48話 ハイン、少しだけ過去の威厳を示す
「さて、三人とも支度は済んだか?それじゃ、シトリマとルーツは初のクエストだからこれから説明と注意点を聞かなきゃいけねぇし、早速向かうとしようぜ」
受付を済ませ、待機していた三人に声をかける。近くに集まっているとはいえ、それぞれ微妙に距離が空いているのが気になるところではあるのだが。
「……結局、クエストは指定区域内に発生する魔獣の複数討伐、ですか?面倒だし、やっぱり適当に指定の魔獣の単体討伐の方が早く終わって良かったんじゃないですか?」
話し合いの末に受注クエストが決まってからも不服げに言うシトリマの態度に、苛立ちを全く隠さずにヤムが言葉を返す。
「ふん。初クエストで必要な素材を話し合った時、欲しい素材を誰よりも頑なにこだわったのはどこのどいつだったかな。折衷案で各自必要な素材が手に入りやすいという事で今回のクエストにしたというのに。まったく、その若さで物忘れが酷いのは問題だな」
「……はぁ?」
怒りの表情を浮かべてシトリマが顔を上げる。ヤムも負けじとシトリマから目線を逸らさず睨み合う。そんな二人を見てどうしてよいか分からずにおろおろするルーツ。
このままでは埒が明かない。このままではクエストに向かう以前の問題である。
……仕方ない。少しだけ昔の雰囲気を出す事にしよう。ほんの少しだけ。
「……いい加減にしろ、ヤム。それにシトリマもだ。無理に仲良くしろとは言わないが、一つの目的に向かい行動する中で、共闘する事の重要性を理解しろ。何でも自分の言い分が通ると思うな。生半可な気持ちで特級隊士、そして冒険者になれると思うな。……分かったか?」
話すこちらの空気が変わったのを瞬時に悟ったのか、二人がびくりと反応する。
二人がそうなるのも無理もない。一応これでも自分は数々の修羅場を潜り抜け、魔王を最後の最後まで追い詰めた勇者である。
姿形と年齢こそ当時に戻ったものの、およそ二十五年の月日で培った経験の闘気を込めた一言は二人にはもちろん、後ろのルーツにも伝わったようだ。
「……はい。分かりました。早速、自分達はこれから説明を受けてくるので、すぐにクエストに向かいましょう」
「はっ……はい!自分もすみませんでした師匠!以後、気を付けますっ!」
思っていた以上に効果があったようで何よりだ。とはいえあまり多用したくはないが、今後二人の手綱を握るには必要かもしれない。
「分かれば良い。……さ、クエストの説明を受けに行くぞ。シトリマとルーツは今のうちにしっかり聞いておけよ。今後の自分たちに関わる重要な事だからな」
そう言って扇動するように歩き出す。慌てて着いてくる三人だが、ルーツがおずおずとこちらに近寄り小声で話しかけてくる。
「す、凄いですねハインさん。先程ハインさんが声を発した瞬間、その、何か……。とてつもなく目上の方から言われている様な雰囲気が感じられました。後ろで聞いていただけの私ですら、背筋が張り詰める感じになりました」
……確かに、言ってみれば四十路のおっさんが十代に説教するのと変わらないもんだからな。
「……そう見えたか?まぁ、これでも多少の場数は踏んでいるからな」
ルーツの言葉を適当にはぐらかし、受付へと向かった。
「……師匠、先程は誠に申し訳ありませんでした」
シトリマとルーツが受付でかつてのイスタハと同じように、初クエストに向かう際の注意事項をお姉さんから聞いている最中にヤムがおずおずと自分に話しかけてきた。先程の自分の言葉がだいぶ堪えているようである。ヤムに言葉を返す前に、二人の様子を見てみる。
「なるほど……決して無理はせず、難しいと思った時は『リタイア』を選択することも大事……、っと」
「了解です。例えばですが、救援がすぐに駆けつけられる場合と、そうでない場合の違いをもう少し詳しく聞いても良いですか?」
ルーツはクエストに向かうにあたっての注意点の話を懸命にメモに取りながら聞いているし、シトリマも先程までとは違い、お姉さんの話を真剣に聞きながら質問しているようだ。
ちなみにその間自分たちはというと、今回は通常のクエストと異なり指導役にあたるため、クエストの説明は免除されているので二人の確認待ちという形である。
「……あぁ、分かってくれればもう良いよ。そんなに引きずるな。ただ、お前も最初の頃はあんな感じだっただろ?ある程度早いうちから自分の強さや才能を自覚して、過信してしまうのは珍しい訳じゃない。それに、自分が強いと思うのは決して悪い事だけじゃない。分かったならクエストで示してくれよ。頼んだぜ、ヤム」
「はっ……はい!不肖ヤム=シャクシー、今後は師匠の言い付けを守り、その命を全力で果たします!」
……ヤムの態度を見て、少しやり過ぎたかなと思わなくもないが、ヤムの方はこれで多少抑えることが出来ただろう。願わくはあっちの二人もクエスト内でどうにか一皮剥けるきっかけを掴めれば良いのだが。
(……ともあれ、クエストの成功は当然として、その道中の間であの二人の成長のきっかけを何とかして見つけてやらねぇとな)
なおも受付のお姉さんに質問を続ける二人を遠目に眺めつつ、一人胸中でつぶやいた。




