149話 ハイン、決意を語る
「……はぁ。気が重い。あいつらと顔を合わせづらい……」
三人とそれぞれの時間を過ごしてから数日が経ち、とうとう四人で合流して今後の打ち合わせの日を迎えた。
「あいつらだって記憶を無くすほど飲んだ訳じゃねぇし、そもそもどっちも確信犯だったしな……どうしたもんか」
ヤムとプランとの出来事を思い出す。別に一線を超えるほどの事ではないにしろ、当時の自分にはあり得ない事での悩みである。
(……修行や勉強しているのに剣技や魔法が身に付かない事に悩むことはあってもこんな事で悩む日が来るなんて思いもよらなかったぜ)
そんな事を思いつつも待ち合わせの時間は刻一刻と迫っているため、意を決して待ち合わせ場所へと向かうことにした。
「あ、お疲れハイン。……大丈夫?何か顔色悪いけど」
待ち合わせの食事処へ到着すると、イスタハが席に座って待っていた。四人掛けのテーブルにはまだヤムとプランの姿は見えないため思わず安堵する。
「おう、お疲れ。や、別に何ともねぇよ」
そう言って二人を待つ形となったため、果実水を注文してイスタハと今後の打ち合わせを先に進める事にした。
「……僕としては、全員の装備を底上げするために特級クラスのクエストを周回するのが良いと思うんだけど。ハインも首席を目指すなら実績は多いに越した事はないよね?」
イスタハが比較的受注しやすいクエスト用紙をテーブルに広げながら言う。
「うーん。悪くはねぇが時間がかかるな。それぞれのクラスでの必須授業や課題があるからな。その中で四人の都合を合わせて各自必要な素材を確保するとなるとただ闇雲に周回っていうのは現実的じゃねぇな。そうすると……」
イスタハと相談を始めて五分ほどした頃だろうか。後ろからヤムとプランの声が聞こえてくる。
「……お、お待たせしました師匠、イスタハ。遅れて申し訳ありません」
「わ、私もすみませんでした……反省……」
……来たか。まぁ二人ともまさかあの時のテンションで公共の場で何かする事はないと思い、極力平静を装って振り返りつつ声をかける。
「……おぅ。別に構わねぇよ。今始めたばかりだからな。さ、二人とも座ってくれ。あ、何なら今のうちに飲み物を買っておいた方が良いかもな。どうする?先に買ってくるか?」
そう二人を見ながら言うと、二人が同時にびくっ、と反応して口を開く。
「はっ、はいっ!で、ではそうさせて貰います!い……行こうかプラン!」
「そそ、そうですね!い、行きましょうヤムさま!」
……二人の様子がおかしい。こちらを見たあと、二人ともしきりに互いの様子を気にしているようだ。二人がぎこちなくカウンターに向かう様を見て、一つの仮説を立てる。
(……そうか。あの二人、自分が俺にやらかした事を自覚しているもんだから互いにそれを悟られまいと意識して逆にぎくしゃくしてるな。抜け駆け……って俺が言うのもあれだが自分だけやらかしたと思っているからあんな感じになってる訳か)
この様子ならしばらくは互いに牽制し合って暴走するといった事はないだろう。そう思っているとイスタハがぼそっとつぶやく。
「……何か、あの二人様子がおかしくない?ハイン、何か心当たりある?」
……鋭い。イスタハにバレたら二人だけではなく自分も何かしらの被害が及ぶ事は間違いないと思い、ここははぐらかす事にした。
「さぁな。……二人とも遅れて焦ってたとかじゃねぇか?それより、さっきの話なんだが……」
そう言って会話を誘導し、自然な流れで先程の会話を再開した。
「……そうですね……その日だと私は難しいですね……この日ではどうでしょう?」
「そ、その日だと私が厳しいです……そうすると……」
平静さを取り戻したヤムとプランも会話に加わり、今後の四人での行動のプランを練る。分かってはいたが全員が特級になったため、予定を合わせるのが難しくなってきたのを実感する。
(……今までは俺に合わせてクエストを受けてもらう事が多かったが、流石に今まで通りに受けるのはもう厳しいな。特級に上がればやらなきゃいけない事も増えちまうからな)
特級に上がれば当然だが座学も実技も今までより高度なものになり、かつ自分のように緊急依頼等が発動する場合もある。待遇や得られる権利と同時に責任も伴う。クラス内での集団任務等もあるし、優先すべき事項が増えてしまうのだ。ましてや特級に上がって日の浅い三人はそれらに狩り出される事が多くなるのは明白だった。
