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143話 ハイン三番勝負 イスタハ編(後)

「ちょっとあんた!なんだいこれは!火龍の眼に……こいつは真玉じゃないか!眼はともかく、真玉なんて中々お目にかかれない超希少なレア素材じゃないのさ!」


 目の前に並べられた素材を一つ一つ念入りに確認しながらタースが興奮気味に叫ぶ。それもそのはずだ。隊士がこんなレア素材を持ち込む事は中々ないだろう。少し間を置いて冷静さを取り戻してから更に言葉を続ける。


「……しかし驚いたねぇ。眼はまだしも真玉とはね。あたしもここに工房を構えてからだいぶ経つけれど、こいつを素材にして加工した事なんて数える程しかないよ」


 そう言いながらテーブルに置かれた素材を改めて見つめてタースが言う。


「厳しいか?」


 そう自分が言うと、ふんと鼻を鳴らして新たなタバコを口に加えて火をつけ一口吸ってからタースが口を開く。


「誰に物を言っているんだい?ふざけんじゃないよ。こんなレア素材、他の奴に使わせてたまるもんか。見てな。あんたが施設を出て冒険者になっても使い続けたくなるような業物をこいつを使って仕上げてやるよ」


 グラスの酒を飲み干し、自分もタバコを一口吸ってから答える。


「あんたならそう言ってくれると思ったよ。よろしく頼むぜ。で、早速相談なんだが……」


 そう言ってテーブルを挟みながらタースと打ち合わせを開始した。



「ただいま。あ、ちょうど良いタイミングだったみたいだね」


 一通りの相談を終え、片付けを始めていたところにイスタハが工房に戻ってきた。


「おう。今終わったところさ。んじゃ、そろそろ戻るとしようか」


 片付けを済ませ、タースに挨拶をして二人で工房を後にする。気付けば外は夕暮れ近い時間になっていた。


「どうする?特級クラスは門限もほぼ無いようなものだし、ここらで軽くもう一軒寄ってから部屋に戻る事にする?」


 イスタハの申し出に思わず顔が引きつる。それを察したのかイスタハが笑いながら言う。


「大丈夫だよ。今日は散々ハインに付き合って貰ったからね。最後の一件くらいはハインの行きたいお店にしようよ。少しだけなら僕も付き合うからさ」


 イスタハの申し出に心から安堵する。もしこれで最後にもう一軒甘味処などと言われたら卒倒していたかもしれない。ありがたくその申し出に甘える事にする。


「そうかい。じゃあそうさせて貰う事にするよ。ここから少し歩いたところに良い店があるからそこに行こうぜ」


 そう言ってイスタハの前に立ち、目的の店へと向かった。



「……美味ぇ……唐揚げが美味ぇ……肉と脂最高……麦酒でそれをすかさず流し込んで……そしてまた唐揚げへ……至福のループだ……」


 脂分と塩分を心から欲していたため、しばし無心で出された料理を酒で流し込む。


「そ、そこまでだったんだね……ごめんねハイン。甘味ハシゴの間に一軒くらいこういうお店を挟めば良かったね」


 自分の様子に若干引き気味の様子でイスタハが言う。


 そんなイスタハの前にはサラダと果実水のみで、自分の前には山積みの唐揚げと最大サイズのジョッキに並々と注がれた麦酒のお代わりが既に用意されている。唐揚げを一皿、麦酒を二杯平らげたところでようやく人心地ついて口を開く。


「……いや、今日はお前にとことん付き合うって決めてたからな。お前の都合優先で構わねぇさ。ま、ちょいと自分の予想を超えてたってのは正直なところだけどな」


 苦笑しながら自分がそう言うとイスタハも笑いながら答える。


「あはは。次はちゃんと加減するからたまにはまたお願いね。……さて、せっかくだし僕も少しハインに付き合おうかな」


 そう言うと果実水を飲み干し、近くの店員に声をかけるイスタハ。それを横目にタバコに火をつける。


 この店は値段の割に料理がどれも美味く、かつ客に対して細かい事を言わずに暗黙の了解で酒やタバコもお咎めなしのため、当時から通い詰めていた店だ。店内でも食事が可能だが、非喫煙者のイスタハに配慮して屋外の席を選んだ。


(幸い天気も良いからな。流石にタバコを吸わないイスタハを自分や他の客で煙まみれにしたくないから良かったぜ)


 そう思いながら一服していると、イスタハの前には果実水ではなく果実酒が置かれた。しかもかなり濃い目の酒である。


「……ん?どうしたイスタハ。お前、普段飲まねぇだろ。注文を間違えたか?」


 そう自分が言うと首を振ってからイスタハが答える。


「ううん。間違えてないよ。全く飲めない訳じゃないしたまには良いかな、って」


 そうイスタハが言ったため、自分も付き合う事にしてイスタハと同じ物を頼む。程なくして自分の前にも同じ果実酒が届く。


「それじゃ、改めて乾杯」


 そう言ってイスタハがグラスをこちらに合わせる。二人で一口酒を口に運ぶ。美味い。果実の濃さと強めの酒が程良く調和している。


(……しかし珍しいな。四人で何かの節目や祝いって時でもほとんど飲まないイスタハが自分から飲むなんてな。何かあったか?)


