145話 ハイン三番勝負 プラン編(後)
「……そうでしたか。孤児院の皆様のためにハインさまは自ら施設に入ることを選んだのですね。どこまでもお優しいお方……うふふ……好き……」
果実酒を飲みつつプランが言う。『自分の今までの事やこれからの事を聞きたい』というプランの要望に応え、どうして自分が施設に入るに至ったかという経緯をひとまず話した次第である。
「……そんな美談な話じゃねぇぞ。あのまま孤児院にいても満足に食える訳じゃねぇから早いところ施設に行こうって思っただけだよ」
そう自分が言うものの、こちらをまっすぐ見ながらプランが言う。
「いえ。ハインさまの口ぶりから分かります。自分が孤児院を出る事が皆様のためだと思ったのですよね?自分が早くそこを出れば残された皆様の食い扶持を増やせると思ったのでしょう?怪我や命の危険があれども、衣食住が保障された施設に行くという理由も成り立ちますし」
どうやら自分の意図は完全にお見通しのようだ。それならば隠す事でもないのでそのまま話を続ける。
「……そうだな。更に言えばクエストや報酬で得た金を孤児院に送る事も出来ると思ったのもデカいな。満足出来る支援が出来ているかといえばまだまだだけどな」
プランに話しながら、当時はそう思いながらも特級に上がるまでは雀の涙程度の支援しかしていなかった事を思い出す。
クエストに出るようになり、自分の懐に多少の金銭が手に入るようになった時は恥ずかしながら支援とは別に酒や食などで自分の欲を満たす事も多かった。支援と呼ぶに値する金額を孤児院に送れるようになったのは特級に進み、テートやコーガたちと触れ合い首席を目指す頃だったと思う。
(それもあって今回は飛び級時代からそれなりの金額を孤児院に送金はしているがまだまだ足りねぇ。少なくとも、あいつらや新しく孤児院に入った奴らが三食たっぷり温かい飯が食えて暖かい布団で寝られる環境を早く整えてやらねぇとな)
改めてそう思っていると、プランがまた酒を一口飲んでから口を開く。
「いえ、本当に立派です。……私がここに来た理由は決して褒められたものではありませんから」
そう言ってプランがうつむく。その表情が気になって思わず次の注文を頼むよりも先に声をかける。
「褒められたものじゃないって?……理由を聞いても良いか?」
自分がそう言うとプランが顔を上げ、自分のグラスを見てつぶやく。
「構いませんよ?……あ、そ、その前にお替わりを頼んでからにしますね」
プランの言葉に頷き、互いに追加の酒を注文する。新たに届いたグラスの酒を受け取り、店員が去ったと同時にプランが口を開く。
「わ、私は……実家であるネイルス家を離れるために施設に入りました。理由は見合いから逃げるために……です」
そう言ってプランが酒を一口飲み、会話を続ける。
「……わ、私の生家であるネイルス家は、自分で言うのは気恥ずかしいのですが名家と呼ぶに差し支えない家柄だと思います。それ故にかなり私は幼少の頃からかなり厳しく躾けられました。学問、武術、礼儀作法に至るまで全てにおいてです」
イスタハもだが、プランにも育ちの良さを感じたがそれで合点が行く。時折プランが口にする家訓とやらを聞いていていたが、内容はさておき普通の家ならそもそもそんなもの自体がないと思っていたがこれで納得である。
「なるほどな。で、何故施設を選んだんだ?」
そう自分が問いかけるとプランが一瞬だけ間を置いて答える。
「……ね、ネイルス家は代々、男児がいなければ長女が婿を取るしきたりとなっております。本来なら十五を境に婿を迎える流れとなるのですが、私はそれが嫌でした。とはいえ、理由もなく家を出る事は出来ません。……そこで、私は施設に入る事を自ら望みました」
つまり、望まぬ結婚を避けるために卒業までに数年はかかると思われる施設に入り、言い方は悪いが時間稼ぎを試みたという訳か。
……だが、イスタハとは違い自らプランが望んだとしても名家とされる程の家がすんなりと娘を危険が伴う場所への入隊を許すだろうか。そんな風に考えていた自分に気付いたのか、プランが苦笑しながら話を続ける。
