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132話 ハイン、道中で指南する

「……師匠。先程から我々に向けてではありませんが、周りから殺気や不穏な空気を感じます。これは目当てのドラゴンの気配でしょうか」


 周囲を散策していたヤムが自分に尋ねる。ヤムの言う通り確かに先程までと違い、遠くから様々な気配を感じる。


「ドラゴンかどうかは分かりませんが『気配探知』を唱えてみましたところ、私たちに気付いた様子はありませんね。おそらく、魔獣や魔物同士で牽制し合っているのかと」


 魔法で探索をしていたプランが言う。地面に座り休んでいたイスタハも声をかけてくる。


「ハインの資料で見たけど、上位の魔獣や高位の魔族は同士討ちや仲間割れの争いもあるんだよね。巻き込まれない様に気を付けないといけないね」


 イスタハの言葉に頷く。


「だな。高ランクに指定された奴等だと知能も高いしある程度の自我があるからな。ボス争いや縄張り争いは日常茶飯事だ。争いを聞き付けて更に他の魔物や魔獣が加わって複数で大乱戦なんて事もざらにあるからな。まぁ、悪いことばかりじゃなくて良いこともあるけどな」


 自分がそう言うとヤムが尋ねてくる。


「何故ですか師匠?他の魔獣も相手しなければならないですし、危険が増えるだけではありませんか?」


 イスタハから水筒を受け取り、水を一口飲んでからヤムの質問に答える。


「馬鹿正直に真っ向から争いに加われば、な。例えば争っている連中の中に目当ての魔獣か魔物がいたとする。当然互いに無傷とはいかねぇ。連中同士の同士討ちが終わるのを待つのさ。目当ての獲物が勝ったとしてもかなりの疲労やダメージがある。そこを上手く狙って仕掛けるのさ。相手が逃げ出し、かつ争いの中で深手を負ってくれていたら万々歳、って感じだな」


 自分の話に皆、なるほどといった表情を浮かべる。


「……いわゆる漁夫の利、って奴だね。確かにそれならかなり有利に戦えるし、こちらのリスクも少ないね」


 そうつぶやくイスタハの言葉にヤムも続く。


「そうですね。あわよくば直接戦わずに素材にもありつける訳ですね。勉強になります」


 そう。争いの中で落とした爪や鱗などの素材を回収出来る事もあるし、仮にその魔獣の尻尾や爪が目当てなら戦いの後にその場を探せば労せずにそれらを手に入れられる可能性もあるのだ。


「……ま、現実的に考えるとそこまで上手くいく事は少ないけどな。あくまで俺の体験談になるがこちらに気付いた瞬間、互いの標的が一気にこちらに向かう事も少なくない。タイミングが重要って奴だ。例えばだがどちらかが逃げた時や、相手を仕留めたその瞬間を狙ったりとかだな。慣れてくるとそのタイミングが分かってくる。逆に普通に仕掛けた戦闘の最中に別の魔獣が乱入して来る事もある。Sランクの時の注意事項だな」


 ふんふんと頷く二人の横で、プランがつぶやく。


「そ、それなら今回もドラゴンがそうなる可能性もあるのでしょうか……?た、例えば今回の目的であるドラゴンとドラゴン亜種の争いとか……」


 プランの質問に少し考えながら答えを返す。


「うーん。無くはないが可能性は低いな。そもそもドラゴンって種族は仲間意識が強いからな。同種や亜種の垣根を越えて夫婦というかいわゆる(つが)いになる事も多いからな。ドラゴン同士の縄張り争いみたいなのを除けば、ドラゴンの夫婦対他の魔獣みたいなケースの事がほとんどだな」


 そう自分が言うとイスタハが真剣な顔で自分に尋ねてくる。


「そうか。……じゃあ今回も僕たちが狙うドラゴンが番いのケースも想定しておいた方が良さそうだね」


 イスタハの言葉に頷きながら答える。


「あぁ。そう思っておいた方が間違いないだろうな。でなきゃ今回わざわざ原種と亜種の討伐とは言われないと思う。正直ドラゴンと他の魔獣一体の討伐、と言われたほうが楽だからな。おそらくだがこの区域の調査もだが、これ以上の繁殖を食い止める意味合いも含まれていると思うぜ」


 三人に話す事で自分自身に確認するようにクエストの内容を反芻する。自分たちの力量を計るついでに特定の種の繁栄も防ごうという腹だろう。ある意味したたかな姐さんの企みに感心する。


「……だから今回はドラゴン同士の仲間割れ、ってケースはあまり期待出来ないだろうな。各個撃破か他の魔獣との争いの隙を突いていく流れになるだろう。くれぐれも警戒を怠るなよ。ここから先は大分警戒して進む事になるだろうからな」


 そう言って再び歩みを進める。しばらく警戒しながら歩いていると、魔獣の叫び声が聞こえた。


「ハイン……!」


「静かにっ!皆、気配を消して様子を伺えっ!」


 イスタハの声を抑え、全員で木々の陰に隠れて警戒する。


(今の叫び声……俺たちに向けて放たれた訳じゃない。だが、確実に近くの獲物に向けてのものだって事は間違いない)


 息を殺して周囲を探る。叫び声の聞こえた方向へと少しずつ近付いていく。やがて急だった勾配が緩やかになり、視界の先に広い平面地帯が見える。その先に声の主の姿があった。皆に歩みを止めるように合図して様子を確認する。


(あれは……タイガーボルトか。ここから見える時点であのサイズって事はかなり大型だな)


 タイガーボルト。見た目は普通の虎とほぼ変わらないが、頭に生える大きな二本の角があるのが特徴である。体内で生成した雷をその角で放電させ獲物に放つタイプの魔獣である。


(素材的にはレアな素材が取れる魔獣だが、今ここで相手をする程のメリットはねぇな。何を探して吠えているかは分からないが、ここは関わらない方が無難だろう)


 そう判断し、三人に引き返そうと指示を出そうとしたその瞬間であった。突如空中から二つの大きな影が飛来し、タイガーボルトに襲い掛かった。


(……なっ!?)


 声を出すのをどうにか抑えた次の瞬間、周囲にタイガーボルトの絶叫が響き渡る。不意の一撃をまともにくらったため、得意の放電を放つ間もなく地面に崩れ落ちていく。容赦なくその体に爪や牙を突き立てる影の主たちの正体が明らかになる。それを見て思わず小さく声に出して言った。


「……マジかよ。言った途端にこれかよ」


 そこには、色が異なる二匹のドラゴンの姿があった。


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