(イスタハは当然として、ヤムとプランも飛び級とまではいかなくとも本来じゃあり得ない速さでの昇級だからな。これから各クラスの教官が期待と懸念の目で色々と任務を振り分けられるだろう)
皆とのクエストの件もだが、自分にはどうしてももう一つ気にかかる事があった。
刻一刻と迫る、ハキンスの卒業である。
(……ハキンスはあの時半年、といったがおそらく時期はもう少し延びるのはおそらく確定だ。あれ以降も闘士クラスの緊急依頼や国からの応援要請に何度も狩り出されているからな)
冒険者でなく国のお抱えや魔王防衛軍に迎えられるようなケースであれば卒業の時期はそうそう変わる事はない。が、施設を旅立ち冒険者としての道を選ぶ際は万全の準備を整えて卒業するのが通例である。更にハキンスほどの男なら後進の育成相談や引継ぎに関して本人よりも周りの連中が必死に教えを乞うだろう。
(……あの時より俺は確実に強くなった。それは間違いない。だが、それはハキンスも同じことだ。卒業までにもう一度……俺は本気のハキンスと……戦いたい)
自身の首席や実績なんてものはどうでもいい。肝心なのは施設を出て勇者として過去に救えなかった連中を一人でも多く救い、今度こそ魔王を完全に倒す事だ。それは分かっている。
(……だが……あの時はとても追いつくどころか遥か先にいた存在に手が届くかもしれねぇ。今の自分ならあのハキンスを相手にどこまで通用するのか。それを……確かめたい)
ハキンスの卒業までの時期を考えると、自分にはあまり時間がない事をここに来て改めて実感する。
「……師匠?どうされました?」
ヤムに声をかけられ、ふっと我に帰る。慌てて頭の中の考えを一旦振り払う。
「あぁ……悪い。少し考え事をしてたよ。で、今どんな話だった?」
自分の問いかけにヤムが口を開く。
「その……皆の今後の予定と集めたい素材を相談した上で、どのクエストを優先するかという事なのですが……」
ヤムに言われ、厳選されたクエストの用紙に目を通す。用紙を眺めながらも頭の片隅にハキンスとの約束が頭によぎる。
『今度は、互いに最初から、全力で』
かつての混合試合を終えた後、自分がハキンスに言った言葉が脳内で再生される。気付けば自分は一つのクエストの用紙を探していた。
(今、自分が最優先で必要な素材。かつイスタハたちの今後を考えると決して無駄にならない素材。そうなると……)
やがて、自分の探していたクエストの用紙を見つけ、それを手に取り眺める。詳細を確認した後、ゆっくりと顔を上げて皆に告げる。
「……皆、相談がある。いや、お願いだな。しばらくの間はそれぞれ互いの装備を揃えるクエストは全員じゃなく、都合が付く面子だけで行く事にしたい」
三人が自分を見る。そのまま更に言葉を続ける。
「全員が希望する各素材を一つ一つ都合を合わせていたらかなりの時間がかかっちまう。今の俺たちなら全員が揃わなくても装備を整えるためのクエストなら何とかなるだろう」
そう自分が言うと、極力この四人でのクエストをこなしたいであろうヤムがおそるおそる口を開く。
「で、ですが師匠、装備を整えるのであればやはり我々四人でクエストに向かうのが時間はかかっても最善なのでは……」
そう言ったヤムの方を見て自分が言葉を続ける。
「あぁ。それは分かってる。……ただ、俺には時間が無いんだ。どうしても……今の自分が全力でぶつかりたい相手がいる。そのために限られた時間を最大限有効に活用したいんだ」
自分がそこまで言ったところでイスタハが口を開く。
「……ハキンスさんの事だよね、ハイン」
イスタハの言葉に頷き、改めて皆に告げる。
「そうだ。これは完全に俺個人のわがままだ。それを踏まえた上で話を聞いて欲しい」
自分の言葉に皆が無言になったため、そのまま続ける。
「ハキンスの卒業までに、自分自身を鍛えると同時に装備も今出来る最高のものを用意したい。……そのために今の自分、将来的にお前たちにも必要になるこの素材が手に入るクエストに挑みたい」
そう言って一枚の紙を皆の前に差し出す。
「ルビー・ドラゴン。通称『真紅龍』の討伐だ。こいつの素材を手に入れたい」
そう皆に告げ、三人を真っ直ぐ見つめた。




