120話 Aチーム一同、鍛錬に励む
日が暮れ始めた頃、授業の終わりを告げる鐘の音が周りに鳴り響く。
「……うぇええ……や、やっと終業の時間かよ……死ぬかと思ったぜ……」
その場で倒れこみ、そのまま嘔吐するのではないかと思うほどのため息を吐きながらザガーモがつぶやく。顔色は青を通り越して真っ白である。
「ほ、本当だね……僕もあと三十分授業が終わるのが遅かったら危なかったかも……」
ザガーモ程ではないにしろ、全身汗だくでカミラも疲労困憊といった表情である。他の面子も似たようなもので、ザガーモのように地面に倒れこんでいたり、その場でうずくまっている者もいる。
「……確かに、今日はかなりハードだったな。Bチームの倍の修練時間、しかも拘束具を着けた中での訓練だったもんな」
自分も全身から汗を流しながら言う。他の面子に比べてある程度基礎が出来ている自分ですらこの状態なのだ。テートのような一部の例外を除いた皆にはさぞかしキツいことだろう。
「……しかし、まだ見慣れねぇな。や、見た目だけなら涼しそうで何よりだけどよ」
そうぽつりとつぶやきザガーモを見る。青息吐息のザガーモがかろうじてといった状態ながら言葉を返す。
「……うるせぇ。それ以上そこに触れるんじゃねぇよ……うぇええ……」
そうは言っても気になるものは仕方ない。最初に目にしてから数日経ったとはいえど、ザガーモのこの見た目は強烈過ぎる。……なんせ、今のザガーモの頭は頭髪が一本たりとも存在しないつるつるの坊主頭なのだから。自分の後ろではカミラが笑いを堪えている。付き合いが長い分、今の見た目が衝撃的なのだから当然だろう。
自分も最初に見た時は我が目を疑った。休み開けに教室に入った自分の視界に入ってきたのは頬を真っ赤に腫らしたうえに、頭をつるつるに丸めた当時と同じ坊主頭のザガーモだったのだから。
あまりの光景に二の句が告げずに立ち尽くす自分を見て、ザガーモがぽつりぽつりと話し出す。
「……何も言うな。経過だけ話すから。……俺たちが緊急依頼で施設を離れていた間に、闘士クラスの彼女に隠れて僧侶クラスの子とデートしたのがバレててよ。土下座で謝罪して何とか許して貰ったけど、許す条件がこれって訳さ」
既に経過を聞いていたであろう皆が教室内で懸命に笑いを堪える中、絞り出すような声でザガーモが言う。……なるほど、それで自分が過去に出会った時はこの坊主頭だった訳か。
「ぷぷっ……た、大変だったねザガーモ。僕は逆にもっと長い髪が好きって彼女に言われたからこれから伸ばすつもりだけど……ぷぷっ」
笑いを堪えきれないカミラの言葉で合点がいった。だから当時自分が特級に上がった時とは二人とも見た目が今と違ったのだと理解した。
ともあれ、これでようやく二人に対する過去のイメージとの見た目のギャップに納得がいった次第である。そんな事を思っているとコーガから声をかけられる。
「……ハイン、終業前の講義まであと一時間程空きがある。今のうちにシャワーだけでも浴びてこねぇか?」
カミラたち程ではないにせよ、やはり汗だくで疲れた様子のコーガがこちらに声をかけてきた。確かにこの状態で座学を受けるのは辛いと思い、カミラとザガーモにも声をかける。
「そうだな。カミラとザガーモはどうする?」
自分の問いかけに未だ地面にうずくまったままのザガーモが言葉を返してくる。
「……悪ぃ……俺はまだしばらく動けそうにねぇ。授業までには何とか戻るからお前らだけで行ってくれ……」
「ごめんね。流石にこの状態のザガーモをここに放置は出来ないから二人で先に行ってくれるかな?講義までには回復すると思うからさ」
カミラからもそう言われたため、了解と返事を返してコーガと二人シャワー室へと向かった。歩きながらコーガが話しかけてくる。
「……しかし、やっぱすげぇなお前。この練習が始まってから疲れていてもその後平然としているのはお前とテートを除けばほとんどいないからな。お前みたいな奴が今まで下のクラスにいたのかが本当不思議だよ」
