39話 ハイン、緊急要請に応ずる
「くそっ!足場が悪いな……急がねぇと!」
狼煙の方向へと駆け出すものの、岩場や急斜面の道が多く、思ったよりも迂回して進まざるを得ない形になる。
(狼煙を見て向かってから……およそ三十分、ってところか。狼煙を上げる余裕があったとして、そいつがそこにずっと滞在出来ている保証はねぇ。最悪、その周りも探す必要がある)
狼煙を上げる事が出来たという事は、少なくとも死んではいないという事だ。ただ、何らかの事情でリタイアが不可能になり、自力での帰還が困難である事は間違いない。もしかしたら負傷している可能性も大いにありえる。
「ペンダントを紛失したか、戦闘の際に奪われるか壊されたってところか。何とかその場を離れて狼煙を上げたと……無事なら良いんだが」
そんな風につぶやきながらも足を止めずに駆け出す。狼煙はまだ上がっているが、大分煙が弱くなっているように見える。
(……大分近くなってきたな。もう少しだ)
そうつぶやき、再度駆け出したその時だった。
「ハインっ!」
物陰から飛び出してきたのはテートだった。
「テートか!お前もあの狼煙を見たのか?」
自分の言葉にテートが頷く。
「うむ!こちらも任務を達成し、あとは戻るだけというところだったのだが、そこであの狼煙を見て駆け付けたという訳だ!」
そう言って左手に持つ革袋を掲げるテート。
「流石だな。亜種の群れをあっさり片付けるなんて。……だが、その割には袋が小さくねぇか?」
そう言うとテートが豪快に笑いながら言う。
「うむ!必要素材としては爪があれば充分だからな!本当は高値が付きやすい首もかなりの数を落としたが、駆け付けるのに邪魔になるので最低限の量を残して置いてきた!」
……こういうところがコイツを嫌いになれない理由である。
他人の為に平気で自分の得を捨てる事が出来、それを苦とも思わない奴なのだ。
「了解だ。ひとまず狼煙の元へ向かおう。もう近くまで来ているはずだ」
自分の言葉にテートも頷き、二人で狼煙の元へと駆け出す。
(……そろそろ、狼煙の場所へ辿り着くはずだ。避難中に狼煙を上げて近くで隠れているか、安全な場所で狼煙を上げたのか……どっちだ?)
そうこうしているうちに、ようやく狼煙の場所へと辿り着いた。
狼煙は既に消えかけており、周りに人影は見当たらなかった。
(どうする?声を上げて呼び掛けるか?それともこのまま、無言で近くを探索すべきか?)
頭の中で自問自答していると、間髪入れずテートが大声を上げた。
「おーい!誰かいるか!いるなら応えてくれ!こちらは勇者クラス、テート!テート=フィンだ!隣にいるのはハイン=ディアンだ!魔物に襲われたのなら心配ない!我々が助けに来た!」
こちらが悩むより先に、大声を上げ続けるテート。こちらが一瞬でも悩んだのが馬鹿馬鹿しくなる。
「お前なぁ……相手が隠れていたらどうすんだよ?そもそも、狼煙を上げた奴が声を出せる状況かも分からねぇだろ」
そう言うものの、テートは意にも介さず言う。
「なに、構わんだろう?そもそも、まず我々が駆け付けた事を狼煙の主に伝える事が優先だ。声を出せないほどの深手を負っている可能性もあるがな。それに、仮に魔獣や魔物の類に襲われているならば、連中の注意が少しでも我々に向かうならそれに越したことはない!」
……確かに。まずは救援が来た事を相手に迅速に伝え、今か今かと救援を待つ相手の不安を軽減。続いて声が出せない状況でない事を確認。加えて、今この場に自分達以外の誰かがいる事を明確に隊士と魔獣達の類双方に知らせる事が出来る訳だ。
即断即決でその判断を下せるテートに、やはり首席の実力は伊達ではないと改めて思い知らされる。
「……そうだな。お前の言う通りだよ、テート。よし、じゃあこの辺りを中心に、手分けして声かけしてみようぜ」
気持ちを切り替え、テートと二手に分かれ交互に声を上げ続ける。
「おーい!誰かいないか!救援だ!緊急要請の狼煙確認!こちらは勇者クラス、ハイン=ディアン!声は出せるか!おーい!」
反対側の方向では自分と同じ様に、声を出し続けているテートの声が聞こえる。もし救援の主が近くにいれば、自分はともかくテートの声は確実に聞こえていることだろう。
「こっち……!こっちです!ここです!」
叫ぶ自分の声を遮るように、物陰から声が聞こえてきた。慌ててその場で声を上げる。
「……!テート!こっちだ!ここにいる!」
声を張り上げ叫ぶと、声の元へ急いで駆け寄る。
「大丈夫か!……っつ、酷いな。動けるか?」
岩陰の隙間に隠れるように横たわる隊士の姿を見つける。見ただけで分かるほど、肩から胸元にかけてざっくりと傷跡が付いており、血が流れている。かなりの血を流したようで顔色が悪い。取り急ぎ支給品の薬と包帯で止血処理を施しながら声をかける。
「あっ……だ、大丈夫です……駆けつけていただき、ありがとうございます」
