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20話 ハイン、酒場で喧嘩を売られる

「師匠、今回のクエストもお疲れ様でした。さぁ、今日はゆっくりと体を労わりましょう」


 そう言ってヤムが自分のグラスに果実水を注ぐ。本当なら麦酒を勢い良く煽りたいところではあるが、その気持ちをぐっと堪えて注がれた果実水を勢い良く飲み干す。


「おう。お前達もお疲れさん。この調子ならもうすぐ上のランクのクエストを受けれそうだな。本当に全員で特級クラスも夢じゃ無さそうだな」


 ……分かってはいたが、タースの仕立ててくれた武器の効果は絶大で、Cランク級のクエストはもはや自分達には無双状態であった。


「……えっ?えっ?」

「な……なんと……」


 ブレスレットで魔力を増幅された魔法を放ったイスタハは、自身の放った魔法で目の前の魔物が消し飛んだ瞬間目を丸くしたし、弾かれる事を想定して切り掛かったはずの魔獣の角を、顔半分ごと切り落とした時のヤムの顔は見ものであった。


 その勢いで受注したBランクの初クエストも危なげなく達成する事が出来、このまま順調にクエストの達成数をこなしていけば、近い内にAランクも受注出来るだろうという手応えを実感したクエストを終え、祝杯代わりの食事を取りに酒場を兼ねた食堂に来たところである。


「おぅ。ハインじゃねぇか。聞いたぜ?最近凄い調子良さげらしいな?期待のルーキーが現れたって、俺達のクラスにまで評判が聞こえてくるぜ」


 自分達の注文を取りに行っているイスタハとプランを待ちながら、次に向かうクエストの相談をヤムとしていると、かつてのクラスメイトに後ろから声をかけられた。


「おぅ。久しぶりだな。そっちの調子はどうだい?」

 自分の言葉に元クラスメイトが苦笑する。


「まぁ、順当な感じだな。こつこつ勉強と課題をこなして、もうすぐ中級に上がれるか、ってところさ。俺も早く、お前らみたいにクエストに行けるように頑張るよ」


「そっか、頑張れよ」

 そう言うと彼は了解、と言いながら手を振り、別のテーブルへと消えて行った。


「流石ですね。師匠の評判はもうそんな所まで広まっているのですね」

 ヤムが我が事の様に喜んでいる。


「まぁ……悪い気はしねぇが、名前が広まるっていうのは、必ずしも良い事ばかりじゃねぇけどな」


「え?どういう事ですか師匠?」

 ヤムがそう自分に聞いた、丁度その時である。


「お前か?ハインって奴は」


 後ろからかかったその声に振り返る。

 見ると、今の自分よりは年上の男が若干酔った様子で酒の入ったジョッキを持って立っていた。


「あぁ。ハインは確かに俺ですけど、何の用ですか?」

 自分の返答に、男はふん、と鼻を鳴らしてから話し始める。


「最近、調子に乗っているみてぇだが、所詮新人だろ?あまり目立つような真似していると、この先やり辛い事になるぞお前」


 ……よくある事である。どこの世界でも、少し目立つ事や何かしらで活躍すると、それに伴いこういった茶々を入れる輩がどこかしらで湧いてくるものだ。


「……別に、調子に乗ったつもりはありませんがね」

 自分の返答が気に入らないのか、男は更に絡んでくる。


「あぁ?乗ってるからこうして言ってるんだろうが。俺はよ、闘士クラス上級のゼカーノってもんだ。最近、飛び級かましていきなり高難度達成、とかで騒がれているみてぇだが、あんまり目立つと、この先面倒な事になるって忠告してやってるんだよ」


