40話 ハイン、テートと共にルビークの独白を聞く
「いやいや……正気かテート?治療したとはいえ、ルビークは命に関わる怪我を負った訳だし、ここは安全を優先して帰還した方が良くねぇか?」
自分の言葉にルビークも驚いたように同調する。
「そ、そうです。それに、私も先程の戦闘で弓を破壊されてしまいましたし、ほとんどお役に立てないかと……」
だが、その言葉を聞いてもテートは一歩も引かない。
「いや!このまま帰還したのではルビークのクエストは失敗扱いになる。だが『乱入者』の討伐、もしくは撃退に成功すれば話は別だ。別条件での達成扱いとなるからな」
そう言いながら、ルビークのほうをちらりと見てテートは言葉を続けた。
「何より、彼女にとって上級に上がりたての記念すべき初クエストだ!どうせなら成功させてやりたいではないか!ソロでの受注ではあるが、緊急の際は臨時でパーティーを組む事は許されているからな!」
……確かに、クエストをソロで受注したものの、このような緊急事態に発展した場合は目的が変わるため、クエストの内容は変更になるが『乱入者』の討伐、あるいは撃退に成功した際はパーティーを急遽組んでの達成だとしても成功扱いとなる。
当然、素材目当てで本来のクエストを受けていた際は全く別物のクエストとなるため、二度手間になるのを嫌う者は『乱入者』の出現を報告するに留め、本来のクエストを遂行するか素直にリタイアしてクエストを受け直す隊士が大半であった。
「……ルビーク、こいつはこう言っているが、お前はどうしたい?」
発見が早かった事も幸いし、傷がほぼ完全に癒えた様子のルビークを見て尋ねる。
「……お二人が、もしよろしければの話ですが……クエスト達成のため、ご協力いただきたいです。お二人に助けていただいただけでも本来ならありがたい事なのですが、出来れば……クエストの失敗という履歴を残したくないのです」
立ち上がったルビークが、こちらを真っ直ぐ見つめて言った。
「理由を聞いても良いか?正直、一度や二度のクエスト失敗ぐらい、教官連中は大して気にしないと思うんだが。多少は査定に関わるとはいえ、施設を出るまでに失敗の回数がゼロを保てる隊士の方が少数だと思うからさ」
ルビークのクエスト失敗への拘りが異様に思えたため質問する。こちらの問いにルビークがぽつりぽつりと話し始める。
「……私、見た目からは信じて貰えないかと思いますが、来年で十九歳なのです。一部の例外を除き、隊士は階級に関わらず二十歳には施設を出て冒険者となる決まりです。ですが、二十歳までに特級に到達して施設を出れば、かなりの恩恵を得られた状態で出る事が出来ます。なので、限られた残りの時間で特級に上がるためには極力失敗の記録を残したくないのです……」
正直、かなり意外であった。背格好からして見た目からは年上には見えない……というか、どう見ても年下にしか見えないルビークの告白に正直驚いていた。
「お二人の反応も無理ないと思います。私、年相応に見られた事はありませんので……ですが、私は施設を出たら討伐隊ではなく、遊撃隊に入りたいのです。魔王の討伐ではなく、魔王の配下の襲撃から街や村を守り撃退する隊士です」
遊撃隊。厳密に言えば本来の『魔王討伐隊』の細分化した中の部隊の一つだ。
全ての隊士が魔王討伐に向かう訳ではなく、魔王やその配下が襲う街や村の護衛や撃退を主な任務とする隊士である。
「珍しいな。自ら遊撃隊を志願するって奴は。名誉や実入りを求める連中からは敬遠されるし、見向きもされないってのに」
名前の通り、遊撃隊は堅守的な役割がメインのため、どちらかと言えば裏方、悪く言えば地味なイメージがある。
そのため、魔王討伐という名誉を求める討伐隊や、冒険者としての役割も兼ねた探索隊を希望する者が大半を占める中で、遊撃隊を自ら志願するルビークのような存在は珍しかった。
自分達の反応が伝わったのだろう。ルビークが話し始める。
「……私の故郷は、小さな田舎の村でした。ある日、突然訪れた魔王の配下にあっという間に滅ぼされてしまいました。何とか生き延びたのは、私を含めてほんの数人でした。家族の中で生き残ったのは私一人。父も母も、まだ小さかった妹も殺されました。私の様な思いをさせたくない。ですが、似たような村が世界には沢山あります」
当時を思い出したのか、目にうっすらと涙を浮かべるルビーク。それを堪えるようになおも会話を続ける。
「どんなに願っても、私の故郷や家族はもうありません。ですが、私の様な人をこれ以上増やさないためにも、私は自分の希望と権限を最大限に行使出来る状態で施設を旅立てるようにしたいのです」
そう言い終えて、ルビークは目頭を拭った。
「……なるほどな。理由は分かったよ。了解だ。それじゃ、準備を済ませて早速移動しようぜ。ひとまず、ワイバーンを仕留めた場所まで戻ろう。そこから、そいつがどこに移動したか調べる事にしようぜ」
自分の言葉にルビークが驚いたように顔を見上げる。
「え……よ、よろしいのですか?本当に。自分でも身勝手なお願いだとは思いますが……」
ルビークの言葉に頭を掻きながら答える。
「まぁな。でもよ、そんな話聞いたら手伝わない訳にはいかねぇだろ。……ていうか、俺がノーって言ったところでコイツがもう止まらねぇよ」
そう言って無言で肩を震わせているテートを指差す。
ルビークの話を聞いている途中から予想はしていたが、肩を震わせ声を押し殺して号泣しているテートの姿がそこにあった。勢い良く涙を拭い、ルビークに駆け寄ったかと思えば、がしっとルビークの手を掴む。
「ひっ!?」
突然の事に思わずルビークが声を上げる。無理もない。拭った先からとめどなく涙と鼻水を流し続ける長身の男にいきなり手を掴まれたのだから。そんなルビークの動揺をまったく意に介さずにテートが捲し立てる。
「……感動した!感動したぞ、ルビーク!そのような気高い志!お前のような気持ちで上を目指す隊士がどれだけいることか!情けない連中に、お前の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいだ!」
その後もルビークの手を握ったままぶんぶん振りながら、さらに感極まったのか何やらずっと叫び続けている。
「あ……あの、ハインさん……私、どうしたらよろしいのでしょうか……」
ただでさえ長身のテートに思い切り手を振られ続けているものだから、小柄なルビークは体を振り回された状態で困惑しながらもこちらに尋ねてくる。
「……悪いなルビーク。すぐに収まるだろうから、もう少しそのまま辛抱してくれ。ま、俺達二人とも、お前に協力するって事で決まりってことさ」
かくして、急遽三人で臨時パーティーを組む事となり、『乱入者』であるアウルベアの討伐を目指す事となった。




