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144話 ハイン三番勝負 プラン編(前)

「……さて、今日はいったいどうなる事やら。イスタハみたいに良い感じで締めくくれたら良いんだがな」


 そうつぶやいて待ち合わせ場所へと向かう。時間通りに待ち合わせ場所へと辿り着くと、既に到着していたプランがこちらを見つけて小さく手を振る。


「お……お待ちしておりましたハインさま……」


 こちらの姿を見つけて微笑むプランの姿に一瞬目を奪われる。普段は僧侶らしくローブ姿でいる事がほとんどだが、今日のプランは違った。


 普段は垂らしている前髪を髪飾りで止め、ふわりとしたやや長めのスカートと淡い色のショート丈のトップス。気付けば歩きながらプランの姿に目を止めている者たちもいた。


(……普段の態度や言動がアレだから忘れていたが、プランもヤムも普通に美人の部類だからな。思わず見とれちまったぜ)


 そんな事を思いながらプランの元へ向かう。自分を見てプランがまた微笑みながら自分に声をかけてくる。


「ど……どうですかハインさま……せ、精一杯私なりにお洒落を頑張ってみました……」


 おずおずと自分に尋ねてくるプランに、素直に言葉を返す。


「……あぁ、可愛いと思うぜ。いつもと違う雰囲気だから驚いたよ。似合ってるな」


 正直にそう伝えると、プランが顔を赤らめ指を絡めてもじもじしながら言う。


「え……えへへ……ほ、褒めてもらえました……嬉しい……」


 そんな風に恥じらう様子のプランを見て思う。


(……そういや、イスタハもだがプランも名家の出だったよな。どんな事情で隊士を志したかは今まで詳しく聞いてなかったな。本来ならこんな風にお洒落をして買い物や茶会を楽しむ日々を当たり前に過ごしていてもおかしくないだろうに。……いつか聞かせて貰える機会もあるのかな)


 そんな事を考えていると、いきなりプランが自分の腕に手を絡ませてくる。


「で、では今日は一日よろしくお願いいたしますハインさま……うふふ……」


「お、おいおい。流石にこれはまずいんじゃないか?……その、俺もだがお前も特級になった訳だし、人前でこういうのは……」


 自分の腕に伝わる暖かく柔らかな感触を極力意識しないようにしながらそう言うものの、プランは意にも介していないようでそのまま歩き出す。


「今日はデートですハインさま。ヤムさまは例外として、他に悪い虫がつかないようにする必要がありますので……うふふ……牽制……」


 思ったより力強くぐいぐいと引っ張られながらプランに連れて行かれる。どこに向かっているのか分からないが、ひとまずされるがままプランに着いていく。


(……流石にイスタハに続けて甘味処巡り、ってパターンだけは勘弁して欲しいところだけどな。プランはあまり甘い物を食うイメージはないがどこに連れていかれるのやら)


 そんな事を思いながらもしばらく歩き続けるとプランが足を止める。ようやく到着したかと思って顔を上げると視界の先に思わず絶句した。


「……おいプラン。ここはいったい……」


 目の前にはいわゆる『宿泊所』がずらりと並んでいた。宿泊所とは仮の名で、男女の営みを致す用途に使われる施設である。


「うふふ……わ、私としては御宿泊でじっくりといきたいのですが、時間的に難しいので御休憩……ですが長時間の滞在を主張……えへへ……」


 そう言ってプランがこちらを上目遣いで見上げる。


「ハ、ハインさまはどんな部屋がご希望ですか……?わ、私は綺麗であればどんな部屋でも……」


 そこまで言われたところで、自由になっている片方の手で頭を抱える。


 ……やっぱりこうなったか。流石に一線を超える願いは聞き届けられないため、ため息を吐きながらプランに言う。


「却下だ。流石にそれは無理だなプラン。いくらデートとはいえこっちの叶えられる要望のレベルを超えてるぞ」


 その言葉にショックを受けたプランがなおも抵抗する。


「そ、そんな!せ、せっかくお洒落かつ脱がしやすい服を着て来たのに……こ、ここではお見せできませんが下着もかなり勝負したものを選んできたのですよ……?」


 ……正直、興味が全くないかと言えば嘘になる。が、理性がどうにかそれを抑え、一呼吸置いて冷静に言葉を放つ。


「……『警告』だプラン。これ以上粘る様なら今日のデートは中止だ。更にそれに加えてイスタハへの一部始終を報告するぞ。今ならまだ間に合う……どうする?」


 その言葉にはうっ、と声を漏らしながら思わず自分の腕を離して背筋を伸ばすプラン。強行すればデートの強制終了か後日待ち受けるイスタハの『お仕置き』にショックを受けたのであろう。おそらく後者の方が大きいとは思うが。


