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113話 ハイン一同対赤ヒュドラ戦、決着す

(発動は……した!やったか……!?)


 今の自分の持てる全魔力を放出したため、その反動で意識が飛びそうになるのを必死に耐えながら業炎に包まれるヒュドラの方を見る。


(威力は……この炎の大きさから見るに、全盛期のせいぜい半分ってところか。魔力をかなり消費した状態であの威力なら贅沢は言えねぇ。無事に発動しただけ感謝しなきゃだ)


 肝心なのはこの技で無事赤ヒュドラを仕留められるかがどうかなのだ。立っているのが辛くなったため、片膝をついて剣を支えにするようにして目の前の光景を見つめる。


「どうだ……?ブレスの首は確実に向こうの炎を呑み込む形で燃えている。その横の首……それに毒液を吐く首も炎に包まれているな。やったか……?」


 そう安堵しかけたその瞬間、ヒュドラが予期せぬ行動に出た。炎で千切れかけた他の首を勢いよく振り落とす様に自ら引きちぎり、そのままの勢いで残った最後となった一本の首が自分に向かって体当たりを放った。


「ぐっ……!!」


 体力も魔力も限界だったため、回避も出来ずに体当たりをもろにくらってしまい、勢いよく吹き飛ばされて地面に叩きつけられてしまった。


「が……はっ……!」


 口の中に血の味がにじむと同時に体に激しい痛みが走る。おそらく今の一撃で肋の骨が何本か折れたのだろう。


(……まずいな。全くと言っていいほど動けねぇ。さっきの技で全てを使い果たしちまった。肝心のブレスの首を始末出来たのはいいが……もう限界だ)


 途切れそうになる意識の中、やけに冷静になっていく自分がいた。


 ……ここまでなのか。やっと全盛期の自分の足元に手が触れようとした中で終わってしまうのか。まだハキンスとの決着も、イスタハたちとのこれからの約束も果たせていないというのに。


「……ざけんな。魔王も倒せていないのに、こんなところで終われるかよ……」


 そう思う自分の言葉とは裏腹に、もはや立ち上がるどころか指一本動かすことすらままならない。……本当に、本当に自分はここで終わってしまうのか。頭の中に絶望の感情が沸き起こる。脳裏に皆の顔が浮かぶ。


(……イスタハ、ヤム、プラン。それにテート、コーガ……ハキンス。頼んだぞ。……俺の代わりに、お前たちが今度こそ魔王を倒してくれよな)


 そんな事を頭で考えていた最中、周りをつんざくような叫び声が聞こえた。


「……うおおおおぉぉぉぉっ!!」


 声の主は……コーガだった。それに気付くと同時に再びコーガの絶叫が周囲に響く。


「……ざけんなっ!あんな凄ぇ技目の前で見せられて!厄介な奴を全部ほぼ一撃で仕留めて!そんなお前をこんなとこで……死なせる訳にはいかねぇんだよっ!」


 こちらに飛び掛かろうとするヒュドラよりも一瞬早く、ヒュドラに向かってコーガが剣を振りかざしながら叫ぶ。


「これで……終わりだっ!くらえっ!『絶滅(ディストラクション)』!」


 ヒュドラの牙が自分に届くより早く、コーガの一撃が最後の首を弾き飛ばした。


「はあっ……はあっ……やったか……?」


 コーガが息を荒げて言う。回復しきっていない中での全力の一撃だったため、コーガの表情も苦しそうである。首だけをどうにか動かしてヒュドラの方を見る。全ての首を失ったヒュドラは音を立ててその場に崩れ落ちた。いかに生命力が高いヒュドラといえども、全ての首が失われたため流石に絶命したようで安堵の溜め息を吐く。


「ハインっ!コーガっ!二人とも大丈夫か!?」


 ザガーモとカミラの二人がこちらに駆け寄ってくる。こちらに辿り着くと同時にカミラは即座に自分へ『回復(ヒール)』を唱える。カミラの魔法が発動すると同時にザガーモが自分へ声を掛けてくる。


「……すまなかったな。肝心なところで気絶しちまって。やっと目覚めたかと思えばもう全てが終わってましたっていうのが我ながら情けないぜ。……しかし、とんでもないなハイン。お前が技を放つ瞬間を一部始終見ていたがとんでもない威力だ。ついこの前特級に上がったばかりだなんてとても信じられねぇぜ」


 カミラの魔法のお陰で折れた骨の痛みが和らいでいく中でザガーモの言葉を聞く。それも当然だ。自分がこの技を扱えるようになったのは十年近くも先の話だ。一部の例外を除けばほぼ十代の同年代の集まりの隊士の中で、先程の様な一撃を放てる隊士は自分のような例外を除けばまずありえないだろう。


「……気にする事はねぇよ。その前のお前たちの一撃があってこその勝利だからな。さっきの技だって一か八かの賭けみてぇなもんだったしな。どうにか発動出来て良かったよ。火事場のなんとやらって奴だな。よっ……と」


 そう言いながら立ち上がろうとしたものの、傷は癒えたが叩き付けられた衝撃のダメージが抜けていなかったためその場でふらついてしまい、よろけて倒れそうになる。


「おっと……」


 そのまま地面に再び膝をつきそうになる自分を咄嗟に支える誰かの手があった。思わずその手の方をみると、差し出した手の主はまさかのコーガであった。驚いて思わず礼の言葉を自分が発するのが遅れ、それより早くコーガが口を開く。


「お前……いや……ハイン。お前は……他の『成り上がり』連中とは違うんだな。強さや才能だけじゃなく、勇者に相応しいのはお前みたいな奴なんだろうな。下手に才能とかにこだわって反発してた俺が馬鹿みてぇだ。その……今まで悪かったな」


 コーガのその言葉に思わず動揺する。会話の節々に多少の違いはあるものの、本来ならコーガのその言葉はテートに向けて発せられるものだったはずだ。動揺を悟られないように必死でそれを押し殺し、コーガの手を借りて立ち上がりながら言葉を返す。


「……ありがとな。気にしちゃいねぇから大丈夫だよ。お前に認めて貰えたんなら何よりさ。改めて、これから改めて特級クラスの仲間としてよろしくな、コーガ」


 そう言って自分が手を差し出すと、自分の言葉にコーガが今までの態度や発言を思い出したのか、苦笑しつつも自分の手を強く握る。


「……あぁ。こちらこそよろしく頼むぜ、ハイン」


 コーガがそう言った次の瞬間、ぱちぱちぱちと手を叩く音が聞こえる。全員で思わずその音の方に降り返る。


「いやー。良いね良いね。これぞまさに青春って奴だねぇ。良いものを見せて貰ったよ。いやぁ眼福、眼福。皆、本当にお疲れ様。これにて緊急依頼、無事完了さ」


 声の主であるムシック教官が、満面の笑みで手を叩きながらそうつぶやいた。


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