41話 ハイン一同、いざ現場へ
「……よし。じゃあアウルベアの討伐に向かうって事は決定な訳だな。ルビーク、傷はもう大丈夫だとは思うがいけるか?あと、弓を壊されたってのは聞いたが、何か他に手持ちの武器はあるか?」
そう自分が尋ねると、ルビークは頷きながら答えた。
「はい。おかげさまで怪我の方はもう大丈夫です。武器ですが……携帯式のスリングショットがあります。あとは、手投げナイフが数本といったところでしょうか」
そう言ってジャケットの内側に仕込まれたナイフを見せるルビーク。射手クラスだけあって、メインの武器に加えて携帯用の遠距離武器は常備しているようだ。
「オーケー。全くの空手で挑むっていう事態は避けられる訳だな。ちょっとそいつを見せてくれるか?」
自分の言葉にナイフの一本を差し出すルビーク。それを受け取り眺める。
「うん。中々上等なナイフだな。弓ほどの威力は無くても充分な殺傷能力が出せそうだな」
そう言ってルビークにナイフを返して、テートの方に向き直して声をかける。
「で、具体的にどうやって戦う?ルビークの傷から見るに、かなり鋭い爪だ。接近戦でやり合うのはかなりリスクが高いぞ」
先程までぐしゃぐしゃだった顔をタオルで拭い、いつもの表情に戻ったテートが長身の剣に手をかけながら答える。
「うむ!俺も細かい頭脳戦は出来ない訳では無いが、はっきり言って向かん!真っ向勝負で戦うのが楽で良い!細かい戦略はハイン、お前に任せる。前線には俺が立とう!二人はサポートや後方支援を頼む!」
そう言って腕組みをして言い放つテート。体のいい事を言っているが、要はこっちに投げっぱなしという事だ。
「俺も本当はそっちの方が得意なんだがな……まぁ、それは良いさ。じゃ、対峙するのはテート、後方はルビーク、俺は状況に応じて対応って感じだな。よし、じゃあひとまずルビークの襲われた場所まで戻ろうぜ」
そうして、三人でルビークの襲撃された場所へひとまず戻る事となった。
「大丈夫かルビーク?傷は塞がったかもしれねぇが、疲労が消えた訳じゃないからな。あと、傷跡が残ると悪いから、戻ったらちゃんと見て貰えよ」
歩きながらルビークに声をかける。年上というのは分かっているが、気にしていないのか慣れているのか、逆に敬語で話してくるためついついタメ口で話してしまう。テートは相変わらず前方をぐいぐい突き進んでいるため、自分がルビークの様子を伺いながら戻っている最中である。
「はい、ありがとうございますハインさん。クエストを無事に終えたらそうさせていただきます。本当に……貴方のお陰で救われました」
そう言ってこちらを見ながらやはり敬語で言葉を返してくるルビーク。目的地に近付いて来たのか、表情には若干警戒と恐れの色が浮かんでいる。
「それはもう気にしなくて良いって。それより、アウルベアが亜種だって言っていたよな。通常のアウルベアとどんな違いがあったか、思い出せる範囲で良いから教えてくれ」
歩みを止めずにルビークに尋ねる。アウルベアに限らず、亜種や変異種と称される存在は未だデータとしては不十分な物が多く、対処が難しい存在なのだ。
極端な話、本来なら水が弱点のはずの魔物が亜種になると氷のブレスを使い、逆に炎に弱いという事例も存在する。それらの調査や研究の為の研究施設も存在するし、その道へと進む隊士がいるくらいである。
「そうですね……ハインさんたちはどうか分かりませんが、私は初めて見るアウルベアでした。通常のアウルベアは茶色の毛並みのはずですが、私が見たのは赤紫の毛並みでした。爪も普通なら熊と大差ないはずですが、まるで鉤爪のような形状の爪でした」
言いながら自分の胸元に手を当てるルビーク。なるほど、確かにあの傷跡からすると鉤爪と言われればしっくりくる。それならペンダントを鎖ごと引きちぎられるのも合点がいく。
「……いや。俺もそんなアウルベアは見た事ねぇな。声をかけると面倒臭ぇからやめとくけど、おそらくテートもそうだと思う。となると、どんな攻撃が有効かは対峙してから確かめる必要があるな」
アウルベアに限らず、魔獣の類は基本的に炎を本能的に恐れる傾向にある。初見の魔獣と相対する際はひとまず炎系で対処すべし、と施設で最初に教わるくらいである。
ちなみに、自分が『炎』を得意とするのは当時これを聞いたからだというのもあったが、単純に他の属性よりも格好良いという理由だった。何となく炎系という響きが他の属性より魅力的に感じたのだ。
……イスタハあたりに話したらため息をつかれそうな理由なため、話す事はないが今でも正直そう思っている。元来、男っていうのはそういうものなのだ。
「……では、やはり新種、もしくは未発見のパターンになるという事ですね」
そんな事を思っていると横でルビークがぼそっとつぶやく。自分も頷き言葉を続ける。
「だな。違うにしろ限りなくデータが少ないのは間違いないから、素材や生態に関してはかなり評価が加えられると思うぜ。……おっ、どうやら着いたみてぇだな」
視界が開け、広い野原に到着する。ルビークの物と思われる壊れた弓の残骸と野営の跡、そしてルビークが仕留めたワイバーンの亡骸が遠目からでも確認出来た。
「……かなり乱暴に食い荒らされているな。大型だったのが幸いしたな。食い出があったおかげで逃走する時間が取れたから良かったものの、そうでなければすぐさま追いかけられていたかもしれないな」
一足先に亡骸を確認したテートが淡々と言う。その言葉にルビークがまたぶるっと震えている。
「だな。目の前に動かない新鮮な獲物があったのと、ルビークが即座に逃走の判断を取れたのが良かったよ」
ルビークの弓の残骸を拾い上げ、ルビークの前に持っていく。
「……やはり、使い物になりませんね。直すにしろ、とてもこの場で修理出来るような道具も技術も私にはありませんし」
そう言って壊れた弓を見て肩を落とすルビーク。弓は専門外のためよく分からないが、それなりに手を掛けた愛着のある物だったのだろう。
「まぁ、矢筒だけでも回収しておけよ。壊れた弓も、端材やパーツが再利用出来るかもしれねぇしさ」
自分の言葉に頷き、道具を回収するルビーク。その間に死体を入念に確認していたテートがこちらに戻ってくる。
「で、どうする?そう遠くへは動いてねぇと思うが、どうやってまたこちらにおびき寄せるつもりだ?」
そうテートに尋ねると、テートがワイバーンの亡骸を指差しながら言う。
「うむ。腐敗が始まっているが、まだ食いどころがある形で肉が残してあった。他で新鮮な獲物を見つけていれば話は別だが、おそらくこれを意図的に残したのだと思う。もし、ここに更に新たな食材が加われば、ほぼ確実にこちらに駆け付ける事だろう」
そう言ってテートは何かに気付き、上空を見上げて言う。
「うむ。ついているぞ、ルビーク。やはり、今回のクエストは成功する予感がするな」
テートの言葉に釣られて見上げた先には、仲間の腐肉の匂いを嗅ぎつけたと思われるワイバーンが上空を旋回していた。




