137話 ハイン、静かに怒る
(……よしっ!作戦成功だっ!)
プランの一撃で砕け散った原種の翼を見ながら作戦の成功を確信する。
『魔法で僕がまずドラゴン二匹の動きを同時に止める。一人が間髪入れず仕掛けて足止めし、僕かハインが追撃でどちらかの翼を封じる。相手が動きを制限されている間に、その翼を破壊する』
(本来、一番原種にも亜種にも一番効果のある『雷』ではなく、次に効果がありつつ動きに制限を与えやすい『氷』を瞬時に選んで仕掛ける判断。二匹を同時に食い止められる程の魔力の上達も凄いが、状況の分析力が飛躍的に向上しているな)
イスタハの思惑通りに事が運んだ事を内心喜びつつもすぐに次の行動に移る。次に自分がするべき事があるからだ。予想通り、プランに向かって放たれる殺気を感知する。
(当然だよな。相方を傷付けた張本人をそのまま放置する訳は……ないよなっ!)
翼を砕かれた痛みと衝撃で絶叫する相方の声を聞き、塞がれた視界の中本能で気配を探り、怒りのまま地面に着地したプランに向かって火球を放つ亜種の姿を視界に捉えたのでそれより早く即座に駆け出し詠唱を唱えた。
「……『防御障壁』っ!」
間一髪のタイミングで防御結界が発動し、プランに炸裂する前に火球を防ぐ事に成功する。
「くっ……!」
火球自体を防ぐものの、その衝撃に仰け反る。吹き飛ばされる一歩手前であったがプランが自分の体を支える。
「ハインさま……ありがとうございます!お陰で助かりました!」
自分をしっかりと受け止めながらプランが言う。追撃に備えようとプランへ言葉を返さずに前を向く。
「礼は後だ!最後まで気を抜くなよっ!」
体勢を整えて剣を構える。火球を防がれた事を悟るものの、塞がれた視界の中で闇雲に暴れる亜種に狙いを定める。
「まずはお前からだな。なるべく一瞬で仕留めさせて貰うぜ」
不恰好でもやけになり空中に飛び回られる前に亜種の方を先に仕留める。そう思い剣に魔力をかけ直す。
「雷よ!剣に宿れっ!」
雷の魔力を剣に纏わせる。この距離ならば充分に間に合う。地面を蹴りつけ一直線に亜種へと向かう。毒を持つ爪を振りかざした亜種の一撃を寸前で回避し、剣を振りかざして叫ぶ。
「煌け!そして貫け雷光!『閃雷刃』っ!」
雷の刃が亜種に直撃し、周囲に爆音が響き渡る。全身に電撃を浴びた亜種が咆哮を上げる間もなくその場に崩れ落ちる。
(……仕留めたっ!間違いなく今の一撃は会心の一撃だ!)
爪を振りかざしていたため、急所の首が下がっていたのも幸いした。そのため幸運にも急所に限りなく近い箇所に一撃を叩き込めたのも大きかった。絶命した亜種の姿を見て原種が悲しみとも怒りとも取れる咆哮を上げる。
『―――――――!!』
思わず耳を塞いでしまうほどの咆哮に、全員の動きが一瞬止まる。その隙を突かれ、亜種を直接仕留めた自分ではなくその場にうずくまったプランの方に原種が大きく口を開け突進した。
「なっ……!」
己の翼を打ち砕かれた事への怒りなのか、単純な本能なのかは分からないが相方を仕留めた自分ではなくプランに狙いを定めた事は計算外だった。ほぼ間違いなく原種は自分に向かって激昂して襲い掛かってくると思っていたため、反応出来ずにその場で一瞬固まってしまう。
「プランっ!避けろっ!」
そう叫ぶので精一杯だった。だが既に予想外の速度で駆け出していた原種は今まさにプランの体に毒牙を突き立てんとしていた。
(……駄目だ!間に合わねぇ!まずは最優先でプランを救出して、即座に回復と解毒を施して体勢を整えなきゃいけねぇ!)
そう思った瞬間、ヤムの声が辺りに響く。
「プランっ!」
原種の牙がプランに突き刺さらんとした瞬間、咄嗟に駆け付けていたヤムがプランを寸前で突き飛ばす。同時に、原種の牙がヤムの体に深々と突き刺さる。
「くうっ……!!」
牙の軌道が僅かに逸れたため、一噛みで噛みちぎられる事はなかったものの、深々と肩のあたりに牙が刺さったヤムが苦悶の表情を浮かべながら苦しげな声を漏らす。
「ヤムっ!!」
慌てて駆け出そうとした自分に、少し離れたところからイスタハの声が聞こえる。
「……『風爆破』!」
イスタハの放った風の球弾が原種の腹部に命中し、その痛みと衝撃で原種が思わず口を開き、悲鳴を上げ今まさに肩を食いちぎらんとしていたヤムをたまらず口から放り出す。
「……よくやったイスタハ!プランっ!今すぐヤムに『回復』と『解毒』をかけてくれ!こいつは俺が何とかするっ!」
二人の返答を確認する余裕はない。だが、二人なら必ずヤムを救出して救ってくれる。根拠はないがそう確信する。
(……今、俺に出来る事は一つ!二人がヤムの救出に専念出来る様にこいつを確実に……仕留めるっ!)
原種に向かってあえて明確に殺気を放つ。その気配を察知して原種がこちらに顔を向ける。
……そうだ。今お前が最も意識を向けるべき存在は俺だ。こっちを向け。そして俺を狙え。ただ単純にヤムの安全を確保するためだけではない。下手をすれば仲間を失いかねない事になった事に怒りの感情が湧く。
お前は今、ここで殺す。自分の中に明確な殺意が芽生えるのを感じた。自分の中で生まれ変わってから最大の殺意だ。それを自覚しつつも頭は急に冴え渡るのを感じる。
(……イスタハたちからはかなり距離がある。巻き込む恐れは無い。ヤムの様子が気になるし、小技で時間をかける暇は無い。必ず一撃で終わらせる)
原種と向き合い、剣を構えて意識を切り替える。
「『反転』」
意識が消失するその瞬間、原種の首を斬り飛ばした手ごたえを感じた。




