152話 ハイン、久しぶりに過去を追想する
「はぁ……はぁっ……!」
吐く息は荒く、筋肉が悲鳴を上げている。体からは汗がだらだらと流れている。
「うむ。ひとまず休憩としようかハイン。流石に根を詰め過ぎたな」
自分と同じかそれ以上の速度で動いているにも関わらず、さほど疲労の色を見せずにテートが言う。地面にへたり込むように座り、水を飲みながらテートの方を見る。
(……分かっちゃいたが、やっぱり化け物並みの体力だなこいつ。今の俺でもこの有様だ。そりゃ、当時は追いつけなかった訳だ)
当時の自分が成し遂げられなかった首席にテートが選ばれた時、悔しくなかったと言えば嘘になる。が、あの時の自分がテートに勝てたかと言えばどう転んでも無理だっただろう。
(……当時も強制的に訓練やクエストに巻き込まれたが、付いていくのがやっとだったからな。逆に言えば今の状態でもこれだけキツいって事はそれだけテートの潜在能力が凄いって事を改めて思い知らされたな)
魔王と戦うまでの間、自分では到底敵わないのではないかと思わされる存在に出会った事は一度や二度ではない。だがこうして対峙することによって改めて実感する。
(……やっぱり、ハキンスとこいつには当時の自分じゃ超えられない壁があったな。いや、今でも超えられるかと言えば怪しいな)
水分を補給してようやく余裕が出来てそんな事を考えていると、テートが自分に声を掛けてくる。
「……しかし、本当に強くなったなハイン。元々お前には資質があると思ったがここにきて更に研ぎ澄まされている感じだ。常人では考えられない程の速度で成長しているように感じるぞ。思わず俺も本気で動いてしまう程にな」
……二週目だからな、とは言えないため言葉に詰まる。その反面、序盤とはいえテートの本気のトレーニングにどうにか付いていけたという事実に安堵する。
「……どうなんだろうな。ただ、お前にそう言って貰えるって事は今までの努力は無駄じゃなかったと思うよ」
そう自分が言うと、テートが嬉しそうに叫ぶ。
「うむ!流石俺がライバルと認めた男だ!己の才能にあぐらをかかず、より高みに目指すその姿!やはり俺が首席を争うのはお前しかいない!」
またいつもの熱血が始まったかと思ったその瞬間、テートが急に真顔になって自分の方へ顔を向けて言う。
「……しかし、本当に分からぬものだな。何度も言うが確かにお前には光るものがあった。だが、それはあくまで将来的なものだと思っていた。いわゆる大器晩成タイプというやつだな。まさかこんな短期間で強くなるとは思っていなかったぞ」
テートの言葉にまたしても言葉に詰まってしまう。そんな自分を気にも留めずにテートの言葉はなおも続く。
「正直に言おう。お前の成長速度は俺からしてみれば規格外だ。十年……いや、五年後にはそうなるのではないかと思っていたが、よもや施設にいるうちに自分に追い付くどころか追い抜かれるのではないかと思わされるほどにはな」
そう話すテートに、馬鹿正直に自分の身に起きた事や本来の未来の話を伝えたらどうなるのかという思いが一瞬頭によぎった。魔王を倒す寸前、魔王によって自分が過去に戻されたのだと。
(……ありえねぇよな。頭がおかしくなったと思われるか笑われておしまいだ。だが……こいつなら真面目に聞いてくれるかもしれねぇな)
そんな事が頭をよぎるものの、すぐにその考えを打ち消す。仮にテートが話を聞いてくれたとしても、話の流れによっては言いづらい事を伝える事になってしまうからだ。
『そうか。では、未来の俺はどうなった?』
そんな事を尋ねられたら自分はテートに対して嘘は付けない。正直に伝えなければならない。
……テートが、志半ばにして倒れた事を。
首席で施設を旅立ったテートはハキンスと同様、破竹の勢いで様々な功績を上げていた。これまで攻略が不可能とされる魔物の居住を次々と殲滅し、これまで国が及ばぬエリアにまで救いの手を差し伸べた。その数々の知らせは遅れて施設を出た自分の元へも届くほどのものだった。
だが、それからしばらくして自分が旅先で耳にした知らせは衝撃の内容であった。
テートを含む討伐隊が敵の罠にかかり、その際にテートが仲間を庇い毒に侵され腕を切り落とす事になった。当然、あの長剣を振るう事は二度と叶わず、片手でも扱える剣を使わざるを得なくなったと。
(……普通ならここで勇者どころか冒険を辞めてもおかしくねぇ。それまでの功績を考えれば恩赦や報酬で死ぬまで楽隠居する事だって本人が望めば可能だったはずだ)
だが、少し月日が経ち、次に自分が耳にした知らせは全くの予想外であった。テートが前線に復帰し、隻腕であるにもかかわらず魔王の拠点を一つ滅ぼしたという内容だった。
(その知らせを聞いた時には本当に驚いた。それと同時に、俺はこいつには一生かかっても追いつけねぇとも思ったな)
その後もテートは隻腕の勇者として最後の最後まで戦った。……そして、魔王軍の幹部の一人を自分の命と引き換えに仕留めた。その最後は壮絶で、己の剣を魔王軍の幹部の胸元に突き刺したまま絶命していたという。自分が駆けつけた時には既に埋葬されていたが、最後まで膝を付く事なく真っ直ぐ前を見据えていたと聞いた。
もし、テートが隻腕になってしまうきっかけの戦闘に自分が立ち会えていたら。せめて幹部と戦う時に自分が共にいれば。そのどちらかが実現していればあの時魔王と戦う際に自分の横にはテートがいた事は間違いない。
(いや、それどころか魔王に止めを刺すのが俺じゃなくテートだった可能性もあり得る。……いずれにせよ、テートに訪れる本来の未来も変えなければいけねぇ)
イスタハたちやハキンスのように、テートの未来も改変しなければならないと改めて思っているとテートが自分に声を掛けてくる。
「よし。準備運動と休憩はこれくらいで良いだろう。では、早速属性強化の修行といこうかハイン」
先程までのトレーニングがなかったかのように落ち着いた口調でテートがそう言った。




