32話 未来改変、ハキンス=ビーグ
「お疲れ様でした師匠!惜しくも準優勝でしたが私……私、感動しました!」
「て、手に汗握る攻防戦……ハ、ハインさま素敵……うふふ……」
「惜しかったね、ハイン。でも、準優勝でも本当に凄い事だよね」
ハキンスの勝ち名乗りを聞き、吹き飛ばされただけで大したダメージもなかったため、駆けつけた隊士からの治療の申し出を断り、そのまま簡単な表彰式を済ませ戻ってきたところにヤムたちが口々に捲し立ててくる。
「おぅ。ありがとな。……いやぁ、完敗だな。まだまだハキンスには敵わねぇや」
そう言う自分に、イスタハが不思議そうに言う。
「……でも、タースさんの剣でもし試合に挑んでいたら、もしかしたらハインが勝てていたんじゃ……」
「……いや、多分無理だったよ。俺も、圧倒的に武器の上では有利になっちまうからと思ったけどな。そもそも、命を賭けた本気の戦闘ならともかく試合だからな。……それに、あれを担いでいたら、ハキンスがもっと早く本気で来ただろうし、な」
イスタハの疑問に、自分でも冷静になりながら先程の試合を振り返る。確かに、急ごしらえの剣が自分の込めた魔力と、度重なるハキンスとの打ち合いに耐え切れず壊れたのは事実である。
……だが、普段の剣で単純に武器の上で優位に立っていたならば、ここまで真っ向勝負とはならなかっただろう。
そうなれば、地力で勝るハキンスは早々に仕掛けてくるだろうし、あそこまでの接戦を繰り広げる事なく実力で押し切られたと思う。そう思うと剣が壊れ、吹き飛ばされる程度で済んだのは儲け物である。
「……ま、俺もまだまだって事さ。明日からまた特訓だな」
そう言ったところで、後ろから不意に声をかけられた。
「……いや、彼の言う通りだ。お前が、本来の武器で試合に臨んでいれば、俺が負けていただろう」
驚いて振り返ると、そこにはハキンスが立っていた。ハキンスがそのまま言葉を続ける。
「あの時……俺は初めて自らの負けを覚悟した。あのまま、お前の剣が壊れるのがあと一分……いや、三十秒でも遅ければ、地面に倒れたのは俺だったろう。あの一撃をかいくぐり、反撃が出来たとは俺には思えん」
ハキンスの言葉に戸惑いつつも、自分もそれに答える。
「いえ……それより早く、おそらく俺の魔力が先に切れたと思います。最後の一押し、と思って全力の力を込めたところでしたから」
これも本当の事だ。実際、剣が壊れる前に放った一撃で自分の魔力はこれ以上保たないだろうと実感していた。
……つまり、どちらにせよ自分はまだハキンスには遠く及ばない。それは変わらない事実であった。
「俺は、そうは思わんのだがな……。だが、お前という男が身近にいるという事を知れたのはとても大きな収穫だった。それだけで今回、この試合に参加した価値があったというものだ」
まだ釈然としない様子ながらも、ハキンスが言う。それに返すように自分も胸の内を伝える。
「……自分もそう思います。俺も、先輩という超えたい目標が出来ましたから」
そう、生まれ変わってからの自分は、確かに鍛錬や戦闘に対し、同時より遥かに貪欲に、そして真剣に挑んできたつもりである。
……だが、あの頃に比べて全てが順調に運んでいたため、どこかに慢心があったのは事実である。
未来の自分が出来ていた事が出来ない悔しさや歯がゆさを感じた事はあれども、目の前に超えるべき目標として過去の自分ではなく、今この世界にハキンスという男が現れたのだ。それも、伝聞などではなく直接相対した形で。
「……そうか。ならば俺も負けじとさらなる高みを目指さなければいかんな」
そう言ってハキンスは静かに笑う。
「はい。今はまだまだ無理ですが……いつの日か、必ず」
自分がそう言うと、ハキンスが再び口を開く。
