147話 ハイン三番勝負 ヤム編(後)
「……どうしたヤム?その格好はいったい……」
普段とは違うその格好に思わず自分がそう口にすると、慌てたようにヤムが服を脱ごうとしながら叫ぶ。
「や!やはり私のような者にはこんな衣装は似合いませんでしたでしょうか!し、師匠のお目を汚して申し訳ありません!今すぐ脱ぎますのでお許しを!」
言うが早いかヤムがその場で服をたくし上げようとするのを慌てて止める。
「だーっ!待て待て!ここで脱ごうとするな!大丈夫!似合ってる!その格好似合ってるから!」
色々と危ないところまではだけそうになっているヤムの服と手を押さえて必死で叫ぶ。自分の言葉にヤムが服を脱ごうとする手を止め、こちらを向いて言う。
「……似合っているとは……つまり?はっきりとお願いします、師匠」
ヤムがこっちを真っ直ぐに見つめてくる。思わず今のやり取りが計算ずくだったのかと思わず疑う。だが、はぐらかそうにもこちらが気を抜けばヤムが本当にこのまま服を脱ぎかねない。それだけは何としても避けねばならぬと思い、恥ずかしいが素直な気持ちを述べる。
「あぁもう!その……可愛いと……思ったよ」
自分の発言に顔から火が出そうである。酒の勢いで夜のお店や酒場のお姉さんにならいくらでも言えるが、仲間にこんな台詞を言うとは。しかも本心からそう思っただけに余計にタチが悪い。
(……落ち着け俺!見た目こそ今の俺は同年代だが中身は相手の倍以上のおっさんだぞ!下手すりゃ娘でもおかしくない年齢の子に対してそんな風に思っちゃ……)
頭の中でそんな事を考えていると、自分の言葉を聞いたヤムが目をきらきらと輝かせながらこちらに詰め寄ってくる。
「……ほ、本当ですか師匠!?よ、良かったです……数々の羞恥に耐えに耐えた結果がありました……」
涙目になってヤムがそう言ったのが気になり、何があったのかと思い問いかける。
「羞恥に耐えた?いったい何があったんだ?」
自分の問いにヤムが気恥ずかしそうな顔になってぼそぼそと小さくつぶやく。
「そ……その……今日を迎えるにあたって、剣士クラスの皆に色々と相談に乗ってもらい……様々な衣装を着せられる事になりまして……今思い出しても顔から火が出る思いです」
詳しく聞いてみれば、剣士クラスの女子に『デートに行くならどんな服を着れば良いのか』と訪ねたところ、普段ストイックに課題やクエストをこなすヤムの姿とのギャップに興奮した女性隊士の面々によって着せ替え人形のような状態になったとの事だった。以下、ヤムから聞き出した女性隊士との会話の一部抜粋である。
『えー!?ヤムさんって意外と乙女?普段あんなに凛々しいのにそこは奥手な感じ!?』
『……ヤムさんの想い人というのは、あの勇者クラスの方ですよね。まずはその人の嗜好や性癖を調べる事からでしょうか……』
『ヤ、ヤムさんの魅力に気付かない男なんていません!ありのままの姿でその姿で行きましょう!どーんと!』
『うふふ。磨けば磨くだけ光る原石を手に入れた時ってこんな感じなのかしら。さぁ、しっかり磨くわよ』
そんな事を口々に言われ、化粧の手ほどきから服の着こなしに至るまで様々なレクチャーを受けたとの事だった。その記憶が思い出されたのかげんなりしたようにヤムが口を開く。
「本当に大変でした……人生で生涯着ることはないであろう服や、これを服と呼んで良いのかと思いたくなるような布面積の服を着せられたり……師匠以外の異性に見られていたら舌を噛んで自害するレベルでした……」
ヤムの表情と口調から、それが決して大げさなものではない事を察するものの、ヤムがそんな話ややり取りが出来るほど他の隊士と交友関係を築いていた事が意外で思わずそれを口にする。
「しかし意外だな。お前がそんな事を話せる仲間がクラスで出来ていたってのは正直驚きだよ。いつの間にそんな事になっていたんだ?」
自分の問いかけにヤムが少し考えて答える。
「それは……多分私が師匠と修行を始めしばらくしてからの頃だったかと思います。他の女性隊士に己の強さとクエスト達成率の高さを後ろ盾に好き放題している男の隊士がいたのですが、私が師匠と共に行動し成長した事でそいつの実績を軽々と上回ったのです。それが気に入らなかったのかそいつは私に決闘を挑んできました。上級以上の隊士同士での決闘はご法度であるにも関わらず、です」