「わ……分かりました……き、今日は残念ですがひとまず諦めておきます……」


 そう言いつつも明らかにテンションが落ちたプランの顔を見て、少し気の毒に思い、プランの頭にぽんと手を置いて声をかける。


「……ま、流石にその願いは叶えてやれねぇけどさ、他にどこか俺と行きたい所とかやりたい事があれば出来る範囲で付き合ってやるよ。……あ、でも出来れば甘い物は程々に控えてくれたら嬉しいけどな」


 自分の言葉にプランの表情が明るくなる。するとプランがおずおずと言う。


「は……はい!で、ではあちらへ行くのはまた次の機会にするとして、ハインさまとしたい事はまだまだたくさんあります!」


 ……次の機会という言葉に引っかかるが、ひとまずプランの調子が元に戻った事に胸を撫でおろす。


「ん。じゃあお前のしたい事や行きたい所を言ってくれ。繰り返すがくれぐれも常識的な範囲内で頼むぜ」


 自分の言葉にプランが少しだけ考え、やがて口を開く。


「き、決めました!で、では……私に付いて来てください!」


 そう言ってプランが再び自分の手を取り駆け出した。


「……お待たせしました。こちら林檎酒の紅茶割り、それに香草サラダ、鶏のスパイス焼きと芋の素揚げになります」


 テーブルの上にトレーに乗せた酒と料理を置く。椅子に座ったプランがにこにこと笑顔を浮かべて言う。


「あ、ありがとうございます……で、ではハインさま用の麦酒を追加でお待ちいただき、私の向かいに座ってください……えへへ……」


 言われた通り自分用の麦酒を用意してテーブルを挟む形でプランの前に座る。ちなみに自分の格好は以前潜入捜査をした時と同じく執事姿である。あの時から少し間が空いていたものの、無事に執事服を着こなして髪をセットしてから自分の個室でプランからリクエストされた自分の手料理を用意して現在に至る。すぐにでも目の前の麦酒を口にしたい欲求を堪えてプランに声をかける。


「しかし、最初は何事かと思ったぜ。いきなり商店街で食材や酒を凄い勢いで買い込んだと思ったら『執事服で料理を作って私をおもてなししてください!』だもんな。ま、これならお願いとしたら全然許容範囲だよ。……では、ひとまず乾杯といきますかお嬢様?」


 そう自分が声をかけると、はうっ!と声を漏らした後にプランが酒の入ったグラスを手にして言う。


「お、お嬢様呼びは止めてくださいましハインさま……その格好でのその呼び名は色々な意味で私に効いてしまいます……」


 プランのその様子がおかしくて、思わず笑いながら声をかける。


「そうか。それなら口調はいつもの感じにさせて貰おうか。じゃ、とりあえず乾杯」


 そう言ってプランの手にしたグラスに自分のジョッキを傾けた。一口麦酒を喉に流し込んでからプランに尋ねる。


「さてと。ひとまず酒と簡単な料理は用意した訳だが、この後はどうしたい?あ、勿論他に飲みたい酒や料理があったら言えよ。出来る範囲で作ってやるからさ」


 そう自分が言うと、プランがグラスの果実酒を一口飲んでこちらを見つめて言う。


「……そ、それでしたらお言葉に甘えさせていただきまして……」


 そこで一旦言葉を切り、果実酒をさらにぐいっと勢い良く飲んで口を開く。


「……お話がしたいです。その、ハインさまと色々な事を。今までの事やこれからの事を」


 プランの表情が真剣だったためその言葉に頷き、互いに空になった酒を補充してから会話をする事にした。


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