34話 ハイン、襲撃を受ける
「はぁ……ちょっと飲みすぎたな。風呂入るの面倒くせぇな……」
タースの工房でしこたま飲み、ようやく自分の部屋まで戻る。体が若い頃に戻っている事を忘れ、久々の暴飲をやらかしてしまったため、かなり酔いが回っている。
「……飲んでるし、本当は入らない方が良いんだが、それでも汗を流さねぇと気持ち悪ぃしな……仕方ねぇ」
そう思って施設内の浴場へと向かい、長湯は危険と思い、最低限の入浴を短時間で済ませる。施設の各部屋にはシャワーが備え付けられているが、広い湯船で体を洗いたかった。
(あー……やっと少し楽になったな)
湯から上がり、冷水を一杯飲んだところでようやく落ち着く。
「……ふぅ。次から飲む時は量に気をつけねぇとだな」
一人つぶやき、火照る体を冷ますようにして部屋に戻る。
「あれ……?部屋の灯りが着いてるな。消したと思ったんだがな」
酔いが和らいだところで少しずつ冷静になる。……誰かが自分の部屋にいる気配がする。
(……おかしいな。出る時に鍵はかけてなかったか?何にせよ、取られて困る物は無いし、こんな時間に自分の部屋に来る奴はいないと思うが)
一応用心して部屋のドアを開ける。ドアが開いたのに気付いたのか、中にいる誰かの気配が変わる。
(……物盗り、じゃねぇな。特に部屋は荒らされてねぇ。という事は……寝室か?)
隊士に支給されている部屋はさほど広くない。そのため、上級になると自身でクエストや任務をこなして報酬を得て広い部屋に越して行く者がほとんどだが、さしてこだわりの無い自分は入隊時の部屋のままであった。
「……間違いねぇな。寝室に誰かいる」
意を決し、寝室のドアを開ける。ベッドのシーツが膨らんでいるのが一目で分かった。
「誰だ。人の部屋で何してんだ!」
そう言い放つと、シーツを勢い良く捲り上げる。
「なっ……」
視界に現れた光景に思わず絶句する。
……そこには、薄着のほぼ下着姿のヤムとプランが横たわっていた。
「お、お帰りなさいませ、師匠……」
「う、うふふ……お待ちしておりました……ハインさま……」
その二人を見て、先程とは違った緊張感に襲われる自分がいた。
「……何してんだ、つか、何考えてるんだお前ら」
二人から視線をそらしながら言う。二人とも薄着のため、見てはいけないものがちらちらと見えてしまいそうだからだ。
「し、師匠に悪い虫が付きそうなので……ここはプランと共謀し、師匠と一番近しい存在は誰かというのを分からせておこうと思いまして……」
ヤムに続いてプランも話しだす。
「ハ、ハインさまに近付く不埒な輩はし、死罪……ヤムさまとはひとまず……共闘関係なので、二人でハインさまに……ご奉仕……」
……待て待て待て。何がどうしてそうなった。
少なくとも、今の自分にその気は無い。……決して異性に興味が無いわけではないが、今はそれよりもハキンスに近付くべく高みを目指したいのだ。
……が、薄着の二人にこうして攻め寄られると色々とまずい。ヤムは均整の取れたプロポーションだし、プランはプランでかなり立派な二つの膨らみを有している。正直、目のやり場に困るのだ。
「お、落ち着けお前ら。とりあえず上着を着て話を……」
が、そこまで言ったところでヤムとプランに手を取られベッドへ引きずり込まれる。
「も、問答無用ですっ!師匠!」
「き、既成事実既成事実……うふふ……」
……ヤバい。何がヤバいって色々とヤバい。ベッドに倒れこんだ時点で体のあちこちが二人と密着し、二人の熱が柔らかさと共に伝わってくる。抵抗すればする程、かえってそれが顕著に伝わる。
「し、師匠……」
「ハ、ハインさま……」
……駄目だ。冷めてきたはずの熱がまたぶり返してきた。そうこうしている間にも、二人の顔が触れる寸前まで近付いてくる。……ここまでか。