返事を返せる余裕があるようで安心する。そうこうしているうちにテートもこちらに駆けつけてきた。
「君!大丈夫か!……うむ、命に別状はないようだな。ハイン、彼女に回復魔法をかけてやってくれ。おそらく、俺よりもお前のほうが上手く唱えられるだろう」
テートの言葉に頷き、まずはこの隊士に回復魔法をかけることにする。
「了解だ。それじゃ、早速いくぜ。……【癒しの精霊よ。汝の施しを我に与えん】『回復』」
包帯越しの傷口に手を当て、魔法を唱える。傷口付近の細胞組織の修復を促進させて傷口を塞いでいく。過去の事もあり、僧侶クラスのプランには及ばないが当時と違い、回復魔法を真剣に学んでいた事がここで活かされた。ゆっくりとではあるが、傷口が塞がっていくのが包帯を上からでも伝わってくる。
「流石だな、ハイン。俺も使えない訳ではないが、やはり回復魔法に関してはお前の方が上手だ。……さて、傷は徐々に癒えていくはずだ。まずは君の名前とクラスを教えて貰えるか?」
テートの言葉に彼女が頷く。手当てに夢中で気にも留めていなかったが、隊士は女性であった。
「は、はい。私はルビーク。射手クラス上級、ルビーク=カダヒです。狼煙に気付いていただき、ありがとうございました」
そう言ってルビークはこちらに向かって頭を下げる。
「了解。俺は勇者クラス上級、ハイン=ディアン。そっちは同じく勇者クラス特級、テート=フィンだ。よろしくな。それでルビーク、どうしてこうなったかを聞かせて貰って良いか?」
自分がそう言うと、ルビークがこちらを見て言う。
「はい。……そもそも、私の任務はワイバーン亜種の二頭以上の討伐でした。上級に上がって初めてのクエストですし、難易度的にも無理がないものを選ぼうと思ったので」
確かに、ワイバーン亜種の討伐なら上級に上がりたての隊士なら決して難しいものではない。ましてや、弓をはじめとした遠距離武器を扱う射手なら尚更である。それがこのような事態に陥るとは思えなかった。
「……ワイバーンの攻撃でこんな傷をくらうのはあり得ねぇよな。いったい何があった?」
そう自分が言うと、俯いていたルビークがこちらに顔を上げて言った。
「……はい。事件が起きたのは私が一体のワイバーンを仕留めた時でした。弓でワイバーンを射抜き、撃ち落としたワイバーンの素材を回収しようとしたその瞬間です。このエリアには出没しないはずの魔獣が突然現れたのです」
……なるほど。『乱入者』か。
高難度のクエストではよくあることなのだが、本来のクエストでの目的である魔獣や魔物の討伐や撃退の際、予期せぬ魔獣や魔物が出没する事がある。
その可能性が高いと事前に把握されている場合はあらかじめその旨が伝えられ、それを含めて高難度としてクエスト受注時に告知される。
だが、あくまでそれは事前に把握されている時に限られているため、時には通常のクエストでも予期せぬ魔獣たちが出没するケースもごくごく稀ではあるが存在する。そういった連中の類を『乱入者』と呼ぶのだ。
「なるほどな……それで運悪く乱入者に襲われちまったって訳か。んで、そん時にペンダントを取られたか壊されたってところか?」
自分の言葉に、ルビークが頷く。
「……はい。そいつは私を見るなり襲い掛かってきました。咄嗟に矢を放つも弾かれ、次の矢をつがえる間もなく爪で弓ごと体を引き裂かれました。慌ててその場を離れましたが、最初の一撃でペンダントを鎖ごと引きちぎられてしまい、逃げ出すのがやっとでした。……新鮮なワイバーンの亡骸に相手の興味が移らなかったら、私は食い殺されていたでしょう」
話しながら思い出して再び恐怖が蘇ったのだろう。震えながらルビークが言う。
「そうか。手負いの獲物より、目の前に新鮮な餌がある訳だしな。ま、不幸中の幸いって訳だ。ルビーク、そいつはどんな奴だった?思い出せる範囲で良いから教えてくれ」
そう自分が言うと、震えが収まるのを待ってからルビークが言う。
「……おそらく、アウルベアの亜種かと。視認出来たのはほんの一瞬ですが、毛並みの色や爪の鋭さからして、通常種ではないと思います」
……アウルベアか。梟の視力と探知能力と、グリズリーの攻撃力を持ち合わせた厄介な魔獣だ。通常種でも中々手こずる存在だが、ルビークの話を聞くに亜種や変異種の可能性も考えられるだろう。
「なるほどな。ま、最悪の結果にならなくて何よりだ。多分大丈夫だとは思うが、傷跡が残らないように戻ったら一応医者に見てもらうと良いさ」
そう言うとルビークも頷きながら言う。
「はい。本当にありがとうございます。ハインさんとテートさんには何とお礼を言ったらよいか……」
ひとまず、テートと二人でルビークを送り届けて一件落着だ。そう思っていたところに、唐突にテートが口を開く。
「何を言う!ルビークを襲ったという、そのアウルベアを討伐!戻るのはその後だ!」
『……えっ?』
テートのその発言に、思わずルビークと声がハモってしまった。