「ふふっ。わ、分かりますハインさまのお考えになっている事。そんな娘を施設に入らせるなんておかしい……ですよね?そ、それもネイルス家の家訓なのです」
そう言ってまた酒を一口飲んでからプランが続ける。
「ネイルス家の家訓『価値ある名誉を掴めるならば険しい道をゆけ』です。文武両道を心掛けるネイルス家で私は厳しく育てられました。そ、それこそ人前で萎縮してしまうくらいに。……そのせいで私はあまり自分の主張を出来なくなってしまいました。ほ、本末転倒ですよね……あはは……」
(……なるほど。確かに出会ったばかりの時のプランは今じゃ信じられねぇくらいの引っ込み思案だったな。育ちの環境の中でそうなっちまったって訳か)
そんな風に思っているとプランが更に続ける。
「幸い、私には体術の才があったのか武道の面ではそこらの男相手なら一網打尽に出来る程の腕になりました。そこまでならただの武道の心得のあるそこらの貴族のお嬢様と変わりません。で、ですがある時に私にはもう一つの才能がある事に気付きました」
そこまでプランが言ったところで自分が口を開く。
「……それが魔法。しかも、僧侶系クラスの才能って事か」
その言葉にプランが笑って頷く。
「せ、正解ですハインさま……うふふ……聡明……。ネイルス家で魔法の資質に目覚めた者は私を含め数える程しか存在しません。その才を活かし、ネイルス家の名をより広める事が出来るのではないか。そう言って親を無理矢理説き伏せてここに来た次第です」
確かに、ここで結果を出して施設を出て名を上げればその評判は各地に広がるだろう。ましてやそれが名家とされる家柄ならば尚更だ。
(……だが、現実はそんなに都合良くはいかねぇ。人前で萎縮してしまうプランが施設で円滑に人間関係を構築出来るかと言えば、考えるまでもなく答えはノーだ)
そう思いながら自分が口を開く。
「現実はそう上手くもいかず、結果ソロでの活動を余儀なくされたって訳、か」
自分の言葉にこくこくと頷きながらプランが言う。
「は、はい……施設に入って座学や個人でのクエストはそつなくこなせましたが、ご覧の通りハインさまたちにお会いするまでの私は完全なる一人ぼっち街道を爆進する有様でして……あ、あまりに辛くて諦めて家に帰ろうかとも思っていたくらいです」
プランの話に合点がいった。おそらく過去の世界では自分たちと出会わなかったため、心が折れたプランは失意の後にひっそりと家に戻ったのであろう。だから過去に自分はプランと出会う事もなかったし、その名を耳にする事もなかった訳だ。
(あくまで推測だが、自主的に除隊を選び家元に戻り、望まぬ形ではあるが家のしきたりに従ったってところか。……それもまた一つの選択肢ってやつか)
図らずも自分がまたプランの未来を変えたのだと改めて実感する。それがプランにとって良かったのかはまだ分からないが。
そう自分が思った瞬間、プランがこっちを見て真剣な顔で口を開く。
「……ですが、あの時に私の人生は変わりました。一人ぼっちの私を暖かく迎え入れてくださり、私の事を救ってくださったハインさまと出会う事が出来ました。私にとってネイルス家の未来よりも大切な物が出来たのです」
プランの真剣なその表情に言葉をどう返そうか考えていると、プランがさらに続ける。
「し、施設を出て冒険者として旅立つ際、父様や母様がそれをすんなり許してくれるかは分かりません。ですが、特級クラスでの卒業とそれに至るまでの実績を積めばそれを無視する事は出来ないと思います」
そう話したプランに、残った酒をひと息で飲み干しこちらも真剣にプランの方を見て言葉を返す。
「……本当に良いのか?施設を特級で卒業出来た時点で名家としては十分過ぎる程の実績だ。婿取りの問題はいずれ考えなきゃいけねぇだろうが、その時はお前の意見もかなり通るだろうし何より怪我や命の危険に晒される事はなくなるんだぞ?」
自分の言葉にプランが笑顔を浮かべて言う。
「はい。全て承知しております。ハインさまはもちろん、ヤムさまにイスタハさまと出会えたこのご縁、無駄にするつもりはございません。結果を以てネイルス家に知らしめます」