……今回は随分と衝撃的な初体験になってしまうのか。そう思った瞬間、上から声が聞こえた。
「はい、そこまで。二人ともストップ。今すぐハインから離れて。いいね?でないと、この場で魔法を打つよ。手加減なしで」
そこには、恐ろしく冷淡な表情を浮かべて仁王立ちするイスタハの姿があった。
「まったく……二人の姿が見えないと思ったら、ハインの寝込みを襲おうとするなんてね。嫌な予感がしてハインの様子を見に来て良かったよ」
無理矢理服を着せ、二人を正座させて再び仁王立ちのイスタハが言う。まだ怒りが収まっていないのか、こちらにまでひしひしとイスタハの殺気が伝わる。
「……も、申し訳ありませんでした……」
「……ご、ごめんなさい……」
二人にもそれが伝わっているようで、縮こまりながら涙目の状態で正座を続けている。あのままなら本気でイスタハは魔法をぶっ放しただろうと確信する。……二人に挟まれる形になっていた俺にも間違いなく被弾するであろうに。
「ま、まぁまぁ。とりあえずイスタハのお陰で未遂で終わったし、以後気を付けて貰うって事で……」
そう言う自分に、イスタハが言葉を遮りぴしゃりと言い放つ。
「駄目。そもそも、ハインも不用心だよ。二人みたいな過激派はそうそういないだろうけれど、君を狙っている連中は結構いるんだからね?ハインはさ、慕われる存在になった事をもっときちんと自覚して。警戒心をしっかりと持ってよね」
「はい……すみません……」
イスタハにそう言われると言葉もない。……ていうか、コイツこんなに怖かったか?
「……まぁ、ハインは被害者だし、見たところタースさんの所で結構飲んできたみたいだから、今日はゆっくり休んでよ。……二人にはこの後、僕がもう少しお灸を据えておくからさ」
そう言い放つイスタハに、有無を言わせぬ雰囲気が伝わってくる。二人とも正座したままぶるぶる震えている。
「……お手柔らかにな。二人とも、これで流石に懲りただろうし」
そう自分が言うと、ようやく二人の正座を解除して二人の首根っこを掴んで立たせる。
「分かってるよ。さ、二人とも行くよ。……言っておくけど、これで終わりとは思わないでよね」
そう言って二人を強制的に引きずり部屋を出ようとするイスタハ。二人が口々に叫ぶが問答無用である。
「ゆ、許してくれイスタハ!……助けて師匠!」
「お、お慈悲を……!お慈悲を!イスタハさま!」
叫ぶ二人の声を完全に無視し、開いたままの玄関のドアへと歩みを進めるイスタハ。
「それじゃあねハイン。おやすみ」
ずるずると二人を引きずり部屋を後にするイスタハ。引き摺られながらもヤムとプランが許しを懇願する声が聞こえていたが、やがてその声は遠くなり、ひとり残された部屋には再び沈黙が戻った。
「あの二人……大丈夫かな。襲われかけたとはいえ、この後の事を思うと少し同情しちまうな」
正直、キレたイスタハがあそこまで怖いとは思わなかった。普段のイスタハからは想像も付かない。かつて敵として相対した時でも、あそこまでの殺気は感じなかった。
「まぁ……とはいえ命まで取られる訳じゃねぇし、きつく説教して貰えばあの二人の過度なスキンシップも収まるから大丈夫だろ。……疲れた。もう寝よう」
そう思いシーツをめくり、布団へと潜り込んだ。
……その途端に、二人の残り香が布団から伝わる。
(……あいつら、どんだけの時間布団の中で待機してたんだよ。めちゃくちゃ枕やら布団から二人の香りがするんだが)
寝よう寝ようと目を閉じるも、シーツや枕から二人の残り香が香り、先程眼前で見た景色が脳内に鮮明に浮かんでくる。
(……考えるな!考えるな自分!無だ!無心になれ!)
だが、そう思えば思うほど、先程見た肌色成分多めの映像が感触と共にクリアに浮かび上がってくる。
……結局、その後もまったく眠れず、自分は悶々とした気持ちのままで朝を迎える事となった。