自分も前にヤムたちの前で喧嘩を売られた事を思い出す。あの時は隊士混合試合という場があったからどうにか出来たがヤムはどう解決したのかが気になった。
「……で?お前はその問題をどう解決したんだ?」
自分の問いにヤムが悪い笑みを浮かべて口を開く。
「簡単です。単純に分からせてやりました。己の技量がまだまだであるという事を。プライドを打ち砕くまで徹底的に」
そこで言葉を切り、ヤムが真面目な顔になり更に続ける。
「まず、皆の見ている前で決闘はご法度なので、クエストで当時私たちが受注出来る高難度のクエストを互いに了承の上で同時にパーティーで受けました。立会人として私とそいつから一人ずつ共にクエストを受注して貰い、その二人には安全圏からどちらが目的の魔獣や魔物を的確に仕留めるかを見届けて貰いました」
……そこまで聞いた時点で既に相手に少し同情する。ヤムがこうして満足げに話す時点で結果は分かっているが、元々の才能があるにも関わらず自分やイスタハたちとの鍛錬や経験で才能が開花したヤムの相手をする訳である。当時の自分なら即座に白旗を上げて不要なリスクを避けたいと思うレベルだ。
「聡明な師匠ならもうお分かりかと思いますが、結果は私の圧勝です。そいつが回避に専念しなければ即死もあり得る魔獣や魔族を私がことごとく片付けました。素材の分配はパーティーでのクエスト故に平等に行われますが、その都度『どうだ?自分がまともに戦わずに手にした素材は嬉しいか?』の一言を添えました」
想像していたよりも辛辣なヤムの発言と行動に一瞬言葉に詰まる。自分より上の者に実力差を見せ付けられた上に、そんな台詞を吐かれたら下手したら泣くレベルだ。話を聞くに相手にもそれを言われるほどの行動や発言があったという事は理解できるのだが。そう思っている間になおもヤムの話は続く。
「その後も立会人を互いに変えつつそれを繰り返したところ、クエストの受注回数が二桁に届く前に向こうが泣きながら土下座して私と被害を受けていた隊士に謝罪したところで事態は収束しました。その一件以降、私に声を掛けてくれる隊士が増えた次第です」
……えげつない。自分がその立場なら立ち直れないかもしれない。幸い、ヤムからその後の話を聞くところその彼は肩身が狭い中でも除隊の道を選ばず剣士クラスにいると聞いて安心する。上級クラスまで登りつめた時点で冒険者としては期待出来る面々の一人であることは間違いないのだから。この一件で自身の行いを反省してくれる事を願わずにはいられない。
「……まぁ、何にせよお前に仲間が出来たのなら良かったよ。にしても、そいつにとっちゃ相手が悪かったな。俺だってお前と同じクラスだったら勘弁してくれと思うだろうからな」
自分の言葉にヤムが目をかっと見開き、自分の手をがっしりと握りながら大声で叫ぶ。
「何を言うのです師匠!このヤム=シャクシー、未だ師匠の足元にも及びません!まだまだこれからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」
……どうにも自分が絡むとこいつは己の事を過小評価してしまうようだ。純粋な剣の腕だけならば既に自分に迫りつつあるくらいに成長しているというのに、最初の出会いのインパクトのせいでこちらを変に神格化するレベルになっている。
(……まぁ、今はこのままでいいか。いずれ自分の実力に気付けば俺に対する執着や振る舞いも落ち着くだろう。ヤムなら変に慢心する事もないだろうし、このまま剣士クラスの首席までの道を駆け抜けて欲しいからな)
ここでヤムの思いに対してあれこれ自分が返せばまた話が長くなるだろうと思い、会話を切り替える意味も兼ねてヤムに問いかける。
「まぁ、俺で出来る範囲でなら付き合ってやるよ。で、今日はこれからどうしたいんだ?ただ俺に見せるためだけにそんな格好をした訳じゃないんだろ?この後何かしたい事や行きたい所があるんじゃないか?」
自分の言葉にヤムがはっとした表情を浮かべ、両手の指を合わせてくねくねとさせながら小さな声で言う。
「そ……そうです……そ、その……ノルマである訓練をしっかりとこなした後、し、師匠とこの格好で色んな所を歩いたり……買い物とかをしてみたいと思いました……」
……その格好で上目遣いでこちらを見るのは勘弁して欲しい。いつもとのギャップでこちらまで照れてしまう。これは約束なのだ、一線さえ越えなければこれは皆に約束した事なのだと自分に言い聞かせてからヤムの言葉に答える。