そう力強い口調でプランが言う。出会った時からは想像もつかない姿である。そんなプランを見て思う。
(……現時点ですでにプランのスキルは当時組んでいたパーティーの僧侶と比較してもかなりのレベルだ。ここから更に修行をして伸びてくれたなら、魔王戦での回復役やサポートとしてはかなり盤石になるだろう)
だが、それはつまりプランを確実に過去の未来よりも危険な道に巻き込んでしまう事になる。自分に付いて来てくれる事を心強いと思うと同時に心に決意する。
「……なら、絶対に守り切らねぇとな」
そう心の中でつぶやくつもりが、小さくではあるが思わず口に出てしまった。
「……え?ハインさま今何かおっしゃいましたか?申し訳ありませんが聞き取れませんでした」
メニューに目を向けていたプランが顔を上げて自分に尋ねてくる。
「いや、何でもねぇよ。……さて、そろそろいい時間だな。互いに最後に一杯ずつ頼んで会計しようぜ」
そう言って自分もメニューを手に取り、最後の一杯を選ぶ事にした。
「いやー、結構飲んだな。思ったより長居しちまったな」
あれから互いに最後の一杯を飲み終え、会計を済ませて店を出たところでそう口にする。外は既に大分暗くなっており、酔った顔に外の夜風が心地良かった。
「そうですね……た、楽しくて私も普段より飲み過ぎてしまいました……」
そう答えるプランを見ると確かに顔がほんのり赤らんでいるものの、具合が悪そうな様子もないので安心する。
「帰ったらしっかり水飲んで休むんだぞ。危なそうなら無理せず風呂は明日起きてからにしとけよ」
そう返してまた歩みを再開する。プランの僧侶クラスの宿舎の近くまで見送りつつ帰る事になり、今はその帰り道であった。
「は、はい……大丈夫です。念のためシャワーだけにしておきますが、明日に支障をきたす程ではありませんので」
そう言って自分の少し後ろを歩くプラン。多少良いは回っているかと思うが足取りはしっかりしている。自分のペースに近い形で飲んでいたので少し不安だったが大丈夫そうなので安心する。
「そうか。くれぐれも無理はするなよ」
そうプランに声をかけ、しばし二人で歩く。程なくして僧侶クラスの宿舎の近くまでたどり着いた。
「よし。……じゃあこの辺りで大丈夫だな。あまり宿舎の近くまでいっちまうと何やら噂を立てられそうだからな」
そう言ってプランに声をかけ、挨拶をして別れようとしたその時だった。プランが自分に声をかけてくる。
「あ……ハインさま、髪にゴミが付いているようです。申し訳ないですが少し屈んでいただけますか?」
プランにそう言われ、髪に手をやるが自分では分からない。
「ん?どこだ?……自分じゃ分からねぇな。プラン、悪いが取ってくれるか?」
そう言ってプランの前に身を屈めたその時だった。
次の瞬間、プランの唇がはっきりと自分の頬に触れた。
「なっ……」
慌てて後ろに下がり、頬に手をやる。……一瞬ではあるが、間違いなく頬に触れた感触があった。プランの方を見ると、先程よりも明らかに顔を赤らめたプランがこちらを見て言う。
「え、えへへ……す、隙ありですハインさま……ネイルス家家訓……『好機は逃さず掴み取れ』です……こ、これ以上はヤムさまやイスタハさまにバレたら怖いので今日はここまでにしておきます。ご、ご褒美ありがとうございました……うふふ……」
そう言ってぺこりと頭を下げ、一目散に宿舎へと駆け出していくプラン。その後ろ姿を見ながら思わずつぶやく。
「……はぁ。やられたな。下手にぐいぐいこられるよりもよっぽど効果的だ」
流石にヤムはもちろん、イスタハにもとても言えないと思った。もし言えばプランだけではなく、自分にも何かしらの被害が及ぶ事は火を見るより明らかである。
(……ある意味、三人の中でプランが一番したたかなのかもしれねぇな。今後は二人きりになったら気をつけないとだな)
そう思いながらも、魔王と再び対峙する際にプランが傍にいてくれたらどれだけ心強いかと想像しながら空を見上げる自分がいた。