「なっ……!」

「よせ、ヤム。いいから座ってろ」


 ゼカーノの言葉に怒りに震え、立ち上がろうとしたヤムを手で制し、ゼカーノの顔を見る。


 ……うーん若い。若いなぁ。自分も当時多少は尖っていた頃はあったが、こんな感じだったのだろうか。いや、流石にここまでではないか。

 もし当時、こんな絡まれ方をしていたら迷わず顔面に拳の一つでも入れていたところだが、何せ自分は今の見た目は十代でも、中身は四十のおっさんである。


「初対面かとは思いますが、何か気分を害した様なら謝りますよ、先輩」


 自分の実際の歳の半分にも満たない少年に、多少何やら言われても『おうおう、若いもんがいきがっているねぇ。結構結構』って気持ちなのが正直なところだ。

 反抗期を迎えた息子を見るような父親の心情ってこんな感じなのだろうか。子供はいた事が無いのでよく分からないけれども。


「……はっ、女の前では手は出せねぇってか?ご立派だねぇ。成績優秀なルーキーくんは、女性にも優しいことで」


「貴様っ!いい加減に……!」


 ゼカーノの言葉に思わず立ち上がって激昂しそうなヤムを再び抑えて言う。


「だからやめとけってヤム。……ご忠告どうも、ゼカーノ先輩。肝に銘じて今後も精進しますよ」


「……その態度が気に入らねぇんだよっ!」


 だが、勢い付いたゼカーノは止まる事なく、手元に持っていたジョッキの酒を勢いよく自分の顔に浴びせた。


「なっ……!」


 いきなりの出来事に隣のヤムが絶句している中、周りにいた連中も騒ぎに気付き、ざわつき始めている。

 こういった時、片方が勝手に熱くなっていくと、かえってもう一方は冷静になるものだ。とりあえず目に入らないように顔を手の甲で拭い、口周りの酒を舐めとる。……美味い。出来れば顔ではなく、口で受け止めたかった。


「あーあー……勿体無いっすね。これ、結構高い酒でしょ先輩」

「……だから!そのてめぇの余裕が気に入らねぇんだよ!」


 そう言いながらゼカーノが詰め寄り、自分の胸ぐらを掴む。

 流石に殴られる訳にはいかないので、さてどうするかと思ったその瞬間だった。


「……そのぐらいでやめておけ、ゼカーノ」


 決して大きくは無いが、周りの空気がぴんと張り詰める感じの声が店内に響く。

 声のした方を見ると、カウンターで一人酒を飲んでいる男がいた。その声を聞き、ゼカーノが自分から手を離す。


「……ちっ、誰かと思ったらあんたかよ、ハキンス」

 男はゼカーノへ言葉を返さず、店の主人からタオルを受け取るとこちらに近付き、そのタオルをこちらに差し出す。


「すまないな。ひとまず、これで顔を拭いてくれ」

 差し出されたタオルをひとまず受け取り、顔と髪を拭く。幸い、顔で受け止めた形になったため、服はそれほど濡れていなかった。


「……あぁ。悪ぃな。借りとくよ」

 顔を拭きながらも、自分はその男の顔から目を離せなかった。


「おい。邪魔すんなよ、ハキンス。俺は今からこの生意気な新人に礼儀ってもんを……」

 ゼカーノの方を一瞥し、淡々と男は言葉を続ける。


「……上級以上、かつ公の場での隊士同士の私怨での決闘、喧嘩は御法度だ。ここでこれ以上やるなら、俺から上に報告するぞ。お前に非があるのは俺と、ここにいる全ての人間が証人だ」


 そう言われ、ばつの悪そうな表情を浮かべてゼカーノはこちらに言う。


「……ちっ、分かったよ。……おいハイン。お前、来月の『隊士混合試合』に出ろ。いいか、逃げるなよ。観衆の前できっちり分からせてやるよ」


 そう吐き捨てるように言うと、ゼカーノは周りの連中を押し退け店を後にした。


「どうしたの!?何の騒ぎハイン?」

「は……ハイン様?そ、そのお姿はいったいどうなされましたか!?」


 騒ぎを聞きつけ、イスタハ達が慌てて駆け寄ってくる。


「……大した事ねぇよ。あ、ありがとなタオル」

 そう言ってタオルを男に返す。


「済まないな。うちのクラスの者が迷惑をかけた。ハイン……と言ったか。申し訳ない」

 そう言いながら男は軽く頭を下げた。


 喧嘩を売られ、酒まで浴びせられた筈のゼカーノの事はもはや意識に無く、自分は目の前の男をただ見つめていた。


 ……闘士クラス、『特級』ハキンス=ビーグ。

 隊士史上初にして唯一、ただ一人。己の腕一つでクエストを攻略し続け、ソロで特級に昇り詰めた男の顔を。


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