126話 ハイン、皆に見返りを求められる
「……ん?何か言ったかプラン?悪いが良く聞こえなかったからもう一回最初からはっきり言ってくれ」
自分がそう言うと、プランがおずおずと指を絡ませながら再び口を開く。
「は……はい……こ、今回のイスタハさんの試練を無事に皆でクリアしたら……個人的にご褒美が欲しいです。施設からの評価や報酬ではなく……ハインさま個人からの」
そうつぶやくプランの真意を測りかねるものの、現状三人にはかなり厳しい特訓を課しているという自覚があるため、何かしら三人には飴と鞭でいうところの飴の部分は必要だろうと思った。
「あぁ、そうだな。確かに何かを成し遂げた時の報酬っていうのは欲しいよな。分かった。もし今回の任務を全員で無事にクリアしたら、個人的にお前たちに俺から何かお祝いの意味で何かをしてやるよ」
自分がそう言った次の瞬間、プランは当然として、近くにいたヤムも眼の色を変えこちらに駆け寄ってきた。同時にプランが大声で叫ぶ。
「……と、取りました!ハインさまの言質を取りました!き、聞きましたかヤムさま!」
興奮しきりのプラン同様、ヤムも先程までの雰囲気とは一変して興奮した様子で叫ぶ。
「あぁ聞いた!私も確かに聞いたぞプラン!師匠!私もより一層この任務に向けて精進いたします!」
二人の勢いに気おされていると、イスタハがやれやれといった様子で自分に声をかけてくる。
「……あーあ。言っちゃったねハイン。ま、僕も悪いけど今回は二人に乗っからせて貰うよ。……今のハイン、大分スパルタだからさ。僕たちの事を思ってくれての事っていうのは分かるけどそれに付いていくのは本当大変なんだよ?今回は流石に僕もご褒美というか見返りは欲しいからね」
それはお前たちの今後を思って……とイスタハへ言葉を返すよりも先に、ヤムとプランから示し合わせたように声がかかる。
「師匠!」
「ハインさま!」
自分に向けて二人の声が綺麗に重なる。
『達成の暁には、私とデートをよろしくお願いしますっ!』
「は?……はぁあああ!?」
二人の声に負けないくらいの大声が自分の口から発せられた。こいつらは何を言っているんだと救いを求めるようにイスタハを見る。が、イスタハまで二人も同調するように口を開く。
「うんうん。これだけ辛い訓練を乗り切るならそれくらいの見返りは必要だよね。二人の気持ちも分かるよ。あ、僕も気になる魔術具があるんだよね。それを見に付き合って貰おうかな。むしろ特級に上がれたらご褒美に買って貰おうかな?」
どうやら皆、……特にイスタハは今回のスパルタ指導を完全に根に持っているようである。こうなってしまっては仕方がない。三人のご機嫌取りとモチベーションの向上も兼ねてある程度の要望には応えねばならないと思った。
「はぁ……分かったよ。もしお前たちが全員無事にこの任務を乗り越えたら、可能な範囲で要望に応えてやるよ。……ただし、あくまで常識の範囲内で、だからな?それはきちんと受け入れろよ」
イスタハはともかく、ヤムとプランの要望に底なしで応えたら間違いなく己の身が危ういと重い釘を刺す。理解しているのかいないのかはともかく、二人が即座に叫ぶ。
「はい師匠!節度を持った上で師匠との逢瀬を楽しみに今回の任務を乗り切る所存です!」
「え……えへへ……評価されてハインさまとデートまで出来るなんてご褒美以外の何者でもなし……私、何があってもが、頑張れます……」
本当に理解しているのかと不安になりながらも、先程までとは明らかにテンションと目の色が変わった二人を見る限りやる気を引き出せたのは確かなようだ。なおも騒ぐ二人を眺めているとイスタハが自分の肩をぽんと叩き声をかけてくる。
「ハイン……骨は拾ってあげるからね」
「不吉な事言うんじゃねぇよイスタハ!達成したら俺はいったいあの二人に何をされるんだよ!?ていうかその時はお前が止めてくれよな!」
……不安である。もはやこの後の試練よりもその後の自分がどうなるのかの方が怖い。超えてはいけないラインを超えないようにだけは注意しないと自分の身が危ういと思った。
(はぁ……。ただまぁ、これで少しでも三人のモチベーションが高まれば良いんだけどな)
自分のそんな気持ちとは裏腹に、翌日からの三人の訓練への取り組み方は目に見えて向上した。今までも皆が不真面目にやっていた訳では決してないのだが、向上心と成長速度が目に見えるほどに高まっていた。
(……こいつは驚きだ。イスタハはともかく、ヤムとプランのこの伸び方は想定外だ。三人ともまだまだ伸びしろがあるとは思っていたが、これはまだまだ化ける可能性があるな)
「師匠っ!続きをお願いします!今の立ち合いで一つ試したい事が浮かびましたのでっ!」
「ハインさま!今の仕掛け方で改善点を思いつきましたのでお付き合いよろしくお願いいたしますっ!」
あれ以降、一度たりとも弱音を吐かずに貪欲に修行するヤムとプランの勢いにはこちらが思わずたじろいでしまうぐらいであった。二人の修行を終えた頃には自分の方が疲弊してしまう事も珍しくなかった。
「お疲れ様ハイン。はい、まず水を飲んで体を休めて。あ、汗も体が冷える前にしっかりこれで拭いてね」
冷たい水とタオルを自分に手渡すイスタハ。言われた通りタオルで汗を拭いて冷たい水を勢い良く飲みようやく人心地つく。
「ありがとなイスタハ。……だが、お前たちのこの様子なら例の試練もどうにかなりそうだな」
そうイスタハに言うと、イスタハも力強く頷く。
「……うん。ハインのお陰で僕はもちろん、ヤムもプランもこの短い期間でかなりレベルアップしたと思う。どんな試練を言い渡されるか分からないけど、きっと全員無事にクリア出来ると思うよ」
イスタハのその表情に迷いはない。それだけ自身の成長を感じているのだろう。それを見て安心しながら再度言葉を続ける。
「あぁ。必ず全員無事にこの試練をクリアするぜ」
そう自分に言い聞かせるように言った。
それから一週間ほど四人で鍛錬に励む中、遂にイスタハが教官室へと呼び出された。自分たちの元へと戻ったイスタハが一枚の書状を手に自分たちにつぶやいた。
「……決まったよ。これが僕の、いや、僕たちに与えられた試験の内容だ」
そう言ってイスタハが自分たちの前に書状を広げた。