「ハイン。……俺はもうすぐ首席として施設を出て、冒険者として旅立つだろう。おそらく、お前もいずれ勇者クラスの特級に進み、首席でここを旅立つはずだ。だが、残念ながらその頃には俺はいない。お前がいくら優秀でも、特級に進み首席となるにはそれなりの時間を要するだろうからな」
ハキンスの言葉に頷く。おそらく、特級に昇り詰めたとしても、まだまだクエストや冒険者としての心得や知識を学ぶ必要がある。過去の経験を踏まえてもそれは変わらないだろう。
「そうですね……自分もそう思います。でも、一日でも早くそこに辿り着けるよう、自分も精進します」
その言葉にハキンスも頷く。
「あぁ。ひと足先に外の世界で待っているとしよう。お前が旅立つその時には……いつか、パーティーが組めたら良いな」
ハキンスのその言葉に、周りのイスタハ達はもちろん、自分も驚いて思わずハキンスの顔を見つめる。
……当然といえば当然である。あの孤高の存在であるハキンスから、まさかそんな言葉が飛び出すなどとは夢にも思わなかったからだ。驚く自分たちをよそに、ハキンスはなおも続ける。
「お前と……お前の信じる仲間たちならば、ただ守るのではなく、共に背中を預けて戦う事が出来るだろう。その時を……待っている」
ハキンスのその言葉を聞いて、思わず胸の内に留めていた思いを言葉にする。
「……先輩。一つだけ聞いて貰えますか。聞き流して貰っても構いません。ただ、いつか……もし、そうなったらあの時、こんな事を言われたと思い出して貰えたら。そんな感じで聞いて欲しいんです」
いきなりそう言った自分の言葉にハキンスが一瞬怪訝な表情を浮かべるが、こちらの顔を見てすぐに真剣な眼差しでこちらを見る。
「あぁ。お前の言葉なら勿論聞こう。何なりと言ってくれ」
ハキンスの返事を聞き、唾を飲み込んで慎重に言葉を選びながら話す。
「もし……先輩が旅の最中……どんなに強く、優れた武器と出会ったとしても、どうか先輩は……己の強さを信じてください。どんなに強力な武器を手にしても、それに甘える事なく、自分の強さを高める気持ちをいつまでも持ち続けてください」
当時、ハキンスがどんな気持ちで魔剣を手にし、それに囚われてしまったのかは今の自分でも知りようがない。
……だが、あの時と違い、こうして直接ハキンスと会話を出来ているこの機会をみすみす逃したくはなかった。
『貴方はいずれ魔剣を手にする機会を得て、一人での強さを追い求めるあまりにその誘惑に負け、剣の呪いに取り憑かれてしまう』
……そんな風に本来訪れる未来の出来事を素直に伝え、それを信じて貰えたならばどれだけ楽な事だろうか。
そんな歯痒さを堪え、そう伝えるのが精一杯だった。
「……悪いが、お前の話している事が俺には良くは分からん。だが、これだけは言える。お前と戦い、武器の優劣に頼らぬ強さを追い求めたいと思った。先程のお前のように、な。この気持ちはきっと、これから先の俺にとって意味のあるものになるだろう」
そう言ってハキンスは自分の拳をぐっと握りしめた。
……あぁ。大丈夫だ。保証も根拠もないが、何故かそう思った。
もし、ハキンスが冒険者として旅立ち、魔剣を手にする日が再び訪れるのが自分との再会よりも先だったとしても、きっと今のハキンスはそれに甘える事はないだろう。
単純に強さを求め、安易に魔剣の誘惑に負ける事なく、己自身の強さと向き合う道を選んでくれるだろうと。イスタハ達とは違う形ではあるが、過去に戻った事でまた一つ、本来訪れてしまうはずの未来を変えられたのだと思った。
「……いきなり変な事を言ってすみません。今日はありがとうございました。……出来たら、もう一つだけお願いを聞いていただけますか?」
そう言った自分に、ハキンスは無言で頷く。それに甘え、今度は迷い無く言葉を発する。
「先輩が……旅立つ前に、是非もう一度お相手よろしくお願いします。今度は、互いに最初から、全力で」
そう言って自分の差し出した手を、ハキンスは無言で固く握り返してくれた。




