46話 ハイン、新たな試みに挑戦する
ルビークの一件があって、しばらくは大きな波乱もなく平穏な日々をそれぞれ過ごしていた。
その後、相変わらず四人でクエストをこなしたり、時にはルビークを加えて二組に分かれて目当ての素材のクエストに行くようになり、着実に実績を積み上げていった。
「よし、これでまた一つクリアだな。順調順調」
イスタハ達四人が共通で欲しい素材があるとのことなので、それならばと自分はAランクのソロクエストを受注し、問題なく無事に達成して戻ってきたばかりであった。
「お疲れ様ですハインさん。今回も無事に戻ってきてくれて何よりです」
受付のお姉さんが返却したペンダントを受け取りながらこちらに声をかけてくる。
「ありがとうございます。はい、今回は特にスムーズに行けたと思います」
ターゲットの魔獣が『炎』を苦手としていたのと、クエストに出て早々に相手の根城を発見出来たこともあり、今回はかなりの早さでクエストを達成出来た。
素材も報酬もそこそこに良い感じだったため、武器の相談がてらタースの工房に行って一杯ひっかけようかと思っていたところにお姉さんから再び声をかけられる。
「……あの、ハインさん。これは相談なのですが……『新人育成』に参加してみる気はございませんか?」
お姉さんの言葉に、そういえばそんな制度もあった事を思い出す。
新人育成。正式な名称は『新人隊士育成指導』。
ほとんどの隊士は晴れて上級になると同時に、自身でクエストを自分の腕前と相談して受注する。まずは簡単な任務をこなしていき実績と経験を積んでいく。そうやって徐々にクリア回数を積み上げ、上のランクを目指していくのが普通である。
だが、中には上級に上がりたての面子の中でも飛び抜けて優秀な者、既に中級の頃から注目されていた突出した才能を持っている者も現れる。
そういった将来有能な新人を最初の頃にパーティーを組みクエストを共にしながら指南、指導してより効率的に育成していく。それが『新人育成』である。
「あー……育成ですか。自分には向いてないとは思いますけどねぇ……」
二十五年前、特級に上がってから自分にもそんな声がかかった事はあった。だが当時の自分は新人に目をかけるような余裕もなく、クラスメイトが評価の為に何度か新人育成に参加しているのを目にしたが、大半はクエストを終えると愚痴や不満を口にした。
「最悪だったぜ、ハイン!あいつら、目上の人間を尊敬する気は微塵もないし、指示は聞かずに勝手に動くし……評価査定のノルマが無ければ二度とごめんだぜ!」
クエストから戻って早々に愚痴に付き合わされた事を思い出す。
自分も人の事は言えないが、腕前や才能の前では年齢は関係ない、入隊や生まれた年が早いだけで先輩面するな、と思う連中がある程度いるのは仕方ない。ましてや優秀と評される連中なら尚更だ。
そういった事もあり、当時は自身の成績と実績が良かったため自分は一度も新人育成には参加することはなかった。
(確かに、今の自分の成績ならこのままでも昔よりはるかに早く特級を目指す事は出来る。新人を帯同するクエストの時点で、難易度的にも素材的にも旨みはない。だが……)
辞退を口にする前にふと考える。教官達の心象や評価のプラスになるという下心的なものはもちろんある。だが、それよりも当時の自分では考えもしなかった思いが頭に浮かぶ。
(……この新人育成で、また新しい仲間やそうでなくても、将来有望な隊士を導くきっかけになるかもしれねぇよな)
将来共に旅立つ仲間、とまではいかなくても、魔王を倒す為に優秀な隊士は一人でも多い事に越した事はない。
もしも、自分より下の世代にそんな奴がいれば。自分の知識や経験を伝え、彼らの才能を伸ばしたり、若さゆえの驕りを早いうちに修正するきっかけとなれば。
(魔王に挑み、ついに魔王を追い詰めたあの時、俺は決して一人ではなかった。だが、心から信頼し背中を預けたり、共に肩を並べて戦えるに値する仲間という存在は少なかった)
無論、そんな相手を一度や二度の参加で見つけられる事の方が稀であることは充分理解している。だが、普通の人生ではありえない体験を既にしている自分としては、試せることは何でもしてみるべきだと思った。
「……分かりました。即決は出来ませんが、少し検討させてください。どんな隊士が候補生に挙がっているのかや、その隊士の人柄とかも事前に知っておきたいので」
そう自分が言うと、受付のお姉さんが意外そうな表情を浮かべるものの、嬉しそうに言う。
「本当ですか?駄目もとでハインさんにお願いしてみて良かったです。本来ならば特級の隊士の方に声をかけるのですが、プランさんを始め、ハインさんが参加されたクエストに同行された方々は口々にハインさんを賞賛されるので。お引き受け頂けたらとても助かります」
不満を持つ人はそれを口に出さずに飲み込んでいるだけではないかな、と内心苦笑しつつも、そんな声がプラン達以外からもあったことには悪い気がしなかった。
「どうなんですかね……まぁでも、ありがとうございます。それでは、隊士の候補がリストになったら一度見せてください」
自分の言葉に受付のお姉さんが早急に手配する、との返事を聞いたところでその場を後にしようとしたところでふと思いとどまり立ち止まる。
「あぁ、すみません。もし、育成が正式に決まればの話なんですが……」
自分のその場で思いついた内容を、受付のお姉さんにそのまま伝える。
かくして、数日間の準備期間を設け、自身としても初の新人育成に臨むこととなった。