ここで過ごす時間は二週目だからな、とはとても言えないため返事に悩む。もっとも話したところでそれを信じて貰える訳もないのだが。
「……ま、努力の結果がようやく実ってきたって事かね。まだまだテートには追いつけないけどな」
才能、というコーガの嫌いな言葉を避けつつ適当にはぐらかす。そんな自分を見てコーガが言う。
「お前は……やっぱり凄いな。お前を見てると俺もまだまだ努力が足りないっていうのを肌で感じるよ」
お前の努力は別次元だよ、と言いたい気持ちを抑えてその後二人でシャワーを浴びる。髪を乾かして着替えた後、若干の余裕を持って教室へと戻る。ドアを開いた直後、大きな声が響いた。
「おぉ!戻ったかハイン!そしてコーガ!あの訓練の後でその様子!やはりお前たちは優秀だな!」
誰よりも早く終業と同時にその場を離れたテートが自分の席で大きな握り飯を頬張りながら言う。机の上にはまだ大きな握り飯が二つ並んでいる。
「お前……誰よりも早く訓練所を出たかと思えばそのためかよ。しかし、あの運動の後によく入るな」
呆れ半分、感心半分でコーガが言う。口にしていた握り飯をごくり、と飲み込みテートが言う。
「うむ!本当なら食堂で定食を食いたかったのだが講義があったのでな。とはいえ講義が終わるまでは待てないからな。無理を言って至急食堂で握ってもらったという訳だ。お前らもどうだ?」
そう言って机の上の握り飯を指差すテート。それならばとテートの言葉に甘えることにする。
「そうかい。じゃ、一つ頂くとするかな。コーガはどうする?」
そうコーガに聞くと、首を振りながら慌てたように言う。
「……悪いが俺は遠慮しておくよ。とてもまだその量は胃に入りそうにないからな。お前もよくあれだけ動いた後に入るな」
流石にテートのように何個もという訳にはいかないが、小腹が空いた状態だったので握り飯にかぶりつく。シンプルな塩を振っただけの白米がありがたい。これで講義が終わるまでは充分持つだろう。握り飯を平らげる頃には他の面々も徐々に教室へ戻ってきた。最後にカミラに介護されるように若干顔色がマシになったザガーモが教室に戻ってきたその後、すぐにムシック教官が教室に入ってきた。
「うん。全員揃っているね。よしよし。じゃ、手短に話を済ませようか。講義といってもちょっとした連絡事項みたいなものだから安心しておくれ。早く皆も休みたいだろうからさ」
そう言って教室を見渡すムシック教官。教壇に立つと早々に口を開いた。
「さて、皆ここ最近のハードスケジュールご苦労様。誰一人脱落することなく現状Aチームに留まれている事が私の選別が正解だったと実感している。事実、今日までの間にBチームの実質倍以上のカリキュラムを今日までこなしてもらっていたからね」
ムシック教官の言葉に教室内がざわつく。当然だろう。確かに座学の内容や訓練が今までになくハードだとは思ってはいたが、まさかそれらの内容が全てBチームの倍とまでは誰も思っていなかったからだ。皆の反応を見て満足げにムシック教官が言葉を続ける。
「ま、何故そこまで君たちに無理をさせたかというと、答えは簡単だ。今、我々勇者クラスを除くほとんどのクラスが進級や卒業に向けて慌ただしい事になっているのさ。それに伴い施設での素材不足や高難度のクエストの受注が一部を除き少なくなっている。そこを我々勇者クラスが一手に引き受けようというと思った次第さ」
そこまで一気にムシック教官が言い、皆の反応を確認してから話し始める。
「正直に言おう。ここ数日で君たちは本来なら二ヶ月分に相当する座学と実技のスケジュールをこなした。いや、強いられたと言って良いね。Bチームが今の君たちに追いつくには早くても一月、優秀な子でも三週間はかかるだろう。その間に君たちにやって貰いたい事があるのさ」
……なるほど。Bチームが今の自分たちに追いつくまでの間に何かをやらせようという訳だ。自分がそう思っていると、コーガが手を上げムシック教官に手を上げ質問する。
「話は分かりました。……それで、自分たちは何をすれば良いのですか?」
コーガの問いに、ムシック教官が答える前ににやりと笑った。




