141話 ハイン、失言で己の首を絞める
「……何か、まだ信じられないな。この僕が特級クラス入りだなんて」
正式に特級クラスへの進級が決まり、細かな手続きを終えてヤムとプランと共に四人で合流して食堂のテーブルに着くと開口一番イスタハがつぶやく。
「おいおい、今から何言ってるんだよイスタハ。大変なのはこれからだぞ?特級になれば今までとは段違いの難易度のクエストに挑む事になるんだぜ?」
特級クラスともなれば今までのような安全が保障されたクエストだけではなく死と隣り合わせのクエストに向かう事もある。素材や報酬がリスクに見合うものであればまだ良いが、場合によっては施設や国の名誉のためだけに危険に晒される任務に派遣される事もある。
「それだけじゃねぇぜ?特級になれば下位クラスの隊士の手伝いや指導の機会も増えるからな。それにお前、ただでさえイケメンなんだから女性隊士からの直接指名での救援リクエストが殺到すると思うぞ。しばらくは寝る暇もないほど忙しくなるんじゃねぇか?」
自分の話に顔をしかめてイスタハが言う。
「脅かさないでよハイン。ただでさえ手続きの際にザラ教官から特級クラスに進級するって事で色々と手厳しく言われたんだから……」
疲弊してテーブルに突っ伏しているイスタハに警告半分、からかい半分で声をかける。
「いや、マジでお前は今から色々覚悟しておいた方が良いと思うぜ?俺ですら何回も下位クラスの隊士から直接リクエストがあったからな。まぁ、俺の場合は七割が男の隊士だったけどな。お前ならきっと九割以上が女性隊士に……」
そこまで口にしたところで、背筋が冷たくなる程の殺気が走る。その殺気はテーブルに座っているヤムとプランから発せられたものであった。こちらが何か言うよりも早く二人が口を開く。
「……師匠?私、その話は初耳なのですが?……詳しく教えてください。ひとまず師匠に救援リクエストをした女性隊士の氏名と所属クラスを速やかに教えていただけますか?人一人一人に色々と警告しておく必要がありますので」
放った殺気を隠そうともせずヤムが言う。続けてプランも口を開く。
「……こ、これ以上ライバルは不要……す、速やかに排除……うふふ……」
二人から放たれる殺気に自分たちだけではなく周囲もざわつく。慌ててイスタハとの会話を中断して二人に声をかける。
「お、落ち着け二人とも。別にそいつらと何かあった訳じゃないし、わざわざお前たちに伝える必要がなかっただけでな……」
そう言うものの二人の殺気は止まらない。
「……師匠の優しさにつけ込み擦り寄る不埒な輩は全て排除します。師匠の側にいるのは最低限の事態を除き私たちだけで充分です」
「ネイルス家家訓……『不安要素は初期段階で速やかに除去すべし』……うふふ……」
二人の目が本気の表情になっているのを察し、慌ててイスタハに助けを求める。
「お、おいイスタハ。ちょっとこの二人を宥めるのを手伝って……」
だがイスタハがこちらを一瞥してしれっと言う。
「え?僕は知らないよ?ハインの自己責任でしょ。自分で二人をどうにかしなよ」
先程までの仕返しなのか、イスタハが平然とそう言い放つ。
「おい!今はそんな事言っている場合じゃなくてだな……」
自分の言葉がヤムとプランによってかき消される。
「師匠!」
「ハインさま!」
血走った目になった二人が自分に迫ってくる。我関せずと言った様子でイスタハがその様子を眺めている。
……その後、他の隊士に迷惑をかけないようにどうにか二人を宥めるためにおよそ二時間ほどの時間を費やす事となった。
「うぇええ……酷い目にあったぜ……」
あれから二人を宥めるために説得の末、特級昇進のお祝いのデートの時間を一時間延長するという話でどうにか落ち着かせた。質問ではなく尋問に近い中、知られたら不味い情報を隠しつつ二人を納得させるのは生半可なクエストよりも厄介だった。
(……一部の女性隊士には個人的な連絡先を聞かれたり、部屋の番号を尋ねられた事は絶対悟られちゃならねぇ。向こうも冷やかしや物好きの類で間違いないだろうが、万が一にも二人にそれがバレたらえらい事になる)
あくまでリクエストが施設経由であったこと、それ以降は継続した付き合いはなかったことを懸命に説明してようやく解放された次第である。実際にはクエスト後に施設内で遭遇した際に一緒に食事をしたり個人的に相談を受けて話を聞いたりなどはあったがその事実は全力で隠匿した。その甲斐もあってデートの時間が延びたことで上機嫌になった二人はそれぞれのクラスの教官に呼ばれたらしく食堂を後にした。
「まさに九死に一生って感じだったね。あ、勿論僕も二人と同じく色々付き合って貰うからね」
先程までのイスタハ以上にテーブルに深々と突っ伏していた自分の頭上へイスタハの声が響く。
「……勘弁してくれよ。ただでさえあいつらのデート……っていうか自由行動が控えているっていうのにお前まで俺を追い詰めるのか?せめてお前との買い物やらは心安らかに過ごさせてくれよ」
自分の返答にイスタハが淡々と言葉を返す。
「ハインの自業自得。僕を必要以上に脅かすからバチが当たったって自覚して貰わないとね。……ま、二人が一線を越えようとした時は流石に止めてあげるけどさ」
自分の味方は誰もいないという事をイスタハの言葉で改めて実感した。
……かくして、三人が晴れて進級を迎えるにあたって自分との自由時間をそれぞれ個別に三日に分けて過ごす事となった。
「はぁ……せっかくの休みが休みじゃなくなっちまうなこりゃ」
テーブルに突っ伏したまま、誰に言うでもなく一人そうつぶやいた。




