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112話 ハイン、己の殻を破る

(……この状況で小技を放ったところで意味はねぇ。確実に仕留められる技でこの状況を打破する必要がある。焦るな。考えろ。ここで俺が判断を間違えたら全てが終わる)


 未だ落とせていない毒液の首とブレスを吐く首を見ながら考える。コーガとザガーモが戦線に復帰出来ていれば連携を取って仕留める事も可能だろう。だが、この状況でそれは難しい。


「くっ……」


 傷は癒えたものの、未だ叩き付けられたダメージが抜けないコーガが現状を把握したのか悔しげに呻く。ザガーモは未だに気絶したままカミラの後ろで倒れている。


(……自分がここでどうにかあいつを仕留めるか。少なくともブレスの首を落とすしかない。それには今までの技じゃ難しい。一つ一つを狙ってならともかく、他の首を警戒しながら対処するには限界がある)


 残りの首は四つまで減らしたとはいえ、肝心のブレスの首に加え毒液を放つ首がまだ残っている。加えて体力と魔力も消耗した中で、ヒュドラの猛攻を掻い潜り全ての首を順番に落とす事は困難だと悟る。


(小出しにヒュドラの首を仕留めるレベルの技を放つには、もう自分の体力と魔力がもたねぇ。一撃で終わらせるぐらいの覚悟を決めて仕掛ける必要がある。だが……)


 三つの首を落とされたため、誰に狙いを定めるかを決めかねている様子のヒュドラを睨みつけながら考える。痛みと怒りで激昂して即座にこちらに襲い掛かる可能性もあったが幸いにもそうならなかった事に感謝しつつ再び緊張の中で思案する。その中で、一つの可能性に気付く。


(そうだ。手は……ある。……だが、今の俺にそれが出来るだろうか)


 この状況を打破すべく自分が出来る最善手。それは一発でヒュドラを仕留める技を放つこと。単純ではあるがそれが全てであった。


(……これが決まれば、ほぼ確実にヒュドラを仕留める事は可能だろう。だが問題は、今の俺にそれを放つだけの実力が備わっているかという事だ)


 魔王によって十代の自分に強制的に戻されてから今に至るまで、当時の自分とは比較にならない程の修練を積んでいる自覚はあった。


 加えて、イスタハ達と出会ってから今に至るまでの経験や実戦はただ施設やクエストをこなしているだけでは得られないものであり、当時の自分と比較して自身の飛躍的な成長を感じた事は一度や二度ではない。


(……だが、それでも『自分の全盛期に届いたのか』と言えば、答えはノーだ)


 当時、おざなりに教わった事や学ぼうとしなかった分野を真剣に学んでいる事で、知識や技術に関しては間違いなく今の自分の方が優れているだろう。過去の知識と経験に加え、そこに上積みしている形なのだからそれは当然である。


 しかし、施設を旅立ち常に命を賭けた戦いに身を置く中で鍛え上げられた筋肉や身体能力というのは今の自分の若さでは絶対的に及ばないのだ。事実、先程までの戦闘も含め転生後の数々の戦いも当時の自分なら悠々とこなすとまではいかなくとも苦戦する事はほとんどなかっただろう。


(俺のピーク……いや、全盛期は三十路を少し過ぎた頃だ。今の自分じゃ筋力、魔力、体力……全てにおいてまだ今の自分はそこには及ばない)


 若返った事によるマイナス面と不甲斐なさを感じた時は何度かあったが、今この時ほどそれを感じた事はなかった。それも、決して失敗が許されないというこの状況で。それ故に葛藤し自問自答する。


(……自分がこの技を完璧に習得し、自在に放てるようになったと言えるのは三十路が見えてきた二十五、六辺りの頃か。……今の俺で、それを無事発動させる事が出来るだろうか)


 そこまで考えたところで、悩んでいても仕方が無いと賭けに出る前に最低限の準備を整える事にする。


「……炎よ、剣に宿れ」


 風の魔力を解除し、炎の魔力を剣に纏わせる。それを感じたヒュドラが一瞬こちらを向く。が、まだ自分に動く気配はない。


(……ここで失敗すれば、間違いなく俺か誰かは死ぬだろう。カミラ一人では全員をサポートしきれない。そうなればあとはジリ貧だ。教官や他の連中がそれまでにこの事態に気付いてくれる保証はねぇ。ギリギリまで……ギリギリまで仕掛けるのを待つんだ)


 剣を握り締める手に汗がにじむ。動悸が激しくなるのを感じる。落ち着け、と心の中で言い聞かせるものの、気持ちとは裏腹に動悸は更に激しくなっていく。


 あとは覚悟を決めるだけ、と思ったその時。ヒュドラの首が一斉に鎌首をもたげて攻撃態勢に入ったと思った瞬間、その首を一斉に自分から標的を少し離れたコーガに変えて飛び掛かった。


「なっ……!?」


 油断した。完全に自分に向けて攻撃を仕掛けてくると思っていたため反応が遅れてしまい、集中力が一瞬途切れた。


「……くそっ!」


 飛び掛ってきたヒュドラの最初の攻撃をどうにか回避するコーガ。だが未だに体に残るダメージのためか、充分な距離を保つには至らなかった上、地面に再び倒れ込んでしまった。


「コーガっ!」


 叫びながらコーガの方を見ると、他の首と明らかに違う構えを取るヒュドラの首が視界に映った。


(まずいっ!!ブレスを吐く構えに入っている!回避は……間に合わねぇっ!)


 瞬間、コーガの元へと駆け出した。先程までの逡巡した思いは彼方に消え、反射的に剣を振りかぶり技の発動に入る。


(出来るかじゃねぇ……やるんだ!今、ここで俺が躊躇っていたら全てが終わりだ!俺は仮にも一度魔王を倒した勇者!勇者、ハイン=ディアンだ!)


「……うおおおぉぉぉっ!!」


 剣に向かって全力で魔力を込める。今の自分に込められるありったけの魔力を。


(成功してもしなくても、これが最後の一撃だっ!……なら、全てをこの一撃に……込めるっ!)


 瞬間的に膨れ上がった魔力に気付き、ヒュドラはもちろんコーガも回避を忘れこちらを振り向く。構わずにブレスの首目掛けて全力で剣を振りかぶったまま叫ぶ。


「炎の化身よ!我に汝の力の全てを示せっ!」


その瞬間、ヒュドラが向きを変え自分に向かって真っ直ぐブレスを放つのが見えた。構わずに振りかぶった剣を振りおろしながら先程よりも大きな声で叫ぶ。


「滅せよ炎帝!『炎爆(フレアバースト・)裂撃(ブレイク)』っ!」


 次の瞬間、自分の剣から轟音と共に勢い良く放たれた業火の炎が勢い良くブレスごとヒュドラを瞬時に飲み込んだ。


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