119話 ハイン、自問自答ののち改めて決意する
「イスタハが……特級に?」
そう自分が言うと、イスタハが話し始める。
「うん。……実は僕たち魔術師クラスの特級の面子で施設の卒業や、早く冒険に出るために自主的に退校を願い出た人たちが重なって魔術師クラスの特級の人員に欠員が出てね。そこで上級クラスの僕とロッチに声がかかったんだ。覚えてる?隊士混合試合でハインと戦った彼だよ」
もちろん覚えている。かなり優秀な『火』の使い手だった。なるほど、彼のレベルならイスタハと並んで特級候補になるのも頷ける。
「あぁ、あいつならお前と並んで評価されるのも納得だな。……っていう事はお前がこれから特級に上がるために進級試練を受ける必要があって、その中にパーティーでのクエストがあるって事だな。当然協力するぜ。多分その前に面談や筆記を始めとした試験があると思うけどな」
自分の言葉にイスタハが頷く。
「うん。正直な話面談と進級試験は問題なくクリア出来ると思う。ソロの試練も内容にはよるけどきっと今の僕なら大丈夫。ハインたちのお陰で苦手だった体術も大分向上したからね」
確かにパーティーを組み始めたばかりの時は移動だけでもキツそうだったイスタハであったが、徐々にその表情が少なくなったように思う。魔力だけではなく、その辺りも成長したのだろう。
「それで、ハインは勿論だけどヤムとプランにも協力して欲しい。当然、二人が特級を目指す時は僕も協力するからさ」
そう言ってヤムとプランの方を見るイスタハ。二人が即座に返事をする。
「無論だ。師匠とイスタハにあの時出会えていなかったから今の私はいない。喜んで協力する」
「えへへ……ぼ、ぼっちだった私がこうして人に頼られる日が来るなんて……しあわせ……勿論私も参加します……えへへ……」
二人の返答に安堵の表情を浮かべるイスタハ。そんなイスタハに自分も言葉を返す。
「決まりだな。じゃあ進級試練の内容と時期が正式に決まったら教えてくれよ。俺はしばらくクラスでの講義や実習があるからすぐにっていうのは難しいかもしれないけどな」
自分で言いながら背筋に少し寒気が走った。あのムシックの姐さんの事だ。Aチームの面々には特にとんでもない課題を与えてくる事だろう。休み明けの事を考えると少し気が重くなる。
「うん。だから大まかに日にちが決まったら最初にハインに相談しに行くよ。ハインだけじゃなくてヤムもプランもあらかじめクエストや外せない授業があったら先に教えて欲しいな」
皆で頷き、現時点での大まかな予定を伝え合う。自分が今回の様に施設を離れる類の任務と重ならなければ大丈夫だし、事前に教官に申し出ればクエストのためならその間の授業は免除されるから問題ないだろう。
「了解だ。じゃあひとまずイスタハの面談と試験の合格待ち、って感じだな。知らせを待ってるぜ」
その後はまた他愛のない世間話で盛り上がり、部屋まで着いてこようとするヤムとプランを引きずるイスタハと別れ部屋へと戻る。こちらを見ながらイスタハにずるずると引きずられる二人を見てふと思った。
(……イスタハの体力や筋力が上がったのは、もしかしてこれが原因なのかもな)
そんな事を考えながら着替えを済ませ、久しぶりの自分の部屋のベッドに寝転がる。
「さてと……どうしたもんかな」
ベッドに横たわり一人つぶやく。今後の事を色々と整理したいと思い考える。
今回の緊急依頼の件で、色々と実りと課題が見えた。まず、コーガとの関係性が改善され、カミラとザガーモという気心の知れる仲間が出来た。クラス内で共に行動する機会が多くなるこれからの事を思えばテート以外に協力を仰げる仲間が増えたのは自分にとって心強い。
「同クラス内でしか受けられないクエストや任務もあるし、イスタハたちと都合がつかない事も増えるだろうからな。安心して共に戦える仲間がこの時点で出来たのはありがたい。あとは……」
背中を預ける事が出来る仲間は出来た。残る課題はただ一つ。自分自身の研鑽である。ムシックの姐さんの言葉が頭に浮かぶ。
『一か八かの賭けに出ざるを得ない状態だったとはいえ、その場で動けなくなるほどの魔力を注ぎ込むのは感心出来ない。たとえそれがどんなにやむを得ない状況だったとしても、ね』
確かに、どれだけの危機的状況だったにせよ全ての魔力を使い果たす一撃を放ったのは自分の判断ミスだったと言える。コーガやカミラと連携を取れる状況ならばまだしも、それが出来ない状況で発動出来るか分からない技を放つのはリスクが高すぎた。今こうして自分が生きているのはあくまで運が良かっただけなのだ。
「……俺自身の『成長』だな」
未だ全盛期に届かない自分の成長。筋力や体型は屈強と呼ばれて差し支えない頃に並ぶには今の年齢では限界はあるだろう。だが、決してマイナス面だけではない点も存在する。
「回り道も、生死を賭けたリスクも少ないこの状況。これを最大限に活かすんだ。そして、今の俺はそれが出来る環境にある」
苦手な分野から目を逸らしたり、怠惰に過ごした時間もあった隊士としての時間。勇者として施設を旅立ちながらも無作為に、あるいは考えなしに行動して己の成長を停滞させていた期間。
それらの時間を今回は排除しつつ、最短かつ最速で学びながら有効活用出来る状態なのだ。そして、今の自分には施設を旅立つ時期は多少の違いがあれども信頼出来る『仲間』もいるのだ。今度こそ、過去に救えなかった数々の出会いの中での皆を救いながら魔王を討つ。
「……やれる。今度こそ犠牲を最小限に留めて魔王を倒す。そのためなら何でも乗り越えてやる」
休み明けの事を思うと重かった自分の心に活を入れるかのように、天井を見つめながら拳を強く握り締めながらつぶやいた。