「……分かったよ。まだこの時間だ。まずはどこに行きたいんだ?一つずつ回ろうじゃねぇか」
自分の言葉にヤムの顔がぱあっと明るくなる。途端に自分の手を掴みヤムが叫ぶ。
「ありがとうございます師匠!では、さっそくまず一軒目に向かいましょう。……今日という日のために不肖ヤム=シャクシー、入念にプランを練っておりますので!」
言うが早いか、自分の手をしっかりと握ったままヤムの行きたいという店へ引きずられる形で連れて行かれる事となった。
「うーん……迷ったらとりあえず黒で良いんじゃねぇか?それが一番無難だろ?」
『まずは師匠の服を選びたい!』との事で男物の服が揃う店へと足を運んだ。級友の下で色々学んだというヤムに言われるがまま差し出された服を手にしながらそう言うと、ヤムがぶんぶんと首を振りながら言う。
「駄目です!師匠は基本的に黒の服ばかりです!今日は黒以外の服を選んで貰いますよ!」
ヤムの勢いに押され、悩みながらも普段は選ばない色や柄の服を何着か購入する。買った服に着替えて外に出るとヤムが即座に口を開く。
「あぁ……!やっぱり師匠はこういった服もよくお似合いです!」
正直、自分ではよく分からないがヤムが喜んでいるならそれで良いかと思い、今日はこの服のまま過ごすことにする。
「そっか。まぁお前が良いと思うなら良いさ。さ、次はどこへ行くんだ?まだまだ行きたい所があるんだろ?」
そう自分が言うとヤムが満面の笑みを浮かべて言う。
「はっ、はい!では次に行きたいところなのですが……」
それから、ヤムの行きたい所を次々と二人で回った。色々と回りたいのでと軽食処、魔術具ではなく純粋な装飾品を取り扱う道具屋、普段なら決して行かないであろうファンシーな雑貨が所狭しと飾られた雑貨屋など。甘味処に寄りたいとヤムが言い出さなかった事に胸を撫で下ろしつつ、もうすぐ夕方に差し掛かる時刻になり比較的空いている酒場にて腰を落ち着ける。ちなみにこの店もヤムのリクエストである。
「ふぅ。ようやく落ち着いたな。いつも行くような店とはちょっと雰囲気が違うがたまには悪くないな。酒も料理もちょっと上品だがどれも美味いし」
注文した品が何品か届いたところでヤムにそう声をかける。果実酒を一口飲んでからヤムが答える。
「……えぇ、そうですね。美味しいです」
どことなくヤムの何か含んだ様子が気になったが、その後は普通に酒と食事を味わい店を出る事にした。
「……師匠、今日は一日私にお付き合いいただきありがとうございました」
自分の少し後ろを歩きながらヤムがそう小さくつぶやく。
「おう。普段の俺なら絶対に行かねぇような所ばっかりだったからな。新鮮だったぜ」
「……そうですか。師匠が少しでも楽しんでいただけたのなら良かったです」
そう口にするヤムの方に振り返り、足を止めて声をかける。
「あぁ。……だがお前の方は何かまだ心残りがあるみてぇだな。さっきの店でもそうだったが、途中からから時々そんな雰囲気が態度に出ていたぞ」
自分の言葉にヤムがはっとした表情になる。おそらく多少自覚はしていたのだろう。これまでの時間、ヤム自身も楽しんでいたのは本当だろうが時おり何か考えるような表情を浮かべていた。先程の酒場でそれが確信に変わったので予定より少し早めに店を出た次第である。
「正直に言えよヤム。まだ今日は終わってないからな。お前……まだやりたい事があるんじゃないか?」
そうヤムに告げると、少しの間を置いてヤムが口を開く。
「……やはり、師匠には全てお見通しという訳ですね。敵いません」
苦笑した後でヤムが言葉を続ける。
「誤解しないでください。楽しかったのは本心です。クラスの者たちから色々と手ほどきを受け、普段なら絶対にしない格好で師匠と二人の時間を過ごせて……。次はいつこんな時間が過ごせるのでしょうかと思える日だったのは本当です。ただ……誰かから教えられた事ではなく、私自身が師匠としたい事を出来たのか?と思ってしまいました。やはり、私はまだまだ修行不足です」
ヤムが真面目な顔でうつむきながらそう言った。その言葉に嘘がないのは間違いない。だから自分も言葉を返す。
「あぁ。それに関してはそうだろうな。……で、どうする?夜になるにはまだ少し時間に余裕があるぜ?」
そう自分が言うと、ヤムが顔を上げて口を開く。
「……師匠。もう少しだけ自分にお付き合い願えないでしょうか」
どうやら、ヤムとのデートはもう少し続きそうである。




