129話 ハイン、試練の中で三人に告げる
試練のため施設を出発し、はや二日が経過した。
「師匠、あそこに自生している野草は生食可能なものですよね。味も悪くないものですし少し採取しておきましょう」
そう言って少し先にあった草むらへ野草を摘みにいくヤム。その横でイスタハとプランも地面に座り、少し前に収穫した木の実を布に広げながら会話をしている。
「どうかなプラン?これ、もう大分乾燥していると思うけど」
「は、はい。幸い気候も安定しておりますし、半日もしないうちに水分が抜けて食せるかと」
下処理を行えば非常食となる木の実の様子を確認しながら話す二人。三人とも無事に旅に関する知識をしっかりと頭に叩き込んでくれたようだ。
(うん。三人ともひと通り旅の知識を暗記してくれたみてぇだな。今回のクエストが長旅になるものじゃなかったとしても、いざ冒険に出た時にこの知識があるのとないのじゃ生存率が大きく変わるからな)
生きるために食は必須である。過去の人生で次の街や村に辿り着くまでに満足な食事を取れずに死ぬほど辛い思いをした事は一度や二度ではない。中途半端な知識で口にした野草や生物に毒性があり死を覚悟した事だってある。
(……たちの悪い毒性の菌類にあたって三日三晩一人岩陰でのたうち回った事もあったからな。上からも下からも色んなもんを垂れ流したあの時は本当に地獄だった。自分ですら辛かった思いをこいつらにはさせたくないと思って実体験を少しぼかしつつも例え話で話したのは正解だったな)
『不用意に毒物を口にして、死ぬか生き恥を晒す事になっても構わないのか?』の言葉が決め手となり、特にヤムとプランが熱心に暗記する様になったのは良かった。自分ももしあの有様を大勢に見られていたらと思うと恐ろしい。そんな事を思い出しながらイスタハとプランに声をかける。
「よし。携帯食料もまだ余裕があるし飲み水も充分に確保出来た。ヤムが戻ったら少し目的地に近づいておくか」
まもなくヤムが採取を終えて戻ってきたため、目的地への移動を再開する。
「……師匠。大分、辺りの空気が荒れてきましたね。それに道も悪くなってきました」
横を歩くヤムがつぶやく。ヤムの言う通り、ここからは移動にも時間がかかるだろう。
「そうだな。目的地に近付くにつれて道はここより更に悪くなると思っていいだろうな。水の色も濁ってきているし、ここから先は生水では飲まない方が良いな。野草や木の実の類も迂闊に手を出さない方が無難だ。もし必要に応じて採取するような事になったら念のため俺に声をかけてくれ」
三人が頷く。本来ならば生食出来る野草や木の実でも、魔獣の腐肉や糞尿の影響で毒性を宿してしまう場合があるからだ。こればかりは身をもって経験した自分でしか分からない。
(……そんな長いクエストになるとは思わないが、この後現地で食材や水を調達する必要が生じた際は注意しねぇとだな)
そう思いながら周囲の様子を警戒しながら先へと進んだ。
「……生態系が不安定といわれているだけありますね。この時点で遠巻きにですが何やら魔獣の気配が感じられます」
プランが自分に声をかけてくる。探知系の魔法を使っていたか本能で悟ったのかは分からないが自分が気配に気付くとほぼ同時にそう聞かれたため、感心しつつ言葉を返す。
「あぁ。残念ながら目当てのドラゴンじゃなさそうだが、それでも過去のクエストと比べてもかなりの強敵っていうのは間違いないな。お前は引き続き警戒と何かあったら魔法を放てるようにしておいてくれ。俺たちパーティーの守りの要はお前なんだからな」
そうプランに言うと、何やら指を絡ませながらもじもじした様子でプランが言う。
「え……えへへ……わ、私……ハインさまに頼りにされてる……ネイルス家家訓……は、『伴侶に頼られた時は全力で応えるべし』……うふふ……」
緊張感が削がれる気がするものの、攻守共に立ち回れるプランは実質自分たちの生命線である。最悪誰かが致命傷を負ってもプランさえ無傷ならばリカバリー出来るからだ。
(そう考えたら、今のこのパーティーは理想形だよな。暴れるだけの脳筋ばかりや口先ばかりの頭でっかちが揃った面子で戦った時の気苦労は半端なかったからな)
自分以外は魔法が使えないパーティー。その逆で肉弾戦や近接は自分しか出来ないパーティー。どちらのパターンもかつて体験した事があるが、その度に戦術を構築するのに頭を悩ませたのを覚えている。
(このメンバーを軸に成長して魔王と戦えたらベストだ。ここにもしハキンスやテートたちも加わってくれればそれがより盤石になるだろう。そのためには……)
そこまで考えていた時、殺気を感知する。先程までのおぼろげな気配とは違い、明らかに自分たちに向けられているものだ。自分に続き、ヤムとプランもそれに気付いて即座に武器を構える。
「プランっ!向かって右方向だ!行くぞっ!」
「はいっ!」
ヤムとプランが気配の方向へと駆け出す。同時に殺気を放った主がその姿を自分たちの前に現した。
「あれは……ホワイトウルフ。資料では見た事はあるけど、現物を見るのは初めてだね」
イスタハがいつでも魔法を放てる態勢に身構えながらつぶやいた。
ホワイトウルフ。特殊な環境で育ったウルフからごく稀に産まれる変異種のウルフであり、体内で生成した霧や毒を発生させながら得物を襲う魔獣である。危険度で言えばドラゴンやグリフォンのSランクにはやや劣るものの、AからA+ランクの危険度に指定される厄介な魔獣である。
「あぁ。施設にいたら中々お目にかかれる奴じゃねぇからな。……だが、サイズがでかい。通常のホワイトウルフより二回り以上はでかいサイズだ。気を付けろよ」
本来であればホワイトウルフのサイズは通常種のウルフとさほど変わらないはずである。だが、自分たちの目の前にいるホワイトウルフは明らかにそれよりも巨大なサイズだった。
(……サイズを考慮したらSランク相当の危険度って感じか。……周囲に他の魔獣や魔族の気配は無い。ここがベストのタイミングだな)
目の前のホワイトウルフから警戒の構えを崩さずに三人に声をかける。
「どうやらこいつがこれからの任務に向けての前哨戦、ってとこだな。……うん、丁度良い」
そこで一旦言葉を切って、三人の方を振り向いて言う。
「よし。じゃあこの実戦で特訓再開だ。イスタハ、ヤム、プラン。お前たち三人だけであいつを仕留めてみろ。手段は問わねぇ」
目の前のホワイトウルフが威嚇の唸り声を上げる中、三人にそう告げた。




