になれるぜ」
「そ……そうですか……ありがとうございます。……あ、ヤムさん、他の身体強化の魔法は必要でしょうか?『筋力強化』や、『防御強化』とかもお望みであればおかけしますが……」
おずおずとそう言うルーツに、ヤムがそれを手で制して言う。
「いや、その申し出はありがたいが今はこれで充分だ。あいつらを倒したら終わり、という訳ではないからな。魔力はこの後の戦闘に備えて温存しておいてくれ」
ヤムの言葉に自分も頷き、ヤムの方に振り返って言う。
「よし。じゃあ頼むぜヤム。お前ならそもそも強化が無くても大丈夫だったと思うが、これなら確実にやれるだろ?それじゃ早速、あいつを仕留めてくれ」
自分の言葉にヤムも力強く頷き言う。
「はい師匠。では……行きます!」
言うと同時にヤムが駆け出した。その速さにルーツはもちろん、シトリマも驚きの表情を浮かべる。
「嘘……!早いっ……!」
「なっ……!」
二人が驚愕している間に、音もなくヤムが瞬時に離れていたオーク亜種に忍び寄る。いくら魔力で強化されているとはいえ、それを加味しても二人には驚きの速度だったと見える。二人がそれを察する事が出来る技量の持ち主という事が分かり安心した。
「風よ!剣に宿れ!」
ヤムが叫ぶと同時、ヤムの両手に持った剣に風の魔力が込められる。その声にオークが反応するより先に、風の魔力が宿った剣をヤムがオークに振るう。
「『流転双斬』!」
次の瞬間、ヤムの右手の剣がオークの首を刎ね、左手の短剣が心臓の位置を的確に切り裂いていた。
「……嘘だろ。あのオーク、何も反応出来ていなかった。しかも、一瞬で片付けるって……」
「は……はい。動きを目で捉えるのがやっとでした。いえ……正確にはヤムさんの斬撃の軌道は見えませんでした」
二人が驚きながら声を漏らす。確かに、剣士クラスの腕前を目の当たりにすれば納得の反応だろう。
とはいえ、今目の当たりにしたヤムの動きは自分から見ても期待以上の動きであった。
その動きの一部始終を一人冷静に眺めつつ、今から少し前、ヤムの特訓に付き合っていた時の事を思い出していた。