 そう思いながらもう一口酒を口に運ぶと、イスタハがゆっくりとグラスを置いて口を開く。


「……今更だけど、あの時は本当にありがとうね、ハイン。こんな時じゃないと中々言えないからさ」


 小さく、だがはっきりとした口調でイスタハが言う。その声に改めてイスタハを見る。こちらを真っ直ぐ見つめてイスタハが言葉を続ける。


「ハインに助けられたあの時……木刀で殴られている間ずっと思っていたんだ。『もう、限界だ』って。教官に訴えたところできっと何も変わらないし、家に帰る事も許されない。僕にとってあの空間は地獄でしかなかった。死ぬか逃げるか。そのどちらかしかもう僕には考えられなかった」


 そう言って勢いよくグラスの残りを飲み干すイスタハ。すかさず近くにいた店員にお代わりを頼む。自分は無言でタバコを吸いながらイスタハの次の言葉を待つ。


「……そんな中、僕をいじめていた奴らが目の前でいきなり吹っ飛んだ時は最初何が起きたか分からなかったよ。あの時の事はきっと一生忘れないと思う」


 イスタハの前にお代わりの酒が置かれる。会話を遮らないように自分も追加の酒を頼みつつイスタハの言葉に耳を傾ける。


「あの日から僕の人生は一変した。周りから虐げられていたはずの僕が気付けば特級になり、魔術師クラスの期待の星、そして次回首席最有力候補なんて言われる未来が訪れるなんて想像もしていなかった。正直、今でも信じられないよ」


 イスタハの独白にただ無言でタバコを吸いながら耳を傾ける。なおもイスタハが続ける。


「……今でも時々思うんだ。もし、あの時ハインと出会っていなかったら一体僕はどうなっていたのかってね」


 イスタハのその言葉に思わず顔をしかめる。自分はその未来を知っているからだ。


 ……もしかしたらイスタハが施設を飛び出し、魔王の配下に加わってしまうターニングポイントがあの日だった可能性だってあったのだ。図らずも自分はあの時最善の選択肢を選んでいたのだと今になって実感した。


(……もし、あの時俺が動いていなかったら今イスタハがこうして自分たちといる未来は既に閉ざされていたかもしれないって事だ。そう思うとこの偶然の奇跡に感謝しなきゃいけねぇな)


 そんな風に思いながら新しいタバコに火をつけて一服していると、イスタハが真っ直ぐにこちらの目を見て言う。


「今の僕、そしてこれからの僕があるのはハインのお陰だ。だから今ここで改めて誓うよ。君のために僕はもっと強くなる。君の隣でずっと戦うために僕はもっと凄い魔術師になるから。……だから、君が施設を旅立つまでの間、少しでも多く君の隣にいさせて欲しい」


 イスタハの眼光と言葉の重みに咄嗟に言葉が発せない中、更にイスタハが言葉を続ける。


「多分、僕だけじゃなくヤムやプランもそう思っていると思う。でも、僕たちがどれだけ頑張ってもハインが施設を旅立つのが早いと思う。だから、少し待たせてしまうとは思うけど……必ず追い付くから」


 下手に言葉を並べると感傷的な事を口にしそうになるため、最低限の返事をイスタハに返す。


「……あぁ。先に外の世界で待ってるぜ」


 そう言ってグラスの中の酒を一気に飲み干した。



「……部屋の前まで送らなくて大丈夫か?お前にしては大分飲んだだろ?」


 会計を済ませて店を出て少し歩いたところでイスタハに声をかける。


「大丈夫だよ。流石に自分の限界を超えちゃうような飲み方はしていないよ。ハインこそその辺りで寝ないように気を付けてね」


 笑いながらイスタハが言う。身に覚えがあるだけに言い返せない。この様子なら大丈夫だと思い、互いの部屋までの道を夜風に吹かれながら歩く。気付けば魔術師クラスの宿舎の近くまで辿り着いていた。


「じゃ、僕はこの辺りで。明日明後日と今度はあの二人を相手にする訳だから頑張ってね。……一応節度は持つように二人には念入りに釘は刺しておいたけれど、それでも何かがきっかけで二人が暴走する可能性はゼロじゃないからね」


 イスタハのその言葉だけで少し酔いが醒めてしまう。明日からの二日間を思うと気が重い。


「……そうだったな。入念に気を付けるよ。最悪の場合は武力行使に出るのもやむを得ない気持ちで臨ませてもらうとするさ」


 自分の言葉にイスタハも頷く。


「そうだね。それくらいの覚悟で挑んでおいても良いかもね。ただ、二人とも僕と同じくらい……いや、それ以上にハインと過ごす日を楽しみにしていたのだけは忘れないであげてね。あ、もう着いちゃったか。じゃ、僕はここで。おやすみ。ハイン」


 そう言って手を振り自分の部屋へと向かうイスタハの背中を見送る。その姿が徐々に小さくなるのを見つめながら心の中でつぶやく。


(……おい魔王。分かるか?伝えられるものならお前に伝えてやりたいくらいだよ)


 既に未来改変は始まっていたが、今日のイスタハとの二人きりの時間で改めてそれを実感した。


(お前にとって決して使い捨てではない戦力であったイスタハが今、改めてこちら側に着いた。人間でありながら魔王側に堕ち、その強大な魔力で多くの人間を滅ぼした存在がな。これだけでもお前の戦力は下がったんだ。そして、その戦力はそのままこちらに加わったんだ。それも、ただのパーティーを超えた絆で結ばれた存在としてな)


 イスタハの姿が完全に見えなくなったところでタバコを取り出し、火をつけて一服し、煙と共に声に出してつぶやく。


「……イスタハやハキンスだけじゃねぇ。見てろよ魔王。当時、お前らに殺された仲間や救えなかった奴らを可能な限り救った上でお前のところに辿り着いてやる。それが俺の復讐だ」


 そう言って雲一つない夜空を見上げた。


 夜空で輝く月が、何故か笑ったように見えた。


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