42話 ハイン一同、戦闘開始
「……え?どういう事ですか?」
ぽかんとしているルビークに、テートが再び声をかける。
「うむ。要はここにより新鮮な獲物を用意すれば、自然と向こうからこちらにやってくるという訳だ。ルビーク、そのスリングショットであのワイバーンを狙えるか?仕留められなくても良い。一瞬動きを止めるだけで構わん」
そう言われ、まだ意図を把握出来ていないものの、頷きながらルビークが答える。
「は、はい。仕留めるのは難しいですが、動きを止める事ぐらいであれば可能です。……では、早速準備します」
そう言ってスリングショットを取り出し、辺りに転がっている石を数個手に拾う。
「それでは……いきます。お二人はその場から動かないでいてください。ワイバーンがあの肉を狙いに来た瞬間を狙います。確実に命中させますので、動きを止めたその後はお願いします」
そう言って石をスリングショットに挟み、狙いを付けるルビーク。空気がぴんと張り詰めるのが分かった。
(……うん、やるなこいつ。かなり優秀な射手だな。ここは手出しせず、お手並み拝見といこうか)
最悪、動きを止める程度で良いならば万一ルビークが狙いを外したとしても、詠唱を簡略して魔法を放てば上空に飛び上がる前に当てるぐらいは自分でも可能だろう。そう思いルビークの動作を見守る。
同時に、空中を旋回していたワイバーンが突如体勢を変え、腐肉に向かって滑空してきた。
「……ふっ!」
ワイバーンの爪が肉を掴もうとしたその瞬間、ルビークの放った石がワイバーンの翼へ見事に炸裂する。仕留めるとまではいかなくとも、翼を貫かれたワイバーンはその場で一瞬体勢を崩した。
「見事だ、ルビーク!あとは任せろっ!」
そう叫ぶと同時、テートがワイバーンに駆け出す。
「……駄目ですっ!おそらくあの程度の傷ではまだ飛行は可能かと!」
そう叫ぶルビークの横に立ち、声をかける。
「大丈夫だよ。動きが止まれば充分だ」
自分がそう言っている間に、テートは駆け出しながら鞘から長剣を抜いていた。
「舞えよ燕!『飛燕』!」
テートの長剣から繰り出される雷を纏った斬撃が、ワイバーンの首を翼ごと斬り落とした。一瞬遅れて落下した胴体から勢いよく血が流れ出す。
「嘘……あのワイバーンを一刀で……」
目の前の光景に、ルビークが呆然としている。
長剣をその長身で勢いのまま振りかざす一撃。身も蓋もなく言ってしまえばそれだけの技なのだが、『雷』の魔力がふんだんに込められた斬撃は、その威力と斬れ味をとてつもないものにしていた。
「まぁ、初めて見たらそうなるわな。あの長剣を軽々と振り回せるだけでも凄いのに、あの威力だからな。剣士クラスでも中々出来る芸当じゃねぇからな」
そんな事を話していると、剣をしまったテートがこちらに向かって来た。
「うむ。無駄に苦しめる事なく仕留められただろう。さぁ、あの血の流れる量なら、すぐに周囲に血の匂いが広がるだろう」
テートの言う通り、切り裂かれたワイバーンの断面からは今も血が流れ続けている。自分たちですら周りに広がる血の匂いを感じる。これなら魔獣もすぐに感づく事だろう。そう思った次の瞬間、テートが口を開いた。
「……どうやら、狙い通りの展開になりそうだぞ。ハイン、ルビーク。油断するなよ」
テートがそう言うと同時、殺気を感じ背筋がぞくりとした。
「来るぞっ!」
そう言うと同時に、森の奥から何かが飛び出してきた。
「……ルビーク。俺から離れるなよ。もし距離を置かなきゃいけない状況になったら、まず自分の安全を第一に考えろ。援護や牽制は出来る範囲で良い。いいな?」
剣を抜き、ルビークを庇う様に前に立つ。ルビークが無言で頷いたのを確認し、飛び出してきた相手を改めて確認する。
そこには、ルビークの言った通り、通常種とは明らかに違う毛色をしたアウルベアの姿があった。
「成る程。確かに見た事のない色のアウルベアだ。それにあの爪。明らかに通常種とは違う異質な存在だな」
テートの言葉に警戒を解かずにアウルベアの姿を確認する。確かに毛並みの色は赤紫色をしており、爪の形状も熊のそれとは違い、鋭く禍々しい形状をしている。
正直、ルビークの受けた傷はかなりのものではあったが、あれで済んだのが奇跡といえるレベルではないかと思えるくらいの鋭さである。
(……接近戦は危険だな。ルビークを庇いながらは難しい。さて、どう仕掛ける?)
唸り声を上げながらアウルベアがこちらに狙いを定める。餌よりもまずは目の前にいる自分たちの排除を優先したのだろう。
(数の上での不利は向こうも承知。なら、コイツがまず狙うのは……)
そう思ったと同時、アウルベアがこちら、というか自分の後ろにいるルビークを狙って飛び掛かってきた。
「おっ……と!」
ルビークを庇う形で前に飛び出し、振りかざす爪の一撃を剣で受け止める。
……予想よりも早い。そして重い。通常のアウルベアよりもかなり筋力が発達しているようだ。受け止めた爪を勢いを付けて剣を押し上げ弾き返す。
「……このっ!」
間違いなくこのアウルベア、通常種よりも早いうえに強い。……単純故に逆に厄介だ。
追撃に備えて構えようとするが、それより早く向こうが先に再度攻撃を仕掛けてきた。
(早いっ!……くそっ、体勢が悪い!)
回避しようとするが、先に向こうの爪がこちらに襲い掛かる。……が、その爪が自分に振り下ろされる前にテートの剣がそれを受け止めていた。
「おっと。お前の相手はこの俺だ。さぁ、良い勝負をしようではないか」
アウルベアの爪を長剣で器用に受け止めたまま、テートがつぶやいた。